第17話:あなたの隣
ライゼルにエスコートされるまま馬車に乗るソノラ。しかしそんなソノラを呼ぶのは……
「ソノラ様っ! ありがとう! 陛下も、ありがとうございました!!」
「ソノラ様! またお歌聞かせてね! ありがとうー!」
シュタミカ村の村人達と、その子供達だ。特に子供達は両腕がちぎれてしまうのではと心配してしまうくらいに腕を振ってくれている。
思わずふっと微笑み、窓の外に身を乗り出して大きく手を振り返すソノラ。その様子にライゼルも頬を緩めつつも「危ないぞ」とたしなめた。
「好かれているな、民に」
「あまり貴族らしくないと言われますので、そのせいかと。広い辺境でのびのびと育ちましたから」
「そうか? 親しみやすいというのは一つの才能だと思うぞ。それに君の傍が心地よいというのは余も同感だ」
ふと、肩に重みを感じた。見ればライゼルがソノラの肩に頭を乗せているではないか。
「らっららライゼル様ッ!?」
「すまない、疲れてるんだ。これが一番休めるから肩を貸してもらえるか?」
「く、首を痛めても知りませんからね」
「覚悟はしている。悪いが、借りているイヤフォンを装着してもよいか? この音がないと眠れん」
「そ、それは構いませんが……私がなにか音を聴かせましょうか? ずっと同じ音だと飽きてしまうでしょう」
「いいのか? それだと助かるが君も疲れているだろう」
「私なんてライゼル様に比べればなんともありませんよ」
「……ありがとう、ソノラ」
ソノラ。その三文字に未だに慣れない自分がいる。誤魔化すように咳払いを一つ。
「そっ、それで……陛下は今回どんなASMRをご所望ですか?」
「そうだな。例えばどんなものがあるんだ?」
「疑似耳を持参しておりますので、耳かきもできます。あとは『ふわふわ』や『カリカリ』といったオノマトペという特殊な言葉を囁くASMRや……あぁ、あとは心音ASMRでしょうか」
「心音?」
「えぇ。私の胸に疑似耳を押し当てて、陛下の耳元で鼓動を聞いていただくという──」
ソノラはその時、言葉を止める。
(ちょっと待ちなさい私。前世では普通に配信していたけれど──今の状況でそれをやるととても恥ずかしいことになるのでは??)
余計なことを言ってしまったかもしれないと焦るソノラとは対照的にライゼルは興味津々だ。
「鼓動を聞く!? 面白そうだな。ぜひやってくれ」
「えぇ!?」
自分が提案したのにも関わらず困り果てるソノラ。しかしライゼルの期待がこもった瞳を見てしまうと、断ることもできない。疑似耳とリンクしたイヤフォンを恐る恐るライゼルに渡す。ライゼルは嬉しそうにそのイヤフォンをすぐに装着し、目を閉じた。ソノラの音を待っている。
ソノラは胸を抑え、深呼吸をする。
(落ち着け! 落ち着くのよ、ソノラ・セレニティ! ただでさえライゼル様と密着して早い鼓動がさらに早まっちゃう!)
なんとか息を整え、ゆっくりと疑似耳を胸に押し当てた。途端にライゼルが気持ちよさそうな声を漏らすので、ビクリと肩を揺らしてしまう。
「あぁ……。これはいいな。一定のリズムを刻んでいるのがなんとも心地よい。人の鼓動とは……こんなに落ち着くものなのか……」
「…………ッッ!!」
目の前で国王に自分の鼓動を聞かれる。そんな状況に緊張しない人間はいないだろう。だんだんと身体中に熱が回っていくのを感じる。
駄目だ駄目だと思ってしまうほど、鼓動がドッドッと早くなっていく。そしてそれは確実にライゼルに伝わってしまっている!
(ああもう! ただでさえ男性と密着するのは慣れていないというのに──!)
