第29話:芸術への情熱

 ボルテッサの挙手により、魔道具お披露目の一番手は彼女に決まった。

 騎士団長の一人が魔道具を覆っていた布をサッととる。中から出てきたのは黄金のマントだった。


「私がご用意したのは私の魔力をこめて編み上げたマントです。このマントは陛下の危険を察知すれば即座に陛下に牙を剥く者を丸焦げにするでしょう」

「おぉ……! 勇者みたいでカッコいいではないか!」

「あらまぁ。陛下、とてもよくお似合いですわよ」


 そのマントはファッションに疎いソノラから見てもたしかに見事なものだった。それにどこか見覚えがあると思えば、それは邪竜物語の勇者が身に着けているマントを模したデザインが採用されている。ボルテッサもライゼルからヴァルクウェル国王夫妻が邪竜物語をこよなく愛していることを聞き出したのだろう。

 美しい刺繍によって表現された赤い勇者の紋章が黄金の生地によく映えている。これは物語のファンにとってはたまらない。前世でも推しが身に着けていた物を模したグッズは大人気だった。案の定ルッツは嬉々として兎のようにピョンピョン跳ねている。


 ソノラの向かい側に座るマリーナの顔が一瞬歪む。最初に出てきたものの完成度が高いほど、後の贈り物がどうしてもかすんで見えてしまうのを恐れているのだろうか。


 そして次は負けじと素早く挙手したエアリスが魔道具をお披露目する番だ。彼女が作ったのは空飛ぶ靴だった。これもルッツから好評だったが、空を飛ぼうとはしゃいだルッツが頭から転げそうになり、一同が息を呑んだ。なんとかライゼルがルッツの身体を受け止めたのでルッツが床に激突することはなかったが──なんとも恐ろしい一瞬であった。


 次に挙手したのはセラだ。彼女が作ったのは真っ白な治癒薬ポーションだった。彼女の聖魔法の魔力がたっぷり込められた最高級のものだ。試しにリヴィアが一滴手に垂らしてみるとみるみるうちに肌のしわがなくなり、薬が触れた箇所だけ生まれたばかりの子供のような瑞々しさが現れた。これにはその場にいた女性陣が目の色を変えて注目したものだ。


 次のお披露目はマリーナだ。彼女は小さな噴水の模型を騎士団長から受け取り、ルッツとリヴィアに掲げた。マリーナの魔力に反応した噴水からポロポロと小さい雫が溢れてくる。雫が垂れると、ポチャンポチャンと雫が落ちる音が聞こえてきた。しかもどうやってか音の高さも調整できるらしく、ヴァルクウェルの国歌を奏でている。


「これは私が開発した水楽器です。この魔法陣に触れると水が流れる仕組みになっております」

「水楽器!? なんて素敵な代物! 素晴らしいわ、マリーナ様! あなた、どこでこんなアイデアを?」

「光栄です、リヴィア王妃陛下。たまたま思いついただけですわ。


 その瞬間、チラリとマリーナがソノラを見る。首を少し傾げて、彼女はにっこり微笑んだ。

 ソノラはぐっと胸の前で無意識に拳を握り締める。


(これって──いや、考えすぎよね。マリーナ様はあの時ちゃんと謝ってくれたし……。でも、)


 どこかわだかまりを感じてしまうソノラ。そんな彼女とは正反対に国王夫妻は大喜びだった。特に楽団をもつほど音楽を愛しているリヴィアは大層マリーナの水楽器を気に入っている様子だ。


 最後はソノラがお披露目をする番だ。騎士団長から上品な小箱を受け取り、国王夫妻にイヤリングを見せる。耳につけてみるように勧めてみると、まずはルッツが試してくれた。


「これは──」


 時間の都合上、立体的な音に編集することはもちろん、音量調整すら不安が残るレベルだ。それでも人魚達の世界一の歌声とソノラが歌にこめた姫から勇者への愛は伝わるはず。

 ルッツがイヤリングに触れると、キラリとイヤリングが紫色に輝く。これは魔法陣が作動した証拠だ。つまりは今、ルッツの耳に例の歌が流れているだろう。ソノラはドクンドクンと己の鼓動が昂っているのを感じていた。


(大丈夫、十分素晴らしい作品だわ! でも、もしルッツ国王陛下のお気に召さなかったら……)


