第20話 それぞれの馬車の中で


「君がこのプロジェクトに僕を選んだのか?」


 アランは調査地区に向かう馬車の中で、サンドラに尋ねた。

 

「私は何も存じませんわ。たとえ父上が何か企んでいたとしても、私には一切知らされないでしょうね。まして今回は伝染病の捜査ですわよ。父上が聞いたらさぞかし慌てるでしょうね」

 サンドラは、顔色ひとつ変えずに応える。


「そうか。今回のことは誰かの策略に違いないと思っているが……君ではないのだな?」

「しつこいですわ、アラン」


 ロシフォール伯爵家次男のアランと、スタンホープ侯爵家の一人娘のサンドラは親同士が決めた婚約者だ。アランは伯爵家の次男のため、一人娘で侯爵家の血を継ぐスタンホープ家に入ることとなる。この決定は変わらない。


 どんなに羽を伸ばそうとしても、結局のところは何も変えられないのだ。

 それは彼女も自分も同じなのだろう。そう思うと余計、不自由で憂鬱ゆううつな気持ちになってしまうのだ。

 外の景色を眺めながら、アランはそっと心の中でため息をついた。


 * * *


 クラウディアとヘンリーは、ソーホー地区へ向かう馬車の中で向き合って座っていた。

「クラウディアちゃんは、研究所でどんな仕事をしているんだい?」

 

 ヘンリーが顔に愛想笑いを貼り付けたままいて来た。


「今はアランのラボで研究の助手をしています」

 クラウディアが素っ気なく答えると、更にしつこく訊いてくる。


「今は、ってことは前は何をしていたのかな?」

「……前は、ラモーン副所長の助手をしていました」

 

「へぇ……」

 ヘンリーはニヤリと笑うと、

「副所長の相手もしてたのか……どーりで……」

 とつぶやいた。


(な、何この人! 私たちが何か不道徳なことをしていたみたいな言い方……!)


「当研究所では皆さん、研究に邁進しておられます。そうゆう失礼な言い方はやめてください!」

「ああ、ごめんよ。誤解させちゃったかな? 言い方が悪かったね」


 ヘンリーは顔に薄笑いを浮かべながら、言葉だけの謝罪を言った。


「君はお兄様とは仲がいいのかい? こんな可愛い妹だ、きっと君を可愛がっているよね?」


(“虫唾むしずが走る” ってこうゆうことを言うのね……)

 クラウディアは、アランがヘンリー・ホランドを嫌っている理由がわかった気がした。


 * * *


 一方、クラウディアの兄セドリック室長とラモーン・ルッソは東地区の下町に向かっていた。


「君は、クラウディアを助手にしていたんだってね」

 セドリックに問われて、ラモーンは頷く。

 

「はい、最近までそうでした……」

「毎日深夜まで2人きりだったそうだが……」

 

(やはり、それを訊かれると思っていたが……ここは正直に話すしかない……)

 

「はい、いくら時間があっても足りないほど、やることが沢山あったので……下宿には送って行っていましたが……」

 セドリックの目線がだんだん鋭くなっている気がする、とラモーンは思った。


「遅くまで女の子を働かせてもいいと思っていた、と言うことか?」

「いいえ! そんな……結果的に遅くなってしまっていただけで、いいと思っていたわけでは……」

 

「最近、クラウディアはアラン殿の助手に替わったとと聞いたが、まさか……妹に手を出した訳ではないだろうな!」

「そ、そんな! とんでもありません!」

 

(て、手を出したなんて! そんな恥ずかしいことは……!)


 ラモーンはセドリックに詰め寄られて、顔を真っ赤にして下を向いた。

「か、彼女には……申し訳なかったと思っています……僕が気づかなかったせいで、彼女が夜道で悪漢に襲われて……」

 

 ラモーンは混乱のあまりうっかりと、言ってはいけないことを口にしてしまっていた。


「……襲われた? ……今、そう言ったのか……?」

「はっ、……ですがすぐアランが助けて……」

 

「『襲われた』と言ったな! 貴様!」

「ぶ、無事でしたので、今はお元気で……」

 

「……後で本人から事情は聞く。ことと次第によっては仕事も辞めてもらう」

「そ、そんな……」


 ラモーンはうっかり口走ってしまったことを激しく後悔していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る