第6話:意外な協力者

「本当にありがとうございました!」


 ソノラはフランと共に頭を下げる。その相手は──王妃候補第一位の聖姫せいき、セラ・エンハンサだった。

 彼女はずぶ濡れのソノラに話しかけ、自分の聖宮せいきゅうに連れて来てくれた本人だ。今、ソノラが上等な新品のドレスに着替えることができたのも彼女のおかげなのである。


「別に構いませんわ。頭を上げて頂戴」


 頭を上げると、セラは相変わらず無表情。

 迷惑をかけただろうか。ソノラは申し訳なさそうに身を縮こまらせた。


「それにしても音姫である貴女がどうしてあの場で……いや、あの場所だったから、ですわね。大方、マリーナ様にちょっかいでもかけられたんでしょう」

「いえ、どちらかというとちょっかいをかけたのは私というかなんといいますか、」


 助けてもらった恩もある。ソノラはフィアメールの件を伏せつつ、マリーナとのやり取りをセラに話した。話を聞いたセラは怪訝そうに首を傾げる。


「音をとる、ですか? ……不勉強で申し訳ありませんが、全く想像がつかないわ。音なんて記録してどうするのです?」

「眠る前など、落ち着きたい時に聴くのです。よろしければセラ様も私の録った音を聞いてみませんか?」


 ASMR布教のチャンスにソノラは目を輝かせ、さっとイヤフォンを取り出す。ソノラからイヤフォンを受け取ったセラは恐る恐るそれを耳につける。


 ──その時。


「ッ!!」


 彼女の目がこれでもかというほど見開かれた。

 耳から伝わってくるのは“森”だ。小鳥のさえずり、風が木を撫でる音、葉が風に流れていく音。近くに湖があるのだろうか。水が流れる音もする。水の波紋が脳内で想像できた。そして、その傍で佇む焚火の音も。ぱち、ぱち、ぱちぱち。不規則な、薪が弾ける音が鼓膜の奥を刺激して、脳に直接響いてくるようだ。


 どうってことない音なのに、目を瞑り、音だけに集中すると、どうしてこうも心地よいのだろう。脳内で、音の情報が再現され、自然にその音の世界に入ることができる。


 いつの間にか、数分経っていたことにも気付かず、セラは黙って目を瞑っていた。ソノラがニコニコとそんなセラを見守っていることに気づいて、ハッとしてイヤフォンを外す。セラの頬がほんのりと桃色に染まっていた。


「こ、こほん! なかなか興味深い音でしたわ。これが貴女の音魔法なの?」

「そうですわ。私の音魔法はこうして音を保存することができるのです。ちなみにこれは私の故郷の森で録った音ですわ。その湖のほとりで録った音は他の粘土細工にも保存しておりますので、もしセラ様さえよければお譲りしましょうか?」

「いいの!?」


 ぱっと明るくなるセラの顔。しかしすぐに彼女は無表情になった。ソノラはにっこり笑って、頷く。


「ええ。ドレスを貸していただいたお礼ですわ。セラ様なら私の宝物を大切にしてくださるでしょうし」

「……そう。まぁ、ソノラ様のご厚意を無下にはできません。有難く頂戴いたします」


 セラはすぐ傍の侍女にイヤフォンを渡すと、小声で何かを呟いていた。侍女は静かに頭を下げ、黄金の小物入れの中にそっとしまう。あの小物入れは相当高価なものだと一目でわかる。豪華絢爛なセラの私室の中でも一際目を引く輝きを放っているからだ。そんな小物入れに大切に片してくれるということは、気に入ってくれているのだろうとソノラは判断して、心が躍った。


「それはそうとしてソノラ様。水の音を録りたい、ということでしたが。よろしければ聖宮の噴水の音を録られていきますか? 水宮には数や種類で負けるけれど、そこそこ立派なものが一つ、庭にありましてよ」

「ほ、本当ですか!? やったぁ!!」


 ソノラは思わず立ち上がる。子供のように目を輝かせながら。ポカンとしているセラにハッとして、ソノラも先ほどのセラのようにわざとらしく咳をした。


「ぜ、是非お願いしますわ」


 恥ずかしさで顔が熱くなるソノラ。咳払いで上手く誤魔化したと思ったのだが、セラは我慢できないとばかりにそのポーカーフェイスを外し……


「……っぷっ! あはははは!」


 と、声を出して笑っていた。

 あまりの無表情さに「人形姫」の別名があった彼女の仮面が外れた笑顔にソノラは目を丸くする。先程マリーナにも笑われたが、今回は嫌な気分にはならなかった。


「ふふ、申し訳ございません。ソノラ様は本当に音魔法が好きなのですね。素直なソノラ様が可愛らしくて、つい笑ってしまいました」

「それを言うならセラ様の方こそ。そんな笑顔が素敵な方だとは思いませんでしたわ。思わず見惚れてしまいました」


 ソノラがそう言うと、セラはやはり頬を桃色に染めた。


「人と話したり、笑顔を作るのがちょっぴり苦手なの……」

「そうなのですね。ちょっとわかります。私も他のご令嬢の方々との機嫌とりが苦手ですから……」

「そう、なのね。……ねぇ、ソノラ様。貴女さえよろしければ」


 ──私と、お友達にならない?


 その言葉にソノラは断る理由がなかった。




***




 第一位王妃候補のセラが管理しているのは聖宮せいきゅう。セラが非常に希少な聖魔法の使い手であることから名づけられた宮である。第一位王妃候補の庭というだけあってソノラの倍以上の広さと豪華さを兼ね備えていた。

 セラの髪の色と同じ黄金の薔薇の花園の中心には女神を模した美女の像が天を仰ぎ、腕を上げていた。その指先には小鳥もおり、彼女がそれを愛でているのが分かる。そこから四方に水が噴き出し、女神像を盛り立てていた。


 二メートルはある女神像にソノラは自分の宮との差に唖然とする。


「凄いですね、ソノラ様! 私達の宮にはあんな立派な女神像ないですよぅ!」

「それどころか花の一本も咲いていないわね。……一本くらいは栽培した方がいいかしら?」


 そんなことをコソコソ話していると、セラがそわそわしていることに気づいた。


「ソノラ様。さっそく音を録ってくださいませ。ちなみにこの噴水はいい音を録れそうですか?」

「はい! それはもう! 水しぶきの細かい音や鳥も数匹見かけますし……! 水中の音も録ってみます! しばらく放置していればいい音が撮れると思いますわ」

「…………」


 なにやら意味ありげなセラの視線にソノラはピンと気づいた。


「よろしければセラ様の分も音を録りましょうか?」

「ッ!」


 またまた一瞬だけ、目を輝かせるセラ。そしてまた、一瞬で無表情に戻る。


「……えぇ。よければお願いします」

「ふふ。はい!」


 その後、水中と噴水の縁に粘土細工(防水加工済)を設置して完了だ。


「ソノラ様。よければこの後お茶でもどうかしら? その、貴女の魔法のこと、もっと知りたいわ」


 照れくさいのか、セラはぷいっと目を背けつつもそう言ってくれた。

 音魔法を褒められただけではなく、音魔法を知ろうとしてくれるセラを前にソノラが黙っているはずがない。その後、ソノラは日が沈むまでセラに音魔法について語ったのだった……。

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