第12話:ハズレ姫

 シュタミカ村の住民たちは魔物に怯えて家から出てこない。故に村には自警団やライゼルが連れてきた王国騎士団の兵士達しかいないようだ。

 魔物対策に三メートルほどの石の防壁が村の周りを一周している。この防壁にソノラは魔法陣を描いていた。いつ魔物の襲撃があるか分からないので、素早く指を壁に走らせる。この魔法陣はソノラなりに村を護るための布石である。


「ソノラ様、この魔法陣は?」

「私の音魔法の魔法陣よ。少しでもこの村の力になりたくて。ちなみにこの魔法陣はね、音魔法の中でも──」

「魔法陣はいいですが、それは兵士達の邪魔にはなりませんか? 獣の鳴き声や足音は重要な情報の一つですよ。貴女の音魔法で騒がれて、邪魔されては困ります。それに王妃候補様が防壁の外にいるのも得策ではありません。貴女様はのですから」

「────、」


 ソノラは魔法陣を描く指を止めた。キールを見ると、彼はヘラッと口角を上げて、「貴女様の身が心配なのです」と軽口を言うように付け加える。

 馬鹿にされている。ソノラは今のキールの瞳に、今まで彼女の音魔法を侮辱してきた者達と同じものを感じた。


「……戦闘の邪魔にはなりません。この魔法は、人間には効果を発しませんから」

「そうですか。それならまぁ、いいんじゃないでしょうか。しかしもう長時間魔法陣を描き続けていますよ。少し休憩した方がいいのでは?」

「そうね」


 ソノラは胸のわだかまりを抱えつつも、村の防壁の中に入った。そうして広場のベンチにそっと腰かける。


 「じゃあ俺、飲み物とってきます!」


 ソノラが腰かけるなり、そう言ってさっさと走り去っていくキール。ソノラはそんな彼にため息をこぼした。


(いやいやいや、護衛中に護衛対象から離れるなんて……。まぁ、音姫ねきの存在価値なんて、まだまだこんなものなのでしょうね。分かりやすくて逆に清々しいわ)


 するとここで、ソノラは視線を感じた。キョロキョロと周りを探してみると、物陰から子供達がソノラを不思議そうに観察しているではないか。ずっと家に引きこもるのも退屈なので飛びだしてきてしまったのだろうか。

 にっこり笑って「こんにちは」と声をかけてみると、小さく挨拶が返ってきた。少なくとも挨拶を無視するセラ以外の王妃候補の方々よりも行儀がいいようだ。


「貴女達、ここは危ないわよ。いつ魔物が襲ってくるかも分からないし、危険な武器もそこら中にあるわ。家の中に戻りなさい」

「その時は王国騎士団や姫様が守ってくれるんでしょう!?」

「ねぇ、姫様はどんな魔法を使うの?」

「かっこいい雷とかだすの!? それとも陛下みたいな炎を操るの!? それともそれとも……!!」


 興味津々な子供達が一斉にソノラに集まってくる。ソノラはちょっぴりだけご期待に添えるような派手な魔法でないことに罪悪感を覚えてしまう。


「残念ながら、私は音魔法の使い手なのよ。だから炎も雷も出せないわ」

「フーン」


 一気に興味を失くす子供たち。これには流石のソノラも落ち込みそうになったがどうにか耐えた。

 しかし幼い弟を持つソノラは子供相手に有効な音魔法を既に習得済みなのである!


「でもね、言うことをきかずに家を出ちゃうような悪い子に悪戯をすることはできるのよ? ほらっ!」


 ソノラがそっと一番傍にいた少女の頭に軽く触れる。少女はコテンと首を傾げた。


「な、なにも起きないじゃない! びっくりさせちゃって……って!!」


 少女は口を押さえた。少女の声がヘリウムガスを吸ったような甲高い声になっていたからだ。

 周りの子供達はそんな少女の声に大爆笑。少女も驚きながらも、お腹を抱えて笑い転げる。


 よし、心を掴んだ! ソノラは心の中でガッツポーズをした。もう一度優しく少女の頭に触れると声が元に戻る。


「あはははは!! なに今の、なに今の!? アンの声が妖精みたいになっちゃった!」

「姫様、俺にもやってくれよ! これでかーちゃんを驚かせてやるんだ!」

「僕も僕も! 僕にもやってー!!」


 その後、ソノラは興奮する子供達と一緒に会話を楽しんだ。数十分もすれば、子供達は姫様ではなく「ソノラ様!」と呼んでソノラを慕うようになっていた。ソノラは故郷に残した幼い弟のことを思い出し、少しだけ寂しい気持ちになる。


