第30話:自覚した想い

「見つかりました!」

 

 イヤリングの捜索を命じられた騎士の声が大広間に響くまで、そんなに時間はかからなかった。

 それを聞いた途端、ライゼルが立ち上がる。同時にルッツとリヴィアも。


「城の外れにある古井戸に捨てられておりました! かなり汚れていましたが、綺麗に洗浄・消毒しております」


 騎士はシルクの赤い布をめくり、ソノラに品物を見せてくれた。

 それはマリンブルーのイヤリング。間違いなくソノラが作った立体音響ボイスドラマが収録された魔道具である。ソノラの故郷で採れた強力かつ貴重な魔石を素体にしたからか、イヤリングを盗んだ魔物も破壊できなかったようだ。傷一つない綺麗な状態である。

 ソノラは思わず、ライゼルと顔を見合わせた。ライゼルもニヤリと口角を上げており、二人の気持ちが通じあったようでとても心が弾んだ。


「ソノラ様。こちらのイヤリングで間違いないのかしら?」

「はい、間違いございません。このイヤリングこそ、私が本来お二人にお渡しする予定だったものです」

「そうか! それではさっそく聞こうじゃないか!」


 ルッツはピョンピョン跳ねて、ソノラを急かす。ソノラは丁寧に騎士から布ごとイヤリングを受け取ると、ルッツにそれを掲げた。

 ルッツとリヴィアがゴクリと唾を呑んだかと思うと、互いをキッと睨みつける。


「あなた、レディファーストという言葉は知っていて?」

「なにをぉ!? ここは国王である儂が先に聴くものだ!」


 結局、リヴィアが根負けしてルッツが先にボイスドラマを堪能することになったようだ。

 だがここで一つ、問題がある。


(イヤリングが見つかったのはいいけれど、あのボイスドラマ総収録時間結構あるのよね……)


 作業に集中してしまい、つい作り込みすぎた力作。そんな作品が見つかったのはいいが、今の状況を見ると素直に喜べない。


(ルッツ陛下とリヴィア陛下が聴き終わるまでこの空気のままってこと……? 気まずすぎる!)


 ボルテッサとエアリスの視線は痛いし、マリーナは青い顔をしているし……。

 流石にライゼルも場の空気を考慮して、二人がボイスドラマを聴き終えるまで王妃候補達は休憩時間ということになった。

 ボルテッサ達が何か言う前にセラがニコニコ顔で「イヤリング、見つかってよかったわね」と即座に話しかけてくれたため、彼女達からの嫌味攻撃は受けずに済みそうだ。

 ただ、ソノラが気になるのは……


(マリーナ様……気分が悪いのかしら)


 部屋の隅で、暗い顔で佇んでいるマリーナ。話しかけようとしたが、彼女のどこか危なげな雰囲気がソノラを寄せ付けなかった。

 少しでも刺激したら、なにかが壊れてしまうような……そんな真っ青な顔でひたすら俯いているマリーナ。


「ソノラ様! あそこで美味しそうなスイーツが新しく運ばれているわよ。せっかくの休憩なのだし、楽しまないと」

「え、えぇ……」


 セラに手を引かれて、後ろ髪を引かれながらもソノラは甘い匂いが漂う方へ足を向けた……。




***




 再び王妃候補達が大広間の中央に集合した時、ルッツとリヴィアの肌艶が明らかに変わっていた。

 未だに興奮が収まっていないような、そんな熱を感じる。


「さてさて、王妃候補諸君。さっそく第二の試練の結果を言い渡そうか。今年も非常に優秀なご令嬢揃いだった! ドミニウスの未来は明るいな!」

「ライゼル陛下に私達からの評価をお渡ししております。ライゼル陛下、発表はお願いしますわ」

「はい。では、さっそく第二の試練の結果を発表する。第二の試練終了に伴い、王妃候補第五位は──エアリス・ゼフィーラ!」


 その時、エアリスが泣きそうな顔で唇を噛み締め、俯く。

 ぐぐぐっとその細い腕が震えていたのが分かった。


「第四位は──ボルテッサ・エレクトラ」

「……四位……?」


 喉の奥から絞り出されたような隣のボルテッサの小声にソノラは鳥肌が立った。

 怒りと憎しみと、殺意がこもった、震えた声だった。

 ライゼルがチラリとボルテッサを見た瞬間、それらの感情を彼女は見事に隠していたが。


「第三位、マリーナ・アクアリア」


 ボルテッサの代わりに順位が上がったのはマリーナだ。

 マリーナの水楽器をリヴィアはとても評価しているようだったから、その影響だろうか。

 ただ……ソノラの胸にはやはり少しだけわだかまりが残っている。


 しかしソノラはライゼルから次に発せられる言葉にそんなわだかまりを今は忘れざるをえなくなった。


「第二位──セラ・エンハンサ」


 息が止まった。セラが王妃候補第二位に下がったという。

 つまり、それは──


 いつの間にか、ソノラの目の前にライゼルが立っていた。

 彼はふっと優しく微笑みながら、ソノラを真っ直ぐ見下ろしていた。

 

