第21話:第二試練のはじまり

 十日の休暇も終わり、再び王妃選定が始まる。

 ソノラは休暇が終わるなり、玉座の間に来るようにと招集されていた。


 約束の時間に王城中心部にある玉座の間に入ると、強い視線を感じた。視線の主は勿論ボルテッサとマリーナだ。

 しかし彼女達も馬鹿ではない。国王の前で堂々とソノラを罵倒するようなことはするはずもなく、お互いに軽く会釈をして、ソノラはセラとボルテッサの間に立った。その後、玉座に座るライゼルに深々と一礼する。


「よし。皆、揃ったようだな」


 ライゼルが王妃候補達を一人一人見渡す。真っ赤な顔で喘ぐライゼルに見慣れてしまったため、逆に今の国王としての威厳ある彼にギャップを感じてしまう。


「さっそくだが、君達に第二の試練について説明する。とはいっても、第二の試練だけは毎年恒例の内容だ。一か月後、我が国では隣国のヴァルクウェル王国との親交パーティが開かれる。その際、ヴァルクウェル国王夫妻が来訪される。君達にはそのもてなしを頼みたい」


 ライゼルが言うには、その国王夫妻に渡す手土産を各々用意してほしいとのことだった。

 しかしその手土産には条件がある。ヴァルクウェル国王夫妻は大の魔道具好き。つまり各々の得意な魔法を施した品物であることが必須であるとのことだった。


 魔道具作り。普段、イヤフォンやら疑似耳やらを制作しているソノラにとって胸躍るような課題であった。課題内容を聞いているだけで、ムクムクと創作意欲が湧き上がってくる。


「今回の試練でヴァルクウェル国王夫妻を一番喜ばせた王妃候補が親交パーティの最後に余と踊ることになっている。故に、各自ダンスの練習も怠らないように」


 そんなライゼルの言葉でその場は締められ、解散した。セラと話したい気持ちはあったが、マリーナやボルテッサに絡まれたくないソノラはそそくさと玉座の間を後にしたのだった。




***




「フランはなにか欲しいものはある? 私の音魔法を施した魔道具で」


 音宮に帰るなり、ソノラからの突然の質問にフランはオレンジティーを淹れる手を取んてキョトンと瞬きを繰り返す。


「欲しいものですか? どうして突然そんなことを?」

「次の試練が親交パーティに来訪されるヴァルクウェル国王夫妻に贈る手土産を用意することなの。何を作れば喜んでもらえるかアイデア募集中よ」

「うーん、隣国の国王夫妻と私じゃあ価値観がまったく違いますから参考にならないと思いますよ? 国王夫妻を知っている陛下に直接聞いてみてはいかがですか? ちょうどいいですし」

「ちょうどいい?」

「ソノラ様が寝坊して慌てて音宮を出たので言い忘れていたのですが、今朝ガイア様がいらっしゃいました。今日のいつもの時間に陛下からのお通りがあるとのことですよ」


 そういえば、ライゼルのお通りはスライムASMR以降なかったことに気づく。もしかしたらソノラが休日中であることに配慮してくれたのかもしれない。

 それならばフランの提案は確かに一番有効な手段だと思うが、ソノラは眉を顰める。


「それって……なんかズルじゃない?」

「でも贈り物を贈る時、相手を知らないと逆に失礼だと思います。陛下に質問するだけなら全然大丈夫ですよ」

「そうね。それもそうか……」


 ソノラはフランの提案に頷く。ひとまず今はライゼルが訪問してくる夜を研究でもしながらのんびり待つことにした。




***




 いつもの時間。ライゼルの訪問を知らせる鐘の音。ソノラとフランは玄関でライゼルを迎えた。今夜はガイアが護衛としてライゼルに付き添っていた。

 ライゼルはソノラの顔を見るなり、満面の笑みを浮かべる。今朝のライゼルの真顔を思い出してみると、初対面の時から随分と親しくなれたことを客観的に実感できた。


「ライゼル様、ようこそいらっしゃいました」

「あぁ。……朝に会ったというのになんだか久しいな」

「そうですわね」


 玉座の間ではボルテッサとマリーナの視線が恐ろしくて、ライゼルに話しかけることなどできるわけがなく。

 今朝の二人の魔物のような殺気の視線を思い出し、ソノラは身震いをする。


「ここに来なかった間、君の声が入ったイヤフォンのおかげでとても快適に眠れた。本当にありがとう、ソノラ」

「ふふ。お役に立ててなによりですわ」

「だが、」


 ライゼルが恥ずかしそうにソノラから目を逸らした。口を押さえているが、はみ出しているその頬がほんの少し赤く見えるのは気のせいだろうか。


「──たまには、君の声を直接聞きたくなってな。つい会いに来てしまった」

「なっ」


 ライゼルにつられて、ソノラの顔にも一気に熱が集まる。視線が無意識に下にいき、身体の内側から迫りくるくすぐったさにもじもじしてしまう。


(やっぱり、炎帝じゃなくて魔性帝じゃないかしら、この人!?)