「それにしてもキール遅いわね。飲み物が見つからないのかしら」


 子供達と別れた後、ソノラはキールを探す。キールは村で一番大きい建物──集会所の裏にいた。しかしなにやら他の若い兵士達と会話が盛り上がっているらしく、ソノラは興味本位で遠くの音を聞きやすくする集音魔法を耳に施し、会話を聞いてみることにした。


「ありゃ音姫ねきっていうか……ハズレ姫だな」


 そんなキールの第一声に、ソノラは思わず石になる。


「あのライゼル陛下をあんあん喘がせたの令嬢と聞いていたからどんな美女かと思えば……意外に地味っつーか」

「俺も俺も! もっとぼんきゅっぼんのおねーちゃんかと思ったぜ。陛下もあんなのが趣味なんだな」

「それに使う魔法も音魔法なんだって? なんつーか、それで王妃になって何になるんだって感じだよなー」

「そう、役にたたないハズレ姫。あれはずっと最下位に決まってるさ」


 役に立たないハズレ姫。その言葉に胸がズキンと痛んだ。

 大丈夫、この手の悪口には慣れているハズだ。だけど……


(悪口には慣れていても、悲しいものは悲しいに決まってるじゃない……)


 ソノラは壁に寄りかかり、その場で膝を抱えて座り込んだ。鼻の奥がつぅんと痛む。涙が頬を伝って、ドレスを濡らそうとしたその時だ。


 ──『ありがとう。昨晩のようにマトモに眠れたのは久しぶりだ』

 ──『貴女の音魔法のこと、もっと知りたいわ』

 ──『こんなに幸せな気持ちになれたのは久しぶりよ。本当にありがとうね』


 そう笑ってくれたライゼルやセラ、フィアメールの言葉が暗いソノラの心を照らしてくれる。ソノラはそれを思い出し、すぐに立ち上がって涙を拭いた。


(確かに私の魔法は地味かもしれない。でも、できるかぎりのことはしよう。他人になにを言われたって関係ない。音魔法の良さを分かってくれる人は分かってくれるんだ)


 ソノラがそう決意したところで声をかけられる。声をかけてくれたのは中年の兵士だった。


「音姫様!? どうしてこんなところでお一人で!? 護衛をつけているはずですが……」

「あぁ、彼ならあそこに」


 中年兵士がソノラの指した方向を見て、眉をきつく顰める。そしてソノラの目元がほんの少し赤いことにも気付いたようで、綺麗なハンカチを差し出してくれた。

 彼は申し訳なさそうに、その場で膝をついた。


「申し訳ございません、これは任務を放棄するような未熟者を選んだ私の責任です! 何があったのかは存じませんが、音姫様を傷つけるような会話を彼らがしていたのでしょうか……?」

「いえ、気にしないでください。それよりも、失礼ですがお名前をお聞きしても?」

「ダング・シュミットミーです。ダングとお呼びください。シュタミカ村護衛部隊の隊長を陛下直々に任されております」

「ダングさん。お願いがあります。今の彼では私も安心して作業ができません。しばらくは貴方に護衛をお任せしても?」


 ダングは再びソノラに頭を下げる。


「はっ! 勿論でございます! 私でよければなんなりとお申し付けください! それと、あの小童共はこの試練が終わり次第きつくお灸を据えてやりますのでご安心ください!!」


 ダングの顔には明らかにメラメラと怒りが浮き上がっていた。その瞳はしっかりとキールを捕えている。その熱い雰囲気に被害者であるソノラの方がブルッと身体を震わせてしまうくらいだ。


「それで音姫様。作業とは一体どんなものでしょうか?」

「そうですね。一番最初に部隊長である貴方に許可をとるべきでした、勝手に行動して申し訳ございません。私は防壁に魔法陣を描きたいのです。音魔法の魔法陣ではありますが、今回使うのはその中でも──」


 そうして、ソノラはダングに「自分らしい」防衛策を説明していくのだった……。

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