「第一位、ソノラ・セレニティ。……両陛下とも、君の魔道具をとても気に入ってくれたようだな」


 ライゼルはそう言うと、ゆっくりソノラの手を握り、その甲にキスを落とした。

 柔らかいライゼルの唇の感触に、ソノラは手の甲から全身にくすぐったさの波が広がった。きゅんきゅんと胸の奥底をかき乱されているようで、落ち着かない。


「余と、踊ってくれるか?」

「……はい、喜んで」


 返事は自然に出てきた。まるでそれが運命かのように、勝手に。

 見計らったように待機していた楽団の演奏が始まる。ぐいっとライゼルの逞しい腕がソノラの腰に回され、距離が縮まる。


「行こう、ソノラ嬢」

「は、はい」


 流されるまま、大広間の中心で二人は舞う。

 ソノラは振り付けをすっかり忘れてしまっていたが、ライゼルの力強いフォローにより問題なかった。


「……緊張しているのか?」


 ライゼルがそっと耳元に囁いてくる。耳たぶに吐息が触れ、顔が熱くなった。


「えぇ。ダンスなんてほとんど初めてで……練習はしたのですが、頭が真っ白に……」

「そうか。ならば安心して身を任せてくれ。引き続き余がフォローする」

「なにからなにまで申し訳ございません……」

「なにをいう。礼を言うのはこちらだ」


 ライゼルにお礼をされるようなことを自分はしただろうか。心当たりがないソノラは瞬きを繰り返す。


「余のそばに居るのを、諦めないでくれただろう?」

「!」

「君があの時諦めないでくれたから、ヴァルクウェル両陛下の心を動かし、今こうしているんだ。だからソノラ……有難う。君とこうして踊ることができて、嬉しい」

「そ、それ、は……」


 否定しようとしたが、違う。

 ライゼルの言う通り、確かにソノラは自分の意思でここにいるのだ。

 それに、こうして彼に触れていると自分の気持ちを認めるしかなくなってくる。


 ──ソノラはライゼルを愛しているのだ。

 

 互いの視線が強く絡み合い、離さない。

 周囲に見られていることを忘れて、二人だけの世界に沈んでいくようだ。


(嗚呼、駄目。最初は王妃になんかなるつもりはなかった。音魔法の研究に集中できれば、なにもいらなかった。でも、今は違う。私はライゼル陛下の傍にいたい。王妃になってでも、彼の傍にいて、彼を支えたいと思ってしまっている……)


 もっと近づきたい。もっと触れたい。そんな想いが溢れてきて、涙に滲んだ。自分の中に音魔法以外でこんなにも熱い感情があるなんて、知らなかった。

 そんな潤った瞳を見て、ライゼルも頬に熱が宿る。


「そんなに熱い視線を向けないでくれ。……色々と我慢できなくなる」

「ッ!?!?」


 動揺し、身体が傾いたがしっかりと支えてくれるライゼル。

 ニヤリと口角を上げるライゼルにソノラは不敬だとは思いつつもその固い胸をぽかぽか叩きたくなった。


 そんな幸せそうな二人を見て、憎悪をにじませる人物が一人。


「──なんで、アンタばっかり……ッッ」


 彼女がそう呟いた瞬間、それまでの感情が爆発したように、その細い身体からが溢れた。


「私はなにもかも犠牲にしてここにいるのに、アンタは何も失わないどころか、私の欲しかったものを、すべて、すべてぇ!! なんで、アンタばっかり──!!!!! ソノラ・セレニティ!! ──アンタなんか、アンタなんか──死んでしまえッ!!!!」


 彼女──マリーナは突然そう叫ぶと、身体の闇が巨大な獅子へと姿を変えた。まさか大広間の中央で魔物が出現するとは思っていなかった騎士達が動く前に──獅子は、ライゼルと舞うソノラの背中に向かって牙をむいた──。

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