第22話:水姫からの謝罪

 ライゼルからヴァルクウェル国王夫妻の話を聞いた晩から、ソノラは寝る間も惜しんで魔道具の製作に集中した。


「ソノラ様ぁ! いい加減寝てくださいっ!」


 流石に温厚なフランも連日の寝不足は見逃さない。しかしぷんぷん叱るフランでさえ、集中したソノラの視界には入らない。

 必死になにかアイデアをメモに書き、ブツブツと呟くだけだ。


「ふふふ。この場面ではこんな音を入れるのをアリかしら。色々思い出すわ、昔(前世)もこうやってフリーのSEを探したり、自作したりして試行錯誤したのよね……」

「もぉ! ソノラ様ったら!」


 フランに身体を揺さぶられ、ようやく我に返るソノラ。


「へっ!? フラン? どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないですよぉ! 作業に集中するのはいいことですけどちゃんと休んでくださいっ!」

「ご、ごめんなさい。つい楽しくて……」

「ソノラ様が楽しそうなのは私だって嬉しいです。ですが分かってますか? また今回も試練でいい成績の残したら、ソノラ様は本当に王妃になっちゃいますよ?」

「そ、」


 そんなことがあるわけない、と言おうとしたが今のソノラは第二位王妃候補であることを思い出し、口を閉じた。

 第一の試練では困っているシュタミカ村の村人達がいたから全力を尽くした。しかし今回の試練は……。ソノラはふと筆を止める。


(そうだわ、私ったらなに一生懸命作業をしているのかしら。王妃なんてなりたくなかったはずなのに……)


 王妃になれば両親は喜ぶだろうが、音魔法の研究ができなくなってしまうかもしれない。ソノラが溺愛している幼い弟にも会えなくなってしまうだろう。

 それならば、自分は……。


「──いえ、私は国の代表としてヴァルクウェル国王夫妻に贈り物を贈る名誉をいただいたの。手を抜くなんて論外だわ。それにライゼル様を失望させたくない」


 それはソノラの心からの答えだった。フランはそれを聞いて、腰に手を当てため息をこぼす。


「分かりました。それなら私も全力でお手伝いします。で、す、が! ひとまず今は寝てください! これ以上作業を続けたらセレニティ家に告げ口しますからね!」

「ひっ」


 思わず顔が青くなるソノラ。特に「健康とは睡眠からくるものである! 民を守るために常に健康でいることは貴族の務め!」がモットーの父親に今のソノラを見られてしまうと非常によくないことになるのは目に見えていた。大人しく筆をおき、ひとまずソノラはフランの言う通りにするしかなかった……。




***




 数日後、来客を知らせる鐘の音が音宮に響く。十分な睡眠を終えて作業に集中するソノラと掃除中だったフランは予期せぬ来客に慌てて玄関へと駆けた。

 来客は、なんとも奇妙……いや、意外な組み合わせの二人である。


 一人は、なにやら大きな荷物を抱えたライゼルの懐刀であるガイア。そしてもう一人は──


「御機嫌よう、ソノラ様」

「ま、マリーナ様……」


 そう。過去にソノラの頭上に水をかけ、度々殺気のこもった視線を向けてくるマリーナ・アクアリアである。マリーナは女神のような微笑みを浮かべ、ソノラに会釈する。フランがそんな彼女に威嚇する猫のような表情を向けていた。


「まずは貴女様に謝罪を。前にソノラ様が水宮にお越しになった際は大変無礼な態度をとってしまい申し訳ございません。お詫びの品をお持ち致しました。実家で採れた新鮮なフルーツよ」


 マリーナは整った両眉を寄せ合い、深々と頭を下げる。人が変わったようなマリーナにソノラもフランも面食らった。ほとんど反射的にお詫びの品を受け取る。


「本当にごめんなさい。正直にお話しすると、実家からのプレッシャーで気が立ってしまっていたの……」


 それは、セラからも聞いた話だ。ソノラの両親は最初からソノラが王妃になるわけないと諦めている故に何も言ってこないが、普通の令嬢なら実家から期待されるのが当然だろう。前世の感覚からすればまだ若い乙女達に国を背負う覚悟をしろというのも無茶な話だと思う。


「お品物、ありがたく頂戴します。こちらこそマリーナ様の事情も知らずに水宮にお邪魔してしまい申し訳ございません」

「そんなことないですわ。ぜひまたいらしてくださいな。今度はお水も降ってきませんわよ」


 マリーナの軽口にソノラは思わず笑ってしまった。対してマリーナも胸を撫でおろし、ホッとしたような表情を浮かべる。


「えっと……」


 そういえば、とソノラとマリーナは戸惑う青年を見上げた。気まずそうなガイアが困ったように苦笑いをする。ガイアはその逞しい腕で抱えていたのはソノラの実家から贈られてきたという木箱であった……。

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