第34話:異変

「ソノラ様! 起きてください!」

「んー……」


 フィアメールが亡くなってから二日後、ソノラはリリーに起こされた。彼女が今でも音宮にいるのはフィアメールが亡くなった後にミリナと共に音宮専属メイドに正式に指名されたからだ。慕っていた君主が亡くなり辛いだろうに、彼女達は未だ目を覚まさないフランの代わりに音宮でテキパキと働いてくれている。


 ふと、ソノラはリリーがやけにニコニコしていることに気づいた。


「リリー?」

「ソノラ様。着替えが終わったら早く下に来てくださいね!」

「? 分かったわ」


 どこか様子のおかしいリリーにキョトンとする。しかしその原因をすぐ知ることになった。

 ソノラが朝食のいい香りがするダイニングルームに入るなり、見知った声が聞こえてきたからだ。


「もぉ、ソノラ様! 今日はお城に招集されている日だそうじゃないですか! 少しお寝坊さんすぎでは!?」

「────……」


 ソノラは瞬きを繰り返す。目を擦り、もう一度前を見るとフランがいた。

 本物だろうかと頬を抓ってみるとしっかり痛かった。つまり、それは──


「フラン? あ、あなた……いつ、目が覚めて……?」

「はい、昨晩ソノラ様が眠った後に目が覚めました。リリーさんとミリナさんに今まであったことを全て聞いておりま、わっ!」


 ソノラは我慢できず力いっぱいフランを抱きしめる。

 幼い頃から嗅ぎなれているお日さまの香りがふわりと香った。じんわり、涙が滲んでくる。


「もうッ!! お寝坊さんなのは貴女の方でしょう!? 数日もずっと眠っているなんて……!! 本当に心配したんだから!!」

「そう言われましても! ……でも、心配をおかけして申し訳ございません」


 フランが少しだけ嬉しそうにへにゃりと笑ってそう言った。

 その笑顔をずっとソノラは待っていたのだ。涙を拭って、もう一度大好きな幼馴染を抱きしめる。


「──って! 嬉しいですけどあまり時間がないんですよ!? 今日は第三の試練の内容が発表される日なんですよね!? さっさと準備をしてください!」


 準備に追われるメイド達にソノラはパンと手を叩く。


「その前にごめんなさい。フランも目が覚めたから、三人に聞いてほしいことがあるの。いいかしら」

「急にどうしたのです?」

「……決めたのよ。私、。私はライゼル様を愛しているわ。だから誰よりも傍でライゼル様を支えたい」

「!」

「最後の試練に挑む前に私の覚悟を三人に聞いてほしかったの」


 三人のメイド達はお互いに顔を見合わせ、にっこり微笑んで──三人とも、ソノラに頭を下げた。


「ソノラ様のお覚悟、確かにお聞きしましたわ」

「ならば私達も全力で応援いたします!」

「うぅ、あの音魔法にしか興味がなかったソノラ様からそんなお言葉が……」

「ライゼル様のおかげよ。あの方の言葉はいつだって私を前に向かせてくれるの」


 ソノラはその時、ライゼルの笑顔を思い出す。早く彼に会いたいと胸の鼓動が叫んでいた……。




***




 二時間後、バッチリ準備を終えてソノラと侍女代表フランは慌てて玉座の間へと向かった。

 ソノラの到着によって王妃候補が全員揃うなり、玉座に鎮座していたライゼルが立ち上がる。


「皆、先日は母上を見送ってくれたこと、礼を言う。だが悲しんでもいられまい。さっそくだが……第三の試練の内容を発表する」


 ついに最後の試練。これでソノラは王妃候補一位の座を維持できれば、王妃になるのだ。

 ソノラはまっすぐライゼルのみを見上げた。その瞳にもう迷いはない。


「それでは、最後の試練の内容だが──」

「必要ないね」


 突然、響いた男の声にその場にいた全員が固まった。数秒の沈黙の後、その場にいた全員が声の主を探す。


 声の主はボルテッサの背後にいた彼女の従者──コランのようだ。

 ライゼルがコランを鋭く睨みつける。


「今、なんといった?」

「王妃選定はもう必要ないと申し上げたのです。ライゼル国王陛下?」


 コツコツと革靴が床を叩く音が聞こえる。コランはライゼルの怒りを前にしても堂々とその前に立って見せたのだ。


「貴様! どういうつもりだ!」

「貴様? ……おやおや、たった一年でもうの声も忘れてしまったのかい? 悲しいなぁ」


 兄。確かに彼はそう言った。


 するとどうだろう、コランの黒髪がじわじわと金髪に染まっていくではないか。

 それは──まさしくフィアメールと同じ美しい黄金。ライゼルはそれを見て、明らかに動揺していた。


「兄、上だと……?」

「そう。君に戦王式で焼き殺された兄上だよ。久しぶりだね、ライゼル」


 場が騒然となる。ライゼル自身ですら何が起こっているのか分かっていない様子だった。

 ライゼルの背後に控えていた側近ガイアが敵意を剥き出しにして、剣を抜く。


「陛下! こいつは偽物です! ブレイズ殿下は確かにあの日、亡くなったはずです!」

「ははっ、それは流石に不敬すぎない? 王族の僕をこいつだなんてさ」

「黙れ、陛下に近づくな偽物めッ!」


 ガイアが剣を構え、コランに襲い掛かった。対してコランは慌てる様子もなく、ふっと唇を突き出して軽く息を吹くだけ。その吐息から紅蓮の炎竜が現れ、逆にガイアを喰い殺そうと襲い掛かる。

