第14話:暗雲
キールが集会所に入ると、そこでまた彼は驚くことになる。
昼、顔を合わせた自警団の話から、村人達は恐怖で何日もろくに眠れていないと聞いていた。
しかし、今はどうだ? 皆が穏やかな顔で眠っているではないか。その中心にいるのがソノラだ。ソノラは今まで聞いたこともないような儚く、優しく、美しい歌声で彼を迎えた。窓から漏れる月の光に照らされながら、歌い続けるソノラの姿にドキリと胸が昂り、耳は一瞬で鈴のような心地の良い歌声の虜になった。
ソノラはキールと目が合うなり、人差し指で「静かに」とジェスチャーをし、共に集会所から出る。
「防壁の様子は盗聴魔法でなんとなく把握してるわ。私の魔法陣が効いたようでよかった」
「ッ! やはり、グリッドウルフを追い払ったのはソノラ様の魔法陣なのですか!?」
「えぇ、おそらく。あの魔法陣には音波魔法がこめられているの。人間には聞こえないような音で、魔物を追い払う魔法よ。聴覚が発達している獣型の魔物には特に有効な魔法なの。私の故郷も辺境で、魔物被害が絶えなかったから、研究に研究を重ねて編み出したの」
「そ、そんなことが……」
誇らしく胸を張って説明するソノラにキールは開いた口がふさがらないようだ。
「音魔法って意外に便利でしょ? この魔法は私の誇りなの」
「ッ!」
その瞬間、キールは顔が熱くなる。恥ずかしくてたまらなくなったのだ。鼻で笑った魔法に先ほど自分は命を救われた。
なにがハズレ姫だ。なにが臆病者だ。なにが役立たずの魔法だ! 偏見で人の誇りを見下し、実際には何もできなかった自分こそが一番愚かで滑稽であることに気づく。
「──申し訳、ございませんでした……!! 私はさきほど、貴女の魔法に命を救われました……。私は、なんて態度を……ッ!」
その場で膝をつき、頭を深々と下げるキール。そんな彼に手を差し伸べ、ソノラは微笑んだ。
「いいのよ。慣れてるから。今からは一緒にこの村を護ってくれる?」
慣れてるから。その言葉にキールは胸が痛んだ。今までソノラは自分のような愚か者に散々傷つけられてきたのだろう。だが、そんな心ない言葉をかけられても音魔法を諦めない芯の強さ。
「キール?」
我に返ったキールは再び深々と頭を下げた。
「今回の件について、罰は後でいくらでも受ける所存です。だけど今は、貴女様を命を懸けて御守りすると誓います!」
***
一方その頃、ライゼル一行はというと。
「皆、よく長時間戦ってくれた! 少し休憩だ!」
ライゼルの真っ直ぐ響き渡る声に今まで戦っていた兵士達が力を抜いた。勿論、共に戦い抜いた王妃候補達もだ。ライゼルはその中でセラに声を掛ける。
「セラ嬢、すまない。息つく間もなく兵士達を治癒してもらっているだろう。治癒魔法は特に魔力消費が多いというのに」
「いえ。お気になさらず」
セラはそれだけ言うと、ある方向をじっと見つめていた。その方向にライゼルは心当たりがある。
「ソノラ嬢か?」
「!」
「君達が親しい仲というのは報告を受けている」
ソノラの名前を出すなり、少しだけ固い表情が緩んだセラ。相当彼女のことを気に入っているのが分かる。
「はい。取り逃がした魔物が村の方に向かっているかもしれません」
「村には防衛隊を配置している。取り逃がした魔物に負けるようなやわな連中ではないさ」
(──だが、ここまで長期戦になるのは想定外だった。まさかあんなに巨大な魔石が発見されるとはな)
ライゼルはチラリと部隊の荷台を見る。そこに積まれている成人男性一人分ほどの大きな紫の石に眉を顰めた。
あれは魔石。強力な魔力の塊だ。魔石から溢れる濃厚な魔力で魔物達が活性化し、繁殖しやすくなる。だが、あそこまで大きな魔石はあまり発見されることはない。
(あんな巨大な魔石が突然自然発生したとは考えられない。誰かが意図的に魔石を仕組んだ? なんのために? 考えられるのは──)
ライゼルが考えを巡らせている中、そんな彼を睨みつける女性が二人。
「きいいっ! 許せませんわ! お姉様が一番多く魔物を討伐しているというのに、陛下が真っ先に声をかけるのはあのセラ・エンハンサだなんて!」
「えぇ、全くだわ」
苛立ったように舌打ちをするのは雷姫ボルテッサだ。その傍らにはいつものように従姉妹のエアリスが侍っていた。
「それよりエアリス。森に入ってから私達を監視している審査員の方はどう?」
「今は周囲に気配を感じませんわ。流石に休憩中は監視対象外なのでしょう」
「そう。それならよかった」
ボルテッサはその返答を聞いてニヤリと口角を上げる。
風魔法の使い手であるエアリスは周囲の気配察知能力が非常に優れている。故に、ボルテッサ達はすぐに自分達を監視する“影”の存在に気づいていた。その影こそ、確実にライゼルが話していた審査員達だろう。
ボルテッサはエアリスを利用し、魔物討伐中はその影達に一番アピールできる形で立ち回っていた。これで今回の試練、最優秀者はボルテッサで決まりに違いない。帰りの馬車でどうライゼルにアプローチしてやろうか想像するだけで、にやけが止まらなくなるというものだ。
「雷姫様、お飲み物を!」
ボルテッサについている大柄の護衛がボルテッサに真水が入った革袋を差し出す。妄想を止められたボルテッサは舌打ちをした。革袋をぶんどって、キッと護衛を睨みつける。
「こののろま! 水を持ってくるだけで何秒かかってるのよ!」
「も、申し訳ございません……」
「はぁ、本当に使えない。王妃候補二位の私にこんなのろまをつけるなんて!」
そんなボルテッサの大きな独り言に周りの兵士達も眉を顰めた。
実は戦闘中、ボルテッサの雷魔法に誤爆して火傷をした兵士が数人いる。対してボルテッサは「手が滑りましたわ」と悪びれない態度だったことで兵士達の中で彼女への不満が募っていた。
「陛下、大変です!」
周囲の様子を調べていた偵察隊の一人が声を荒げて暗闇から飛び出してくる。そんな彼の様子に周囲はすぐに緊張状態へと切り替えた。
「なにがあった?」
「発見された巨大魔石の影響で寄生スライムまでが発生しているようです! さらに、既に討伐したはずの魔物達の死骸がなくなっており──それらの足跡が村の方に向かっております!」
寄生スライム。それはその名の通り、魔物に寄生するタイプのスライム。死骸に寄生して、生きた屍を作り出す非常に狡猾かつ厄介な魔物だ。
奴らは討伐隊の目を盗んで死体を盗み、餌が豊富な村の襲撃にいったのだろう。
ライゼルは無意識にソノラから借りているイヤフォンを握り締めていた。
「──皆、早急に村へ戻るぞ! 今すぐにだ!!」
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