 協力してくれたライゼルやマリアに顔向けできない。もっとこうしていれば、ああしていればと脳内で何回も自分を責めてしまう。

 そんな時だった。


「この歌は、君が歌っているのか?」

「ッ!」


 気づけば目の前にルッツがいた。既に曲は終わっていたらしく、今はリヴィアがイヤリングを装着し、歌を聴いているようだ。ルッツは真顔でソノラを見上げていた。ソノラは全身から熱が引いていくような感覚になる。


「はい。私がメインで歌っております。バックコーラスは人魚の方々に協力してもらいました」

「歌の作詞作曲は?」

「す、全て私が作りました……」


 ルッツはそれを聞くなり、黙り込む。ふと、ソノラは他の王妃候補達が目を丸くしていることに気づき、すぐに彼女達の視線を追ったのだが──今、曲を聴いている最中であるリヴィアが静かに涙を流しているではないか。思わずひゅっと息を呑んだ。


(つ、ついに私、フィアメール様だけじゃなくて隣国の王妃陛下まで泣かせてしまった──!? どうして!? なにかまずい言葉でも作詞に含まれていた!? 好みの曲調ではなかった!? 私が何か大きなミスを──)


 リヴィアは静かにイヤリングを外す。曲を聴き終えたのだろうか。上品にハンカチで涙を拭いながら、真っ青なソノラを見る。


「音姫……ソノラさんとおっしゃったわね?」

「は、はい」

「……ありがとう」


 リヴィアがたちまち満面の笑みを浮かべる。隣のルッツも頬を染め、興奮したように両拳を握り締めていた。


「素晴らしい! 素晴らしい歌に解釈だった! これぞ“解釈一致”というやつだな! 健気な姫の愛の美しさをそのまま歌にしたらこれになるのだろう」

「きゃー! わかる、わかるわ陛下! 特にこの姫パートの歌詞がとってもパーフェクトッ! 小さく囁くように歌っているところも姫らしさがでて邪竜物語のいいところが詰まってるわよね~!!」


 きゃっきゃっと二人で盛り上がる国王夫妻に周りはポカンとしている。ソノラは二人の姿が何故か前世のオタク友達と重なった。

 とにかく気に入ってくれたようだ。少なくとも他の王妃候補達と同じくらいには喜んでくれているのだろう。ソノラはようやくホッと肩の力を抜いた。」


「はぁ、本当に素敵な歌。素敵すぎて短く感じてしまうわね。もっともっと聴いていたいわ」

「本来であれば、もっと長く楽しめたでしょうね」


 リヴィアの呟きにライゼルがポツリと呟く。その呟きをリヴィアは見逃さなかった。


「ライゼル陛下? それはどういうこと?」

「実はその音姫の魔道具は昨日今日で急いで作成したものなのです。本来であれば、物語の一場面ではなく全体を楽しめる大作を音姫が作ってくれていたのですが……直前に何者かによって盗まれてしまいまして」

「盗まれただと!?」

「へ、陛下!」


 王城の不始末を晒すような真似はライゼルらしくない。ソノラはライゼルを止めようとしたが……その前に怒りを顔に滲ませたルッツが動いた。


「許せん! こんな素晴らしい芸術を盗んだ馬鹿がいるだと!?」


 温厚なルッツが顔を真っ赤にし、わなわなと身体を震わせていた。リヴィアもきつく両眉を寄せ合っており、その顔は騎士団長達ですら後ずさるほど鬼気迫っていた。

 ルッツは胸元から赤い紐のついた青銅の鈴を取り出す。


「ライゼル陛下。勝手なことをしてすまんが、芸術を愛する者としてこの場を見逃すわけにはいかない」

「それは?」

「これは後で君に自慢するはずだった魔道具。魔力を辿ることができる鈴だ。この鈴にソノラ嬢の魔力を触れさせ、ソノラ嬢の魔道具を探してみようと思う」


 何故か大事になってしまった。ソノラは当事者としてどうするべきか戸惑っていると、リヴィアが優しくその肩に手を置いた。


「困らせてごめんなさいね、ソノラ様。でも私達、一瞬で貴女のファンになってしまったの。貴女の大作を今すぐに聴かないと気になって夜も眠れないわ!」

「そうだ! 君の作品は素晴らしい! 自国に連れて帰ってしまいたいくらいだ!」

「リヴィア王妃陛下……ルッツ国王陛下……」


 隣国の国王夫妻にそこまで言われてしまっては、嬉しくないわけがない。その後、親交パーティの途中だというのにルッツの魔道具の手を借りてソノラのイヤリング大捜索に入ってしまった。

 その間、マリーナだけが死人のように顔を真っ青にして俯いていた……。




***

29話の投稿により、25話を加筆修正しております。

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