第1話:入城

音姫ねき、ソノラ様のご入城ぉー!!」


 力強い門番の声とともに王城の門が開いた。ゴォオ……と巨大な門を開くためのカラクリの音が馬車の外から聞こえる。ソノラは胸を抑えた。


「つ、ついに、着いてしまったわね」

「着いてしまいましたね〜」


 ソノラの緊張で震える声に幼馴染兼侍女のフランは呑気なものだ。しかし、彼女のマイペースには救われている部分もあるから何も言えない。


「ピンと背筋を伸ばしてください! もしかしたらソノラ様が次期王妃になるかもしれないのですから!」

「そんなわけないじゃない。王妃候補最下位の私が! ……はぁ、学校も卒業してゆっくり研究に集中できると思ったのに……」

「んもぅ! 自信を持ってください! 順位は最初だけ。これから王妃選定の試練を受けて王妃は決まるんですから! というか、そもそも王妃候補に選ばれただけでとっても凄いことなんですからね!?」


 フランの励ましに対して、別に王妃なんかになりたくない、とソノラは思う。ソノラは音魔法の研究にのみ時間を費やしたいのだ。王妃候補になんてなってしまったら、研究の時間など与えられないだろう。

 ましてや嘲笑の的である“音魔法”の研究なんかに。

 浮かないソノラの表情に気づいたのだろう。フランがそっとソノラの手を握る。


「ソノラ様の音魔法は世界一素敵な魔法です。私はもっともーっとソノラ様が凄いんだって周りに知ってもらいたいんですよ」


 フランが眉を下げ、じっとソノラを見つめる。ソノラはそんな優しい眼差しに微笑みを浮かべ、彼女の手を握り返した。


「ありがとう、フラン。そうね、せっかく王城に来たんですもの。暗い顔なんかしてられないわ。田舎の実家では録れないような素敵な音をありったけ回収して帰らないとね!!」

「ち、違います、そうじゃないですよ! もう、ソノラ様のその異常な音フェチはなんなんですかぁ……」


 フランがため息を溢す傍らで、ソノラは窓の外を眺める。もうすぐ馬車は止まる。その証拠に、何十メートルもある白銀の城がすぐそこに迫っていた。


 ソノラ──ソノラ・セレニティは、セレニティ辺境伯の長女であり、前国王の急死により急遽王位に就いた国王の王妃候補として、王城に来るように命じられているのだ。

 その王命を受けて、二人は急いで王城へ向かっている最中なのである。


 ちなみに王妃候補はソノラだけではない。ソノラが暮らしているドミニウス魔王国は魔法の才を尊重する国。故に国立ドミニウス魔法学園の成績上位者かつそれなりの爵位を持つ令嬢が五人選ばれ、次期王妃選定が終わるまで王妃候補として王城で過ごすよう命じられている。

 ソノラはその王妃候補の中で五人目、つまりは成績最低位の候補であるため、一番最後に入城することになっていたのだ。


 馬車が止まる。憂鬱な気持ちを込めたため息を溢して、フランに急かされるままに馬車を降りた。


「お待ちしておりましたわ、ソノラ様」

「っ! ボルテッサ様。それに、エアリス様も……」


 「ゲッ」という声を喉の奥に抑えた自分をソノラは褒めたたえたくなった。馬車の前には三人の令嬢が並んでいたのだ。彼女達はソノラよりも先に入城を許されていた王妃候補の面々である。


「私達、ソノラ様のご入城をずっと待っておりましたのよ。ほら、音魔法の王妃候補なんて歴代の王妃様を並べても類を見ませんしね。残念ながらマリーナ様は体調が優れないようで、ここにはいませんが……」


 まず一人目、ボルテッサ・エレクトラ。二番目に入城を許された雷姫らいき。つまりは王妃候補の中で上から二番目の成績を誇る、ということだ。

 彼女はとても勝気な性格で自分が一番ではないと気が済まない、そんな人間だ。どういうわけか魔法学園時代からよくソノラに嫌味を投げてきたり、ちょっとした嫌がらせをしてきたり……ソノラが今回の入城に憂鬱になっている原因はこのボルテッサにあるといっても過言ではなかった。


「ほんとですわね、お姉様! それに比べてお姉様の雷魔法は陛下の心も痺れさせること間違いありませんわ!」


 二人目、エアリス・ゼフィーラ。ボルテッサの従姉妹であり、取り巻き。こちらも同じくソノラの憂鬱の種である。理由もボルテッサと同じだ。


 そしてこの場にいる最後の王妃候補にソノラは目を向けた。


「…………、」


 セラ・エンハンサ。学園でも常に成績首位だった彼女は静かにソノラに頭を下げる。慌てて彼女にお辞儀を返すと、そのままセラは黙って踵を返し、その場を去った。

 彼女こそ、ソノラ達王妃候補の中で最高位の令嬢であり、一番先に入城を許可されたと聞いている。その絹のような白髪を梳く音はさぞかしうっとりしてしまうような聞き心地だろう。


 ソノラはそんなことをぼぉっと考えていると、ボルテッサがずいっとソノラの前に出た。


「ちょっと、私の話を聞いてますの?」

「え? あ、申し訳ございません、ボルテッサ様。何かおっしゃいましたか?」

「もう、貴女はいつもそうだから!! まぁいいわ。それよりも、今夜はいつもより身なりに気をつけた方がいいわよ」

「どうしてです?」

「どうしてって! 王妃候補が入城した晩には必ずライゼル陛下のお通りがあるのよ。そ~んな地味なドレスじゃ、陛下に失礼だわ!」


 ソノラは目を丸くする。ソノラの反応に気をよくしたらしいボルテッサがクスリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「ふふ。大丈夫よ、そんなに不安にならなくても。あくまで入城した王妃候補に対して陛下からご挨拶があるだけ。ちなみに私が入城した晩、陛下は三時間も私の部屋にご滞在なされたのですけどね?」

「流石お姉様ですわ! 私の時は十分もいてくださらなかったのに!」


 凄い凄いと目を輝かせるエアリスに得意げなボルテッサ。エアリスの反応から、三時間もライゼルが部屋に滞在したというのは長い方なのだろう。


(お話するだけとはいえ、あの“炎帝”と呼ばれる恐ろしい陛下と二人きりで話さなければいけないなんて……憂鬱だわ。さっさと選定を終わらせて田舎に帰らせてほしい……)


 ソノラはボルテッサとエアリスの嫌味や皮肉を受け流しながら、再度ため息をこぼしたのだった……。

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