第24話:ソノラの力作

「で、できた……!!」


 ヴァルクウェル国王夫妻が来訪される日まであと一週間。ソノラは立ち上がり、天井に向かってガッツポーズをした。ハイになりながら、すぐに客間の掃除をしているフランの所まで走る。


「フランッ! 完成したわ! 私の最高傑作よ!」

「きゃっ!? ソノラ様!? ついに完成ですか?」


 フランは客間に飛び込んできたソノラに驚きつつも、小さく拍手を返してくれる。ソノラは客間の窓に身を乗り出し、久しぶりの日光を浴びた。


「あー! 作業明けの陽の光は最高だわ!」

「もう! 最近は特に寝不足なんですから今すぐ寝てください! あと、私はすぐにガイア様のところへ報告に行ってきますね!」

「へ? ガイアの所に? どうして?」


 フランは掃除道具を片しながら、ニヤリと口角を上げる。そして、次にフランから放たれた言葉でソノラの顔に熱がこもるのだった。


「ソノラ様が課題制作で忙しそうだったからですよ。課題を完成したら、すぐに会いたいから連絡するように。そう陛下からお達しがきております」




***




 睡眠不足だったため仮眠をとったソノラが目を覚ましたのは既に夜だった。起きるなりフランに身体を清められ、身支度を整えられる。どうやら、すぐにライゼルが音宮に来るようだ。

 鐘の音が鳴り、ライゼルの姿が見えたので慌てて頭を下げる。


「……久しぶりだな」


 顔を上げた途端そう言われ、ソノラはようやくここ一か月ライゼルに会っていなかったことを思い出した。そして、ライゼルの目元にまた濃い隈があることにも。


「ライゼル様? 隈が、また……」

「あぁ、いや、これはっ」

「お渡ししたイヤフォンでは役不足でしたか?」

「いやっ、そんなことはない! むしろ君のイヤフォンがなければもっと情けないことになっていたかもしれない……」


 少しやつれたように見えるライゼルにソノラはハッとする。


(そうか、きっと毎日同じ囁き声ばかりで飽きてしまったのね! たしかにASMRは何度も聴いていると耳が慣れてゾクゾク感が薄れてしまうもの……だからこそ、毎晩違うジャンルのASMRを探し求めてしまうというのもASMRあるあるだし……! 今後は違う種類のASMRのイヤフォンをいくつかお渡ししておかなくては)


 そうと分かれば、とソノラは来客用、というかもはやライゼル用の寝室を指した。


「気が利かず申し訳ございません。さぞお疲れでしょう。さっそくベッドに──」

「い、いや! 今日はその前に少し君と……その、雑談でもしたい。疲れているところ悪いのだが」

「は、はぁ、そうですか。陛下がそうおっしゃるならぜひ」


 どこか余裕のないライゼルにソノラは違和感を覚える。そして何故か微笑ましくこちらを見てくるフランとガイアにも。

 ひとまず客間のソファに向かい合って座り、ハーブティーでも飲むことにした。前回の訪問時と全く同じ構図である。


「そういえば、第二の試練の課題物が完成したらしいじゃないか」


 ハーブティーの匂いを楽しみながら、ライゼルが話題を切り出してくれた。

 ソノラは途端に自慢をする少女のような顔をする。


「えぇ、そうなんです! 自分ではとっても力作で……! よければぜひ陛下も試してくださいませんか? 国王夫妻をよく知る陛下にまず聴いてほしいのです」

「光栄だな。君がそれを望むならぜひ」


 フランに目配せをすると彼女はこういう展開になることを予想していたかのように丁寧に黄金の小箱を渡してくれた。

 そしてその中には──透き通った夏の海を閉じ込めたような宝石のイヤリングが燦然と光り輝いている。


「これは──」

「いつものイヤフォンの形にしようと思ったのですが、見栄え重視でイヤリングにしました。これを耳に装着することで、耳の周りに防音魔法と反響魔法がこめられた膜が張られます。この魔法の膜は立体的な音が聞こえるように色々試行錯誤して調整したもので──とにかくすごいのです!」