 なんて言ったらよいか分からず、ひとまず咳払いをして切り替えることにした。


「こほん。それでは立ち話もなんですし、ひとまずオレンジティーでもいかがですか?」

「あ、あぁ。ぜひいただこう」


 客間でテーブルを挟み、向かい合い座る。オレンジティーを口に運ぶ仕草さえ美しいライゼルに見惚れてしまう。

 しかしソノラはライゼルに見惚れている場合ではないことを思い出した。


「ライゼル様。ご質問があります。よろしいでしょうか」

「あぁ、勿論だ」

「ヴァルクウェル国王夫妻はどんな御方なのですか?」


 ライゼルがピクリと揺れ、深紅の瞳をソノラに向ける。そのルビーの輝きにソノラは内心ギクリとした。


「……やっぱり、ずるいでしょうか」

「いや、そんなことはない。他の王妃候補にも質問されたら同じ返答をするようにするから安心してくれ。ふむ、そうだな……ヴァルクウェル国王夫妻はなんというか……温かい方々だ」


 ライゼルの目が優しく細められる。宙を眺め、遠い思い出でも忍んでいるのだろうか。それだけで、彼の中の国王夫妻がとても大切な存在なのが分かる。


「それに一国の長らしからぬお人好しな方々でな。余の両親とも気が合って、よく家族ぐるみのつきあいをしていた。余にとってはほとんど親戚のような存在だな。朝も話したが、魔道具が好きで、いつも珍しい魔道具を持ってきては自慢してくれる。あとは……芸術を愛する方々だな」

「芸術ですか」

「あぁ。特に御伽噺や物語を好んでいてな、余によく本をくれた。一番思い出深いのは邪竜物語だ。何回も、幼い余に読み聞かせしてくれた。夫妻が互いに恋に落ちたのも、同じ物語を愛していたのがきっかけだったとかな」


 邪竜物語。それはドミニウス魔王国でも有名な御伽噺であった。

 簡単に説明すると邪竜に攫われた愛するエレナ姫を救うために勇者ノームが人魚の国や冥界など様々なところを冒険する物語である。姫を救うために数多の困難や修行を乗り越え、邪竜を倒すまでに成長する勇者の姿は世界中の人々を魅了している。


(物語……。でも、単なる読み聞かせじゃ面白くないし……いや、そうか!)


 ソノラはなにかを考えるような仕草をする。アイデアの稲妻が脳内でビリッと走った。

 早くこのアイデアを形にしたいとムズムズと身体が疼く。しかし今はライゼルの前だとメモをとろうとする手をなんとか抑えた。


 そんなソノラを見て、ライゼルはさっと立ち上がる。


「さて、そろそろ余は帰ろう」

「ッ、陛下? まだ来たばかりですがよろしいのですか?」

「あぁ。余にはこのイヤフォンがある。それに今回ここに来たのは単に君の声が聞きたかっただけだ。ソノラの邪魔はしたくない。その様子だと、きっと面白いことをしてくれるのだろう?」


 期待している。その一言を言い残して、口角を上げたライゼルは去っていった。

 ソノラは玄関先でそんな彼の後ろ姿を見送りながら、胸に手を当てる。鼓動がいつもより早かった。


「ソノラ様? 夜風は体に悪いですよ。そろそろ中に入りましょうか」

「えぇ。でも……ライゼル様が見えなくなるまで、ここにいるわ」


 小さな声でそう言うと、フランがやけにニマニマしてソノラの顔を覗き込む。


「たしかに、夜風はソノラ様の火照った体を冷ますにはちょうどいいかもしれませんね!」

「もうフラン、からかわないで!」


 ……でも、フランの言う通りだ。

 ソノラはライゼルが今すぐにでも作業に入りたいと思った自分を察して行動してくれたことが嬉しかった。自分を理解してもらえているということはこんなにも胸が躍ることなのかと実感する。

 だからこそ、やはりそんなライゼルの期待には応えたくなってしまう。彼が自分の音魔法で喜ぶ顔をまた見たくなってしまうのだ。


 ソノラはぼんやりと身体の内側に秘められた熱を持て余しながら、暗闇でもはっきり分かる赤が見えなくなるまでずっと彼を見守り続けた……。

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