第24話 あたしが、幽霊ですか?


 すると、杉原ムツキはしばらくうつむい……俯くこともなく、

「……瑞槍邸を売り払おうとしてから、女の子の幽霊が……か……」

 語尾を緩めながら、コップの緑茶を一杯口に含んで飲んだ。

「時を同じくして、メイドの登場……か……」

 そう続けてから、向かいに座っている四条トモミさんを見る。


「トケルンさん……もしかして、解けたの!」

 いつもは、何でも解けるトケルンの付き添い――いな、自分のお仕置き旅のお供の立場ではあったが、今回は彼もメインの一人。

 幽霊騒動の解決のために同行してくれた……頼もしい頭脳役であることは確かだろう。


「四条トモミさん……、ナザリータさん!」

 杉原ムツキが、チウネルが付けたニックネームを何故か強調する。

「……はい?」

 ソファーに姿勢よく座るメイド、その表情は感情を露にすることのない真顔だ。

 そんなナザリータに……、

「大人の幽霊のナザリータさんだったら、その女の子の幽霊の正体が誰なのか……わかるんじゃありませんか?」

 トケルン――杉原ムツキがとんでもない迷言めいげんを堂々と口にしてしまう。


 四条トモミが幽霊だと――?


「……あ、あたしが、幽霊ですか?」

 当然、驚いたのは四条トモミさんである。

「トケルン? あんた……なにバカなこと言うのかな?」

 続いて横に座っている深田池マリサも、開いた口が塞がらなかった。

 怒りを通り越し、呆れて顔を引きつらせてしまう。



 女の子の幽霊の正体が誰なのか――

 トケルンはどうして、ナザリータさんを大人の幽霊だと思ったのか――

 何でも解けるトケルンよ――


 これって……どゆこと?




       *




「トケルンさん……あんた何てこと言うの?」

 ビックリくりくりの深田池マリサである。

 このトケルンという男は、頭は良いし大学の成績も英語以外はトップクラスなのに……。

 どうしてこう……対人関係というか、人との接し方については落第点なんだろう。


「……あの、トケルンさん? あたしが幽霊というのは……、どういうことなのでしょうか?」

 同じく青天の霹靂の如く、唖然とした表情で驚いているのが四条トモミである。

 目を丸くしてしまい、額には冷や汗が滲んでいる。


「トケルンって、四条トモミさんに謝りなさいよ」

 怒った深田池マリサが彼の肩をする。

「……俺、別に変なことは言っていないぞ」

 対する杉原ムツキ、頭をかいて……これとぼけているのか、それともマジなのか?

「い、言ってるから! よりにもよって、ナザリータさんは名前が『トモミさん』なんだよ」

 彼の態度が居直っているように見える深田池マリサが、更に怒りを露にする。

 顔面に人差し指を向けて抗議した。


「知ってる。さっき教えてもらったからな」

「ナザリベスちゃんも同じ『トモミ』なんだから、面等向かって幽霊っていうと、気分を悪くされるに決まってるでしょ!」

 深田池マリサの怒りは収まらない。

「あ~あ……、って、ははっ」

 すると杉原ムツキが突如――笑い出す。

「まあ、そうなるよな……って、チウネルよ、これ冗談だぞ」

 彼は「とにかく落ち着けって……」と諭しながら、彼女の手を下ろすよう促すのだった。


「じょ……冗談にも」

「……ほどがあるよな……って」

 へらへらと口を開けながら――すると、

「わ、わかってるんだったらさ!」

 深田池マリサが彼の顔面を両手で触り、自分へと振り向かせてから「まだ、メイドの四条トモミさんとは初対面なのに、いきなり変なことを言わないでよ!」……と彼を叱る。

 次第に目に涙が浮かんできた。

(でもね……。その初対面にナザリータとニックネームをつけたのはチウネルだろう……)


「いや、チウネルよ。俺が言ったこの冗談には、深い意味があるんだぞ」

 まあ、顔から手を放してくれないか……と無理やり引きはがしてから、コップの緑茶を一口飲む……。

 暴言だろう己の発言に、謝る気配はもうとうない様子である。

「深い意味って……どういう?」

「お前、ナザリベスが床から浮かんだ姿を覚えているだろ?」


 それは、謎々対決をしたときの場面――

 ナザリベスの生前の子ども部屋で、女の子の幽霊は浮かんだ。

(詳しくは本編を読んでください)


「……そりゃ、幽霊……だから浮かんだりはすると思うよ」

 どういう原理かは知らないけれど、幽霊は浮くものらしい。

 そう思うのもそのはずで、彼女は間近に目撃したからだ。


「それに、ナザリベスはゴーレムを操ることもできるんだぞ」

 正確には、教授が妹夫婦の娘にプレゼントする予定だったゴーレムの人形のことである。

「ちょい、トケルン! ゴーレムの話題をしないでよ」

 よりにもよって瑞槍邸で――。

 ナザリベスが操るゴーレムに追いかけられたこと一回じゃない数回……数えたくもない。

 深田池マリサにとって、ゴーレムは天敵である。


「幽霊だから、姿を消すこともできた……二人で目撃しただろ?」

 自分の頬を触って痛みを和らげながら、杉原ムツキは幽霊としてのセオリーを語る。

 それから、コップの緑茶を飲み干した。


「……無人駅の話だよね」

 それはナザリベスが生き返ってから……正確にはトケルンいわく「幽霊の気持ちから生き返っただけで……本質は幽霊のままだからな」のことである。

 瑞槍邸から帰りの無人駅で電車待ちをしていたときにナザリベスが現れた。


 電車が来るといつの間にか姿を消してしまう。

 見送りに来てくれたのか否か――、それっきりナザリベスとは会ってはいない。





 続く


 この物語は、フィクションです。










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