第11話:第一の試練
──ドミニウス魔王国北部、シュタミカ村。
ドミニウス魔王国北側辺境であるこの村にソノラはたどり着いた。
それは何故か。答えは簡単だ。ソノラが王城に呼ばれた理由──次期王妃選定のための第一の試練がその村であるからだ。
「ついに来ちゃったわね……」
入城した時と同じような独り言を呟いて、馬車が村にたどり着く。
ソノラが馬車を降りると、既に着いていた王妃候補たちがソノラに強い視線を向けていた。その中でセラがさりげなくウインクしてくれたので、ソノラはなんとかその場から逃げ出さずに済んだと言っても過言ではない。
(というか、ボルテッサ様の目つきがさらに凶悪になっている気がするのだけれど……)
今にも襲い掛かってきそうな悪魔のようなボルテッサを避けつつ、ソノラも王妃候補の列に並んだ。
王妃候補が全員揃ったことを確認したライゼルが口を開く。
「皆、長旅ご苦労だった。ここが第一の王妃選定試練の場だ。今からそれぞれ王国騎士団から専属護衛をつける。彼らは好きに使ってくれて構わない。さて、それでこの場所で一体どんな試練が君達を待っているのか気になっていることだと思うが……」
ライゼルの言葉の続きを皆が待った。ソノラはゴクリと唾を飲みこむ。
「余から君達へ命令はたったの一つだ。この村周辺の森では近頃魔物が大量発生している。それらの脅威から今日一日、村人を守れ。以上だ。これからは余のことは気にせずに、君たちの思うままに動くんだ。審査をするのは余ではないからそこは注意しておくように。事前に用意している審査員達が君たちを見極めるだろう」
村人を守る。随分とシンプルな試練にソノラは肩透かしを食らったような気分だった。これは他の令嬢も同じような反応である。
ちなみにこの試練で最優秀者に選ばれた王妃候補はライゼルと同じ馬車で帰ることになるらしい。それを聞いたボルテッサの目がギラギラと強い輝きを帯びたのをソノラは横目で見た。
今からライゼルは部隊を率いて森へ魔物討伐へ行くようだ。そこについていくのもよし、村に残るのもよし。そこは各々の判断に任せるという。
(私は足手まといになりそうだし、当然村に残った方がいいわよね)
……と、そこで一人の兵士がこちらへ近寄ってくる。この茶髪の青年がどうやらソノラの護衛のようだ。
「
そう元気よく宣言して、深々とお辞儀をする兵士はソノラよりも年下に見える。新人の騎士なのかもしれない。とはいっても、王妃候補の護衛になるのだから将来を期待されているのは確かだろうが。
ソノラもキールに頭を下げた。
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします、キールさん。あと、よろしかったら
「は、はいっ! 分かりました、ソノラ様!」
素直で元気な青年だ。ソノラは親しみやすそうな青年でよかったと心の中で安堵した。
「今回の試練、戦闘能力がないソノラ様は大変ですわね」
「ボルテッサ様……」
背後から冷たい声がし、振り向けば黄金の髪を手で梳くボルテッサ。彼女は綺麗な微笑みを浮かべてソノラに近づくが、その目は一切笑っていなかった。ソノラの耳元に口を寄せる。
「貴女は足手まといよ。絶対に魔物討伐にはついてこないでちょうだい。もしついてきたら……手元が狂って貴女の心臓を電撃で打ち抜いてしまうかもしれないわ」
「……ご安心を。もとから魔物討伐にはついていく気はありませんわ」
「そう。そこはちゃんとわきまえてるのね」
ボルテッサはふっと鼻でソノラを嘲笑すると、さっさと黄色い声を上げながらライゼルの傍へと向かった。ボルテッサの後ろに侍っていた従姉妹エアリスもこっそりとソノラに向かって舌を出して去っていった。そんな王妃候補二人の後ろ姿を見守りながら、ソノラはやれやれとため息をこぼしそうになる。
続いて
(やれやれ。皆、怖い顔しちゃって……。でもそれだけ本気ってことね)
ソノラは王妃になるつもりはない。しかし、この村の人間が困っているのならば、貴族として村に貢献するのは当たり前のことだろう。
ソノラはふと、ライゼルと目が合った。ライゼルはボルテッサやエアリスの黄色い声を躱しながら、自分の首に提げていた小袋をソノラに見せつけるような所作をする。不思議に思っていると、その小袋からライゼルの手の平に転がったのは──
(あれって──私のイヤフォンよね!?)
そう。先日、ライゼルに渡した耳かきASMRの音が録音されているイヤフォンだ。ライゼルはそれを失くさないように小袋に入れ、胸元にさげていたのだ。確かにイヤフォンを貸した時、彼は肌身離さずに持つとは言っていたがまさか首にさげるとは……。
ライゼルがソノラにふっと微笑み、何事もなかったかのように小袋を胸元に隠す。少し照れ臭かったが、ソノラはライゼルの行動が純粋に嬉しかった。王妃になるつもりはなくともそんな彼を失望させるようなことをする気にもどうしてもなれない。
自分らしく、精一杯行動しよう。そう心に決めた。
「ソノラ様、貴女もいくのかしら? 魔物討伐」
セラが心配そうに声をかけてくれる。これは先ほどのボルテッサのような皮肉ではなく純粋に心配してくれているのだろう。
彼女の心優しい気遣いにソノラは思わず笑みがこぼれた。
「いいえ。私は足手まといになってしまいます。村に残るつもりですわ」
「そう。……大きな音で魔物の鼓膜を破ったりできるんじゃないかしら?」
「随分と物騒ね!? まぁ、できなくもないかもしれませんわ。でも周りの人間も巻き込んでしまうかもしれないし……。それに、魔物討伐には陛下と他の王妃候補が行くから十分でしょう」
「そうね。特にボルテッサ様は気が立っている様子ですしね。むしろストレス解消の道具にされる魔物が可哀想かもしれませんね」
セラの軽口にソノラは容易にその光景が思い浮かび、笑い声をあげてしまった。セラもクスリと口角を上げている。
「じゃあ、また城に帰ったらお茶でも飲みましょう? 気を付けてくださいね、セラ様」
「えぇ、絶対よ! 約束ね。楽しみにしてるわ」
セラがソノラに小さく手を振って去っていく。その後ろ姿が森の奥に消えていくまで見守りながら、ソノラは王妃候補達とライゼルの無事を祈った。
「あのー……」
キールが恐る恐る声をかけてくる。
「ソノラ様は魔物討伐にいかないんでしょうか? 試練をクリアするためには沢山の魔物を倒して手柄をあげないといけないのでは?」
「えぇ、そうかもしれないわね。でも私では足手まといになってしまいますわ。だから自分なりに村のためにできることを探してみます」
「そう、ですか……」
明らかに肩を落とすキール。彼はまだ若い。きっとライゼルの傍で手柄をたてたかったのだろう。彼の希望に添えなかったことを申し訳なく思いながらも、ソノラは村を見渡した。
「ひとまず村の様子を一通り見てみましょう」
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