第16話:そよ風のような
その後、シュタミカ村での夜が明け、朝が来た。魔物大量発生の原因である巨大魔石を森から取り除いたということで第一の試練は終わったのだ。
これから王妃候補とライゼル、一部の王国騎士団は王城へ帰る。
だが、その前に──
「それでは王妃候補諸君! 第一の試練ご苦労! 今から審査の結果を発表する!」
王妃候補が順位ごとに並ぶ前で、ライゼルがそう宣言した。
「審査員達には既に話し合ってもらい、結果は決まっている」
(そういえば、審査員ってどこに隠れていたのかしら?)
ソノラがふと不思議に思っていると、ライゼルの前に並んだのは──キールを初めとする、今回の試練で王妃候補についた護衛達だった。
ソノラとセラ以外の王妃候補が激しく動揺したようにギクリと身体を震わせた。
「もう分かっているとは思うが、第一の試練の審査員は君達につかせた護衛達だ。一番傍で君達の行動を監視してもらっていた」
「へ、陛下っ! 審査員が護衛!? ご冗談を! まさか、国政も分からない者達に次期王妃の沙汰を握らせるといいますの!? それに、護衛とは別に影で私達を監視していた者達がいたはずですわ……!」
「それはダミーの審査員だ。君達の嘘偽りない姿を確認したかったからな。何か問題でもあるか? ボルテッサ嬢」
ライゼルの堂々とした態度にボルテッサはぐっと唇を噛み締め、「いいえ」とだけ言う。
(あの様子じゃ、護衛に相当八つ当たりをしていたのね)
ソノラはなんとなく、ボルテッサ付きの護衛がニコニコ笑っているような気がした。
「では各々の講評だ。今は爵位も家柄も関係ない。余が許す! 正直に話せ」
この時、まず最初に前に出たのはエアリスの護衛だった。
「
「なっ!? ななななな!? ぶっ、ぶぶっ」
おそらく無礼者、と続けたかったのだろうか。しかしライゼルの鋭い視線に気づき、エアリスはしゅんと俯いてしまった。その顔はトマトのように真っ赤になっている。
「
「──ッ!」
エアリスとは反対に顔を真っ青にするマリーナ。目をキョロキョロ泳がせている辺り、スイムが言ったことは事実なのだろう。
次に名乗りのあげたのはボルテッサの護衛である大柄の男だった。彼は太い両眉を寄せ合い、なにか不快なものを思い出しているかのような表情を浮かべる。
「……私は正直、この試練が地獄でした。何故なら
ビリッ。一瞬、その場にいる全員にピリピリとした静電気を感じた。当のボルテッサを見れば、彼女は眉を下げ、項垂れていた。
……まるで「とても反省している」とでも言いたげな様子だ。先程までは怒っていた様子だったというのに……。彼女の切り替えの早さにソノラは舌を巻いた。
しかしここで気づいたことがある。最下位であるはずのソノラの名前がまだでていない。第五位はエアリス、第四位はマリーナ、第三位はボルテッサ。ということはつまり……
「
講評を述べているエルスの背後ではセラに治癒してもらったであろう兵士達が皆うんうんと力強く頷いている。ソノラはそんなセラへの絶賛に何故か自分が嬉しくなった。
「──ただ一つ。セラ様は始終黙っておられ、コミュニケーションをとりにくい場面が度々ありました。私は話す価値もない人間なのか、と不安になってしまったくらいです」
セラは彼の講評にそっと目を伏せた。
そういえば、とソノラは思う。セラは以前、人と話すことが苦手だと言っていた。確かにセラをよく知らない兵士達からすると、そんなセラは近寄りがたく感じてしまうのかもしれない。
そして、最後の講評だ。キールが一歩前に出た。彼はソノラを真っ直ぐ見つめていた。
「
キールはそれだけ言うと、数秒黙り込んだ。言葉を色々と選んでいる様子だった。しかしすぐに意を決したように、再びソノラに強い視線を向けた。
「正直に申し上げますと、私は当初ソノラ・セレニティ様を侮っていました。それによって度々無礼を重ねてしまいました。それに関して、後に厳正なる処罰を受けたく思います。また、ソノラ様に深い謝罪を申し上げます」
そう言って、ソノラに深々と頭を下げるキール。ソノラは一言、「許します」とだけ言った。そうして彼はようやく頭を上げた。
「では講評に入らせていただきます。ソノラ様は見たこともないような音魔法の応用で、村の防衛に協力してくださりました。私もそんな彼女の魔法で命を救われた身です。それだけじゃない。ソノラ様はその身を挺して私を寄生スライムから庇ってくださいました。また、ソノラ様はその美しい歌声と優しさで村人達の心さえも癒しました。その結果、ソノラ様を見送りたいと村人達から強い希望の声が出ております」
キールが指を指す。その指の先を辿ると、防壁の上から、村人達がこちらへ手を振っていた。その中には一緒に過ごした子供達も含まれている。
「眩しい太陽のように強い光で我々を導いてくれる王妃もいれば、暗闇の中でも冷静に状況を判断し教え導いてくださる月のような王妃もいる。その中でソノラ様はそよ風です。大変失礼かもしれないのですが、太陽や月のように手に届かない存在というよりは、すぐ傍でそっと私達の背中を押し、支えてくださるような御方だと思いました。そんな王妃がいてもいいと、私は思います!」
キールの言葉がソノラの胸に一つ一つ染みては熱として広がっていく。
そこでキールの講評を聞き終えたライゼルがそっとソノラの前に来た。威厳ある彼の顔がふっと優しく綻んだ気がする。
「この試練で最優秀に選ばれたのは君だ、ソノラ嬢。王妃候補の順位自体は二位になるがな。……では、共に帰ろう」
ライゼルの大きな手がソノラに差し伸べられた。ソノラは恐る恐るそれをとる。
その瞬間、他の王妃候補から明らかな殺気を向けられたのを背中で感じ取った。
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