第13話:音魔法の応用

 シュタミカ村の夜では、村人達が集会所に集まり、身を寄せ合って眠るという。

 その集会所の周りに村の自警団を配置し、防壁は王国騎士団防衛部隊が防衛することになった。


 また、夜になってもライゼル一行は戻って来なかった。伝書魔法の返信によると、魔物が予想以上に発生しており、戻ろうにも戻れない状態らしい。

 ソノラは皆の無事を祈りながらも、集会所に入った。ちなみにダングは防壁防衛に行っている。キールの方は「防壁を守れば貴女様の護衛は必要ないでしょう」とヘラヘラしながら言われたため、ソノラはもう何も言い返さなかった。彼の望み通り、防壁の方に行ってもらったのだ。守る気がない護衛はこちらからも願い下げである。


 集会所では村人達全員が体を震わせ、真っ青な顔をしている。どうやら恐怖でろくに眠れていないようだ。集会所を守る自警団も負傷している者が多く、ライゼル一行が来る前は相当苦労していたのだろうと予想できた。


「音姫様、ありがとうございます。赤ん坊がどうしても泣き止まなくて……本当に助かります」

「いいのよ。子供は泣くのが仕事だもの。それよりもちゃんと休んでますか? 私にも小さな弟の世話をした経験がありますから、なにかお手伝いできることがあったら言ってくださいね」

「ありがとうございます、十分ですわ」


 まず、ソノラは肩身が狭そうに会場に端に集まっていた母親達のために防音魔法の結界を施した。これでひとまず母親達が周囲の顔色を窺う必要もないだろう。


「ソノラ様……」


 集会所の村人達に食料も配り終え、少し休憩しようと会場の隅で村人を見守っていたソノラの下に昼の子供達が集まってくる。恐怖で余裕がない大人達の表情に彼らも不安で眠れないのだろう。


「ソノラ様、今夜は傍にいてくれる?」

「俺も一緒にいたい。母さんは弟の世話で手一杯みたいなんだ」

「えぇ、勿論よ。あなた達が眠れるまで、傍にいるわ」


 ソノラは子供達の頭を撫で、少しでも安心させるためにとびきりの笑顔で彼らを迎える。子供達はそんなソノラに寄り添い、小さな体をきゅっと縮こまらせた。


「こんな夜がいつまで続くのかな……」


 ポツリ、と子供達の中で一番小さな少女──アンがそう呟く。その呟きはおそらく集会所に集まっている全員が抱えている不安だろう。


(そうよね。近くに獰猛で恐ろしい魔物がうようよしているのだもの。不安で眠れないのも仕方ないことだわ)


 そこでソノラは自分と子供達の周囲にも防音魔法の魔法陣を描いた。子供達はそんな彼女に不思議そうな表情だ。


「ソノラ様? なにをしているの?」

「あなた達が眠くなるように何かしようかと思ってね。読み聞かせと子守唄、どっちがいい?」

「お歌!? ソノラ様、お歌を歌えるの?」


 子供達は目を輝かせて、ソノラを一斉に見上げる。ソノラはそんな素直で可愛らしい子供達に微笑ましくなった。

 「るー……♪」と試しに簡単なメロディを歌ってみると、子供達の身体の震えが止まったのが分かる。ライゼルにも褒められた歌声だが、どうやら子供達にも好感触のようだ。

 そのままソノラは故郷であるセレニティ領オリジナルの子守唄を歌い始める。子供達の目の輝きがさらに強くなった。


「すごいすごい! ソノラ様の歌声綺麗! 人魚姫みたい!」

「ソノラ様、もっと聴かせて!」

「お、俺、父ちゃんに自慢してくる!! 人魚姫の歌声聞いたって!!」


 ──とまぁ、そんな子供達の噂を聞きつけてからか、次第にソノラの防音魔法の結界──ソノラのライブ会場がどんどんと集会所の中で広がっていく。

 気づけば集会所全体が結界に包まれるということになってしまった。ソノラは集会所中に音が聞こえるように反響魔法を施しつつ、適切な音量調整を心掛けながら子守唄を歌い続けた。そうすれば一人、また一人と村人達が穏やかな顔で眠りに落ちていくのだった……。