「立体的な音? あまりイメージが湧かないな……」

「ものは試しです。どうぞ、ライゼル様」


 ソノラはライゼルにイヤリングを渡す。ライゼルは恐る恐るそのイヤリングを装着した。その瞬間、




【グギャアアアアアアア──!!】




「ッ!?!?」


 反射的に身体が仰け反るライゼル。一瞬、彼の目の前に竜が迫ってきた。竜はライゼルの左側を通り過ぎ、今はすでに後ろへ飛び去っている。

 わけが分からず、思わず後ろを見るが、もちろん竜がこの音宮にいるはずがない。


「なんだ、今のは……。竜が通り過ぎて行ったぞ!? 音を聞いているだけで、竜の位置が分かる……ような」

「そうです。それが立体的な音、というやつです」


 ソノラが得意げに微笑み、胸を張った。

 すると次にライゼルの耳に流れてきたのはソノラのナレーションだった。


 ──【むかしむかし、あるところにそれはそれは大きな邪竜がおりました。邪竜は、その強大な力で世界中を恐怖と絶望に沈めていたのです】


 これは、この冒頭には覚えがあった。邪竜物語でのお決まりの冒頭だ。ライゼルはソノラの意図をようやく理解する。


「なるほど、立体的な朗読劇か。自分が物語の世界に入り込んだみたいだ」

「そうなんです! 実際に録った風の音や獣の鳴き声などの効果音も取り入れたりして、臨場感の演出も凝ったんですよ! ちなみに竜の鳴き声は流石に本物ではなく、竜の鳴き声の真似をする鳥の鳴き声なんですけれどね。他にも実際に収録が難しい音は実家と相談しあって、なんとか!」


 そう。ソノラが国王夫妻への手土産に作成したのは朗読劇だ。音魔法で立体音響を表現し、効果音やBGMを加えた音だけの劇。

 ちなみに主人公である勇者の声も姫の声もソノラが演じている。音魔法で声の高さを調整し、男性も演じ分けているのだ。


 ライゼルは目を閉じる。瞼の裏には邪竜物語の世界が広がり、自分がその世界の一部になった気分だった。魔物の迫力ある泣き声、竜が羽ばたく音、勇者が騎士と刃を交える音……実際にソノラの実家で収録されたという音が臨場感を最大限に引き出していた。鳥肌が立つ。無意識に口角が上がっていた。


「これは──いいな、面白い! 国王夫妻がこれを聴いたらどんな反応をするか──余も楽しみで仕方ない!」


 ライゼルの純粋な笑顔と心からの賞賛の言葉にソノラは胸が幸福で満たされるのが分かった。

 思わず胸を抑え、昂る心臓を落ち着かせようとする。


(やっぱり私は、好きなのね。……こうして、私の魔法を喜んでくれるライゼル様の笑顔が)


 きゅっと唇を噛んで、喜びに打ち震える。嬉しくて、少しだけ視界が歪んだ。


「ライゼル様の期待に応えたくて、一生懸命作ったので……そうおっしゃってくださるととても嬉しいですわ!」

「ッ!」


 途端に黙り込むライゼル。やけに目を泳がせて、大きな手で自分の口を隠していた。

 ソノラは様子のおかしいライゼルに自分がなにか無礼なことを言ったのか不安になる。


「ライゼル様?」

「か、可愛らしすぎるだろう……健気というか、なんというか、」

「へ?」

「な、なんでもない! そっそれよりこの朗読劇の途中で流れる音楽も素晴らしいな! 特に勇者が戦う場面での曲が……!」

「ッ! あ、ありがとうございます! じ、実はその曲も私が作ったんですよ! 勇者ノームのテーマ曲です。とはいっても、実はライゼル様をイメージした曲なんですが」

「……余を?」

「はい。私の中では姫のために戦う勇者ノームと民のために戦うライゼル様の姿が重なりました。それに邪竜に勝てるほど強い御方なんてライゼル様しか思いつきませんでしたしね!」

「余が、邪竜に……勝てる……」


 ライゼルは目を丸くした。そうして、己の手を見て、ぼんやりとなにかを考えていたようだった。

 またなにか余計なことを口走ってしまっただろうかとソノラは慌てたが……


「──ありがとう、ソノラ。君の言葉は余の誇りだ」


 そう言って照れ臭そうに笑ったライゼルの深紅の瞳が、ソノラには少しだけ潤って見えた……。

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