その時、ソノラは気づく。ライゼルの身体が震えていることに。顔を覗き込めば、彼は笑いをこらえているようだった。
からかわれている。すぐにそう察する。
「ライゼル様?」
「ふ、ふふ……すまない! まぁ、余も人のことを笑えないのだがな」
それは、どういうことだ。言葉の意味が分からずにいるソノラの身体がぐいっと強引に引き寄せられる。
そしてライゼルの固い胸に押し当てられたソノラの耳に──
ドッドッドッ……
ソノラと同じくらいの速さで動くライゼルの心臓の音が聞こえてきた。
(ライゼル様も、私と同じくらい緊張しているってことかしら……? それとも……)
ライゼルが「どうだった?」と悪戯っ子ような表情でソノラの顔を覗き込んでくる。ソノラは途端に頭が真っ白になり、口が上手く動かなかった。「炎帝ではなくて魔(性)帝という呼び名がお似合いなのでは!?」という悪口を喉の奥になんとか閉じ込める。
「すまない。あまりに君が可愛らしくて、また意地悪をしてしまった」
「は、え……えぇ?」
「もう強引に君に触れたりはしないから、いつもの耳かきASMRをお願いしてもいいか?」
ASMR。その単語を聞いて、ソノラはようやく冷静に戻る。
真顔で、静かに疑似耳を膝に乗せ、耳かき棒を取り出した。そして──
「ッ!? そ、ソノラ!!? あっ──!!」
ソノラは耳かき棒で疑似耳をいつもより強く激しく動かす。ガリガリと疑似耳の鼓膜にあたる部分を掻きだす。その振動がライゼルの鼓膜を通して脳を揺らすようだった。今まで余裕そうな表情だったライゼルの顔が一気に赤くなる。ビクビクとライゼルの巨体が揺れ、それに合わせて馬車が若干揺れた気がする。
そんなライゼルにソノラはにっこり微笑むだけ。その笑みは悪女を彷彿とさせる。
「あらあらライゼル様。この程度で声を出してしまってはまだまだですわね。まだこちらにはライゼル様にお見せしていない道具が色々ありましてよ?」
「なっ!? し、仕返しのつもりか!」
「何のことでしょうか?」
「くっ、うぁ、」
「いけません、ライゼル様。そんな声を出されてしまっては、外の者達に誤解されてしまいますわよ? ほらほら」
「あぁ! そんなにはげ、しく……っ!! ソノラ、君というやつは──んんんっ! わ、悪かった、余が、悪かったぁ──ああッ!!」
──その数十分後、ライゼルは気絶したように眠ってしまった。若干ピクピクと痙攣しているような気がするがおそらく気のせいだろう。おそらく。
「……ふぅ。これでもうライゼル様が私をからかうようなことはしなくなるでしょう」
静かになった馬車の中で、ソノラは達成感に満ちつつようやく肩を落とす。
窓の外はまだ昼前。シュタミカ村はもう見えなくなっていたが、未だ森からは抜け出せていないようだ。次々と後ろへ流れていく緑の景色をぼんやりと眺める。
(それにしてもまさか私が王妃候補最下位から第二位に格上げされるとはね)
王妃。その存在が意図せず近づいたことでソノラの心に重りが乗っかったような重圧を感じた。
今まで研究しかしてこなかった自分が王妃になれるわけがない。そう思い込んで今回の王妃選定を他人事のように思っていたソノラだったが、今は違う。王妃候補第二位なのだ。重圧を感じてしまうのも仕方ないだろう。
でも、とソノラは思う。ライゼルの寝顔を横目で見た。
(王妃になってこの人と一緒にいられるのならば、それも悪くないのかもしれない。こんな地味な私でも、シュタミカ村のように困っている誰かを助けることができるというのならば、それ以上に幸せなことはないでしょうし)
「──って、私ったらなに王妃になろうとしているの! 私なんかがライゼル様と一緒になれるわけないじゃない! それに、このまま順調にいけばセラ様が王妃になるのだし……!」
そんなツッコミを自分自身にする。優秀なセラが王妃になればこの国も安泰だろう。王太后フィアメールだって大喜びに違いない。
だが──幸せそうに笑い合うライゼルとセラを想像して、胸が痛むのは何故だろう。
ソノラは自分の中で生まれた未知の感情がほんの少しだけ、怖くなった。
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