第3話 本はみんなのもの

 産業革命が進み、本を印刷する技術が飛躍的に進歩した今、一般庶民にも本が買えるようになった。それでも、まだ本は高価だ。


 クラウディアは本を手にしてため息をつく。

(高い…高いわ。私のお給金じゃ月に一冊買うのがやっと…)


「その本が欲しいの?僕が買ってあげようか?」

「ひゃっ⁉︎」

 本を手にため息をついていると、後ろからアランに話しかけられて、盛大にビックリしてしまった。

「そ、そんなわけにはまいりません!こんな高価なものを!」


 アランは『フゥーム…』と少し考えてからこう言った。

「それでは、伯爵家うちの書庫の本を貸す、というのはどうだろう?幸い、歴代の本好きが集めた学術書や歴史書、論文などの写しもあるよ」

 その言葉に、クラウディアは持っていた本を落としそうになった。


「本当ですか⁉︎歴代のロシフォール伯爵家伝来の本の数々!」

 クラウディアはもう期待でわなわなと体が震える。

「来る?」

「行きます!」

(そんなの『行く』の一択に決まっている!)

 アランは馬車を調達すると、クラウディアを乗せて高級住宅街にあるロシフォール伯爵家へ向かった。


 邸宅街の一等地に、建物が見えないほどの植樹が茂った瀟洒しょうしゃなお屋敷があった。整った前庭は、手入れをする者のプライドが垣間見えるような美しさで、その中を馬車が進んで行く。

 馬車がエントランス前に到着すると、中から使用人たちが出て来てアランを出迎えた。アランは私の手を取ってエスコートすると、屋敷の中へ案内する。


(さすがは伯爵家だわ。田舎貴族の男爵家うちとは大違い…)

 書庫に案内されて、その規模に驚く。

(まるで図書館じゃないの⁉︎なにこの規模…)

 早速夢中になって本を読み漁っていると、アランが

「今日はうちに泊まっていったら?客室の用意をさせるよ」

 と声を掛けられる。

(う~、できればそうしたい、できれば…)


 でもそこはさすがに辞退しておく。

「いいえ、何冊か本をお借りできれば結構ですので、お構いなく」

「そう?気が変わったらいつでも言って」

 アランの誘惑を、もといロシフォール伯爵家の蔵書の誘惑をきっぱり断ち切って、帰ります。

 本を20冊ほど借りて、馬車で送ってもらい下宿へ帰ると、普段ほとんど会うことのない他の下宿人に出会った。


 クラウディアの住んでいる下宿は、民間の女性専用(男子禁制)の下宿屋で、他の住人たちも働く女性が多い。いわゆる『職業婦人』という人々だ。稀に田舎の貴族令嬢なんていう人もいる。私もそうだけれど。


「ごきげんよう」と挨拶をすると、

「あら、今日はお早いのね」

 なんて言われる。

「今日はいつもの彼じゃないのね」

 と言われて、『え?』っと思った。

「いつも、遅い時間に送って来るでしょう、あのメガネの彼」

「知ってたんですか?夜遅いので送ってもらってたんですけど…」

 と言うと、

「みんな知ってるわよ~」と返された。

 他の下宿人も出て来て、

「本運ぶの手伝ってあげる」

 みんな手に何冊かの本を持って、階段を登り始める。

「ありがとうございます」

 お礼を言いながら、階段を登る。私の部屋は一番上の四階なので一人だったら何回も行き来しなくてはならないので、助かった。


「メガネの彼ね、いつもあなたが部屋に入って灯りがつくのを見守ってるのよ」

 そんなことを言われてドッキリする。

「そ、そうなんですか?」

「うふふ、愛されてるのね~」

「そんなことは、ないです…」

 全否定した。だって、そんなことありえない…あのラモーンがそんなこと。


 部屋に帰って、着替えをしたら夕飯を食べるのも忘れて、借りて来た本を読みふけった。いつの間にか寝てしまって、気付けば朝になっていた。

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