 ガイアは瞬時に土人形を投げ、ゴーレムを召喚し、炎を防ぐ。だが炎の勢いが強く、ゴーレムは崩れた。結果、炎を避けきれなかったガイアの片腕が焼かれ、剣を落とした。

 強力な土人形に打ち勝つほどの膨大な炎の魔力に周囲の人間がゴクリと息を呑む。


 コランは涼し気な顔で一歩一歩ライゼルに近づいていく。


「ライゼル、僕の玉座を返してもらうよ」

「ま、待ってくれ。本当に兄上なのか……?」

「疑うんだ。この瞳を見ても?」


 ライゼルはコランの瞳を凝視する。今まで灰色だった瞳はいつのまにか赤が宿っていた。それは見る者を威圧し、同時に魅了する──間違いなくライゼルや、前王フレイムハートと同じ赤だ。そしてその瞳こそ、彼がライゼルの兄である第一王太子ブレイズ・ドミニウス・モルドラックだと告げている。それに先ほどの炎魔法も……もはや、彼がブレイズであることに疑いようがない。


「僕は一年前、お前の黒炎に焼き殺されたけれど、神の奇跡で生き返った。でも瀕死であることにはかわりないから、こうして回復するまで別人として身を潜めてたんだよ。またお前に殺されるんじゃないかと怖くてお前に会おうとも思わなかった」

「ち、違う! 余は兄上を殺すつもりなんてなかった! あれは魔力が勝手に暴走して……」

「でもお前は僕だけではなく父上まで殺した。その上、母上もそのことが原因でつい先日死んだんだろう? ……僕達家族はお前が殺したんだよ」

「!!」


 コランの言葉にライゼルは目を剥いた。顔を真っ青に染め、ガタガタ震えながら膝をつき、動かなくなる。ソノラはすぐにライゼルに駆け寄ろうとしたが、


「今、この場からこの国の王は僕だ。そしてライゼルは僕と前国王を殺した大罪で処刑。……といいたいところだけど、流石に僕は実弟を殺せないなぁ」

「あ……あ……」


 するとコランはライゼルの耳元でなにかを囁く。ライゼルの瞳から光がなくなったのをソノラは見た。

 どこかぼぉっと宙を見るライゼルに背を向け、彼はそのまま玉座へ堂々と座る。


「ライゼル。僕は君を殺さない。これから君は僕を匿ってくれたボルテッサ嬢の監視の下でこの国に貢献してもらおう」

「……あぁ、兄上の、


 ライゼルはコラン──いや、ブレイズに膝をつき、頭を下げる。炎帝が、頭を下げたのだ。


「王妃候補諸君。今までよく頑張ってくれたね。でも君達には悪いんだけど、王妃選定は中止だ。もう用はないからさっさと実家に帰ってくれるかい?」


 このまま帰れるわけがない。ソノラはライゼルに駆け寄り、その顔を覗き込む。屍のような顔色だった。


「ライゼル様、ライゼル様!! しっかりしてください!!」

「…………、」


 ライゼルから返事はない。魂が抜けたかのようにただただ空中を眺めているだけ。


「ライゼル様になにをしたのですか!!」


 ソノラはブレイズを睨みつける。対してブレイズは冷たい瞳でソノラを見下ろした。ライゼルの、優しい緋色の赤とは違う血のような深紅の瞳にゾクリと寒気を覚える。

 みるみるうちに彼の手に赤い炎が宿っていくが──その前にセラが動く。彼女はソノラとライゼルを守るように立ち塞がったのだ。


 一瞬の沈黙が玉座の間を支配する。沈黙の後、ブレイズは面白そうに口角を上げ、手に宿していた炎を消した。


「今年の王妃候補は面白いね。国王に歯向かうご令嬢が二人も……。君達のことはどうでもよかったから帰してあげようとしたのに。馬鹿だなぁ」


 ブレイズは傍にいた騎士に「地下牢に連れて行け」と指示を出す。若い騎士は戸惑っていたが、ブレイズのひと睨みに怯えてソノラの腕を掴んだ。

 そうして他の騎士達も困惑した表情を浮かべながらもソノラとセラを地下牢へ連行したのだった……。

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