***




「おい、キール! お前いいのか? 音姫ねき様の護衛を任されてるんだろ?」

「いいんだよ、別に。どうせあの姫様は集会所にいる。この防壁さえ守っていれば問題ないさ。ったく、他の姫様は勇敢にも陛下と共に魔物と戦ってるっていうのによ」

「でもお前、それは流石に……」


 キールはそんな真面目な同僚を面倒に思い、反論しようとした。だがその反論は敵襲を知らせる笛の音色によって遮られる。

 今まで平和だった場に一瞬で緊張が走った。皆が銃を構え、防壁の上から辺りを注視する。


「──おい、来たぞ!!」


 獣の唸り声がする。足音も複数。暗闇に金色の目がいくつも浮かび上がっていた。その鋭い瞳たちにゾクリと背筋が凍る。


「あれは……グリッドウルフか?」


 グリッドウルフとは手足が異常に大きく発達した狼の魔物である。非常に獰猛な生物で、首をしっかり落とさない限りは死なない生命力の強い厄介な存在だ。

 

「魔物が大量発生しているとは聞いていたが、通常数匹程度の群れで行動するグリッドウルフがこんな大量に群れているなんて……!!」


 同僚の絶望を含んだ言葉にキールも唾を飲みこんだ。しかし、遠くからでも聞こえる部隊長ダングの怒声で我に返った。


「怯むな! グリッドウルフごときに一瞬の隙も与えるんじゃない! 武器を構えろ! 魔導部隊は詠唱の準備を!」


 その時、ダングの怒声に張り合うように群れのリーダーであろう巨大な個体が、遠吠えを上げる。その遠吠えをきっかけに群れが一斉に襲い掛かってきた。

 キールは得意の風魔法で狼達を切り裂いていく。同僚たちもそれぞれの得意の武器や魔法で魔物を蹴散らしていく──が。


(魔法を当てても当てても蘇ってくる! グリッドウルフのしぶとさは知っていたが、これは異常じゃないか!? 数もゆうに二十は越えている……! 大丈夫なのか!? 勝てるのか!?)


 まだ経験が浅いキールの胸にわずかに芽生えた不安と恐怖。その一瞬の隙を、狼達は見逃さなかった。


「キール、魔法を止めるな!!」

「ッ!?」


 同僚の叫びでキールはハッとする。魔法を無駄に連発していたせいか、魔力が切れた。だというのに、一匹の狼がもう目の前まで飛び掛かってきていたのだ。キールは目の前の光景がやけにゆっくり動いているように感じた。




 ──あ、喰われる。




 心の中で、そうポツリと呟く。自分の死がすぐそこまで迫っていることにキールは恐怖した。頭の中には、痩せた母親が号泣する様子が思い浮かんだ。


 その時、だった。


 突然、キールに迫っていたグリッドウルフが目の前の防壁を蹴り、地面へと方向転換する。慌てて下を見ると狼はフラフラと上手く歩けないようだった。周囲の狼達も途端に自分の耳を引っ掻いたり、涎を垂らして異常に吠えたり、不可解な行動をとっていた。リーダー個体の狼がそんな狼達に目を細め、次にじっと防壁を見る。

 キールは防壁がやけに明るいことに気づいた。


「なんだ、防壁になにか魔法陣が描いてあるぞ!? しかも光ってる! なにかわからんが狼達はあの魔法陣を嫌がっているみたいだ!」

「おいおい、一体あの魔法陣は誰のだ!?」

「あ、あれは……たしか、音姫様の魔法陣だ! 昼に音姫様が魔法陣を描いているのを見た!」


 同僚の戸惑いの声にキールはそう声を上げた。皆が混乱している中で、リーダー個体の狼が遠吠えを上げ、狼の群れ達はあっという間に森の中へ消えていく。どうやらあの狼達は撤退することを選んだようだ。

 何が起こったのか分からない兵士達が、ざわざわと騒ぎ始める。その中でキールは我慢できなくなり、同僚に「あとは頼む!」と言い残して集会所へ走った。

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