第16話 今は夏ですから……1年と数か月ですね。


「どうぞ、こちらにお掛けになってください」

 メイドの四条トモミが、応接間の中央にあるソファーに二人を案内する。

「……どうも」

 軽い会釈をして早速座ったのがトケルン……ではなくて、チウネルこと深田池マリサであった。

「チウネル……少しはちゃんと頭を下げてから、腰掛けろって」

 珍しい逆のパターン、杉原ムツキが彼女をしかった。


「よっこいしょ……」

 そんな彼の言葉を耳にすることなく、深田池マリサはソファーの足元にリュックを置く。

 ……って、またリュックを背負って無人駅から歩いてきたんだね。

「乙女が『よっこいしょ……』って言うなって」

 座ろうとした尻を、おもわず浮かせてしまう杉原ムツキ――。

「乙女でもよっこいしょくらい言います。トケルンさん、あしからず」

「まったく……」

 やれやれと、杉原ムツキが大きく息を吐いてから着席した。


「――それにしても、また教授から重い荷物を運ばされたんだな」

 これ何度目だと重そうなリュックを見た。

「しょうがないじゃない……。私の赤点のお仕置き旅の罰なんだから」

「赤点をとって、留年することなく4年生にまでなれたのは奇跡だな」

 いったい何が入っているのだろうと杉原ムツキがチャックを開こうとしたけれど、そこは深田池マリサ「乙女の持ち物を除くんじゃありません」と彼の手を払った。

「それ、教授から預かった荷物だろ」

「……」

 深田池マリサは無言で抵抗する……。


 刹那――、

「トケルンさん、私は奇跡じゃなくて、カナッチが勉強を教えてくれたからです」

 語尾を強めて自分が4年生になれた理由を、早口で反論する。

 よほどかんさわったのだろう。

「それ……、自分の実力じゃねーだろ……」

「自分で補修のテストに合格したんだから、実力でーす」

「……はいはい」

 こりゃ何を話しても言いくるめられるなと、杉原ムツキが話すのをめた。


「ふふっ!」

 こんな二人のやりとりを見ながら、コップに緑茶を注ぐ手を止めた四条トモミが笑ってしまった。

「お二人は、仲がよろしいのですね」

「……い、いやいや」

 深田池マリサは否定した。


「トケルンとは腐れ縁というか……近所の幼馴染という関係でしかない……でしかないんですって」

「チウネル……、今どうして『でしかない』を二回言った?」

 要するに恋愛関係ではないことをチウネルは強調したかったのだろうと、杉原ムツキが瞬時に判断。

 誤解されたくなかったから……、なんか腹立つと彼が横目で彼女をにらんだ。

「……たまたまです、トケルンさん」

 うまく誤魔化そうとした深田池マリサであったが、そこは何でも解けるトケルン――更に「何で『……』って前置きを言いためらった?」と鋭い指摘を彼女に語る。


「幼馴染なんですね……だから、夫婦めおとのような会話を……ふふっ」

 と、四条トモミがまた笑った。

 それから、口元を隠して「失礼しました……」と前置きしてから、二人の前へ緑茶の入ったコップを置く。

「なあ……チウネルよ。夫婦めおと……って、今日日きょうび言うか?」

 杉原ムツキが四条トモミの発言を指摘した。

「トケルンさん、お言葉を返しますが、今日日も昨今さっこん言いません」

 そこへ、隣に座っている深田池マリサが緑茶を飲みながら彼の単語を指摘する。


「……チウネルよ、昨今ってのも今時いまどきナウくないんじゃね?」

「更にお言葉を返しますが、今時は置いといて……ナウいって死語ですよね?」

「おいおい、私語を慎みましょうぜ……、俺たち依頼を受けに来たんだから、その話をしないと……って。はは!」

 自分で言っていて恥ずかしくなったのか、可笑しくなったのか?

 杉原ムツキが大笑いしてしまう。

「あはは! トケルンさんって死語と私語を掛けるなんて……」

 コップを置いた深田池マリサも、同じく腹を抱えて笑った。


 二人が大笑いする――


「ふふっ!」

 真面目そうなメイドに見える(真面目だろう……)四条トモミであるが、二人の会話を間近に聞いて微笑まずにはいられなかった。

 失礼ながら、あたしは依頼内容をお話しするご主人さま代わりとして上座かみざに……と前置きを伝えてから、

「……座らせてもらいます。ふふっ!」

 微笑みながら向かいのソファーに腰掛けた。




       *




 遠慮することなくコップの緑茶を飲んでから深田池マリサが、

「……四条トモミさんは、瑞槍邸みずやりていでメイドをやって長いんですか?」

 といた。

「チウネル……俺たち去年もここに来たんだから、1年以内だってわからないのか」

「ああそっか! トケルンさん……そうだった」

 両手を合わせて納得する。


「そうですね……」

 四条トモミがあごに人差し指を当てながら――、

「今は夏ですから……、1年と数か月ですね」

 瑞槍邸でのメイド歴を教える。

「――ということは、私たちがナザリベスちゃんの墓参りに来てから……ということになるんですね」

 ナザリベスの命日が四月だから、春にここで働き始めたんだと深田池マリサは理解した。


「昨年、チウネルさんたちは幼くして亡くなった田中トモミさんの墓参りに来られたのですね……」

 四条トモミは「失礼します」と緑茶を少しだけ飲んだ。

「佐倉トモミとは言わないんですね、四条トモミさんは? 一応、瑞槍邸で働いているのだから」

 ちょっと気になった杉原ムツキがそうくと、横から深田池マリサが「トケルンさん、ちょっと……」とひじで突いてくる。

 すると彼、「だって、墓標には佐倉性が刻まれているだろ?」と小声で伝えた。


「……ご主人さまと元の奥さまが、離婚されたことは存じております」

 佐倉家が複雑な家庭環境であったことを理解していることを前置きにしてから、

「ご主人さまの前でナザリベスちゃんの名前を口にすることは、控えるよう心掛けておりますから――」

 雇い主であるエルサスさんの気持ちを考慮していることを二人に教えた。

「職責を、徹底してるんですね……」

 背筋を伸ばして深田池マリサが関心する。


「ところで、どうしてエルサスさん……佐倉さんは居ないんですか?」

 今度は杉原ムツキが尋ねたのは、瑞槍邸の主人――エルサスさんだった。

「ご主人さまは只今留守でして……。エ、エルサスさまと名付けたのですか?」

 聞きなれない単語が登場したので、四条トモミが驚いた。


「はい……チウネルが勝手にです。ダメでしたか?」

 苦情は隣に座っている深田池マリサにと彼女の顔を見てから、杉原ムツキが自分の発言の是非をうかがう。

「いえ……。では、あたしもご主人さまのことを二人の前で、エルサスさまと呼ばせてもらいます」

 そのほうが話しやすいと思ったのだろう、四条トモミは「あたしには、何も遠慮なさらずに」と来客の二人を気遣った。

 




 第一章 終わり


 この物語は、フィクションです。






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