第14話 彼氏からお花? やるじゃない
昨夜も遅くまで本を読んでいたクラウディアは、少し遅めの朝食を作っていた。下宿にある炊事場は今日は誰もいない。日曜日はみんな遅くまで寝ている下宿人が多い。実家にいたら、両親に規律正しい生活を求められるであろうが、ここは一人暮らしの働く女性ばかりの下宿なのだ。
フライパンで卵を焼いて皿に盛り付け、お茶を入れて部屋に戻ろうとしたところで、玄関で “チリリン” と呼び
普段であれば、管理人さんか1階の出入り口に近い部屋の下宿人が出てくれることが多いが、今日は日曜だ。クラウディアは持ち上げかけたトレイをテーブルの上に置き、玄関へと急ぐ。
「はあい、どちら様?」
とドア越しに訊くと、
「お花の配達です」
と言う返事。ドアを開けると花束を持った配達人が立っていた。
「クラウディア・クラウカス様にお花のお届け物です」
(え、わたし?)
「クラウディア・クラウカスは私です」
と答えると、配達人はカードを読みながら
「ラモーン・ルッソ様からです」
と花束を差し出した。
(ラモーンが花束を?)
差し出された花束を見て、クラウディアは妙な
(あれ、このお花?)
「こちらに受け取りのサインをお願いします」
クラウディアはサインをすると、花束を受け取って目を丸くした。
なぜなら、その花は可愛いコーラルピンクの “ディアスキア” だったからだ。
(花言葉は『私を許して』よね……)
昨日本屋で花の図鑑を探していた若い娘さんに、教えたばかりの花だった。
(世の中には『許しを
変な納得をして、下宿の炊事場に戻った。
花束を一旦炊事場のテーブルの上に置いて、まず朝食を運ぶ。4階へ向かう階段を登りながら、あることに気がついた。
(わたし、
クラウディアが実家から持って来たのは、たくさんの本と
自室のドアを開け、朝食の載ったトレイを机に置くと、何か花瓶の代わりになるものはないか探す。
陶器製の大きな水差しを手に取って考える。
(う〜ん、これでいいかしら……)
4階まで何度も行き来するのは面倒だろうと思って、大きめの水差しを購入したのだが、中に水を入れると重すぎるということがわかり、ほとんど使っていない。ほかに適当なものが見つからなかったので、それを持って階下に降りた。
炊事場で誰かが料理をしていた。3階のアンナだ。寝巻きのまま、上に長いガウンを羽織っている。ふわふわの羽のついた赤いスリッパを履いていて、しどけない雰囲気を
「アンナさん、おはようございます」
挨拶をしながらクラウディアが入って行くと、まだ眠たいのか
「彼氏からお花? やるじゃない」
「そんな……
クラウディアの言葉に、アンナがこちらを向いた。
「謝罪だろうがなんだろうが、お花に気持ちを込めたってことでしょう? ちゃんと受け取らなくちゃ!」
「……そうですね」
「そうよ! このカードの人は花なんてよく贈る男なの?」
「……いいえ」
「それなら
思わぬ厳しい
「……ほ、ほかに持っていなくて……」
「私が花瓶を貸してあげるわ、ちょっと待ってて……」
アンナはヤカンを火の上に掛けたまま、炊事場を飛び出して行った。
(そっか。わたし……デリカシーがなかったわね。そもそもわたしの部屋に花を飾るなんて、想像したことがなかったもの……花瓶より本を買っちゃうのよね)
シュウシュウとお湯が沸いたのを確認して、火からヤカンを下ろした。
アンナは花瓶を持って戻って来ると、クラウディアに差し出した。
透き通るような白い陶器の花瓶で、唐草模様の浮き彫りが施されたお
「ありがとうございます」
クラウディアはお礼を言って花瓶を受け取ると、水を7分目くらいまで入れた。お花の包装を外し、花を花瓶に生ける。ちょっと茎が長いせいか、花が前のめりになった。
「ちょっと待って」
アンナは花をもう一度花を花瓶から抜くと、大きい枝を1本取って花瓶にかざす。そしておもむろにキッチン挟みで茎の下の部分を少し切り落とした。下葉の多い部分を手でちぎって外し、その1枝の周りを囲むように他の枝を握る。真ん中を中心にして高くし、周りを段階的に低くなるように枝を組み合わせる。
花束を結えていたリボンで真ん中を結ぶと、もうそれだけで花瓶に差したように真ん中が盛りあがった感じになった。最後に下から長さがバラバラに突き出している茎を切り揃えると、花瓶に生けた。
「おお、すご〜い! アンナさんステキですっ!」
「ほらね、こうしてあげるとお花も引き立つでしょ?」
「本当ですね。お花が喜んでいるみたいに見えます!」
クラウディアはアンナにお礼を言って、片手に花瓶を、もう一方に水差しを持って部屋に戻った。
机の上に花瓶を置いて、生けられた花を見ながら朝食を食べ始める。
1つ1つはたった数センチの小さな花だが、沢山寄り集まって咲く様は何だか可愛らしい。本来ならば切り花にするより鉢植えや寄せ植えにする場合が多い花なのだが、この花は育て手が花束にできるように大きく育てたのだろう。
淡いコーラルピンクの花弁がつやつやしてこちらを向いていて、それぞれが口々に『許してね』と囁いているようで、優しい気持ちになった。
花束に添えられたカードには
『ごめん』
という一行だけが記されていた。そしてラモーンのサイン。
「本当に自分でお花屋さんに行ったの……」
見慣れた、生真面目だがちょっとクセのある字に、クラウディアはポツリと
身近で彼の様子を1年間見て来た。
ラモーンが研究以外のことでどこかに足を運ぶなど、考えられないことだった。食事すら食べに行くのが面倒くさくて食べずに過ごすことが多く、クラウディアが外に買いに行って食べさせていたのだ。
『ごめん』という一言を書くのに、彼はどれほど悩んだのだろうか?
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