第25話 では、あたしが玄関まで迎えに行ってきます。


「俺が言いたいことは、幽霊は姿を変えることができるんじゃないかって」

「……それ、幽霊じゃなくて怨霊のたぐいなんじゃないの?」

 幽霊に、狐や狸の化かし合いみたいな能力があると仮定する杉原ムツキ――。

 その例えを深田池マリサは、更にヴァージョンアップさせた怨霊と位置付ける。


「怨霊は言い過ぎだとして、幽霊にもそういう変化へんげする能力があるかもしれないと思うんだ」

 もはや黒魔術の魔法使いのような存在に思っているのか……杉原ムツキは?

「……それが」

 深田池マリサが目の前に座る――、

「四条トモミさん……って、つまりナザリベスちゃんが大人に変化した姿って」

 メイド姿で両足を揃える、礼儀正しい所作を心得ている彼女をガン見する。


「……ってことになる。あり得る話だと思わないか?」

 名前が同じだけで、幽霊にされては全国のトモミさんに申し訳ないだろう。

「そ、そうかもしれない。ナザリベスちゃんって……金髪だったしね」

 髪の毛が同じだからという安易な理由で断定されては……。


「……あの、トケルンさんとチウネルさん? さっきから話を聞いていると、あたしが幽霊であることを前提にしていませんか?」

 四条トモミが困るのは至極当然である。

 エプロンのポケットからハンカチを取り出して額に出た汗を拭った。

 口元をあわわと小刻みに震わせて、困惑した表情になってしまう。


「ナザリベスちゃんなの? 四条トモミさん?」

 聞いたらあかんやろ……。


「あの……違いますから。チウネルさん、落ち着いてください」

 案の定――変な質問をされては、さすがの職務モード中のメイドもどう返答すればいいか混乱する……した。

 両手を振って全否定をする四条トモミである。


 そこへ――、

「……チウネルよ、だから俺は冗談だって言ったよな?」

 杉原ムツキが、この話はフィクションであることを深田池マリサに思い出させる。

「あ、ああ! そうだった」

「あの……トケルンさんも、変な冗談は……めてくださいませんか」

 突飛な発言を惑うことなく言ってくる彼女に、幼馴染の彼から助け舟を出してもらい一安心。

 四条トモミは額に当てていたハンカチを、エプロンのポケットにしまう。

 テーブルの上の緑茶を、乾いた自分の口の中へと飲む。


「そ、そうよね、四条トモミさん。こらこら、トケルンさん!」

「……ナザリベスちゃんなの? って相手に聞いたチウネルもどうかしてるぞ」


 自分の目の前で、冗談を笑っている二人に、

「……はぁ」

 接客モードを少し緩めた四条トモミは、嘆息を付くのだった。




       *




「お二人とも……話を戻させてもらいますが」

 気を取り直して背筋を伸ばす四条トモミ――。


 杉原ムツキが視線を彼女に向ける。

「依頼の話ですね」

 メイドの目が、冗談もほどほどに……という冷たい視線であることに気が付いた彼が――

「ああ、すみません……」

 ソファーに座ったままで深く頭を下げる。


「はい。ご主人さまのエルサスさまの言いつけで、『その女の子の幽霊がナザリベスちゃんかもしれないので、以前出会ったことのあるトケルンさんたちに解決してほしい』とのことです」

 幽霊騒動の依頼内容を、四条トモミが簡単にまとめる。

「つまり、私たちだったらナザリベスちゃんも普通に姿を現すかもってことですか?」

「普通に幽霊と遭遇するか?」

 お互い顔を見合わすと、「よく考えてみたら俺たち、普通にナザリベスに会ってるんだよな……」と、杉原ムツキが女の子の幽霊との出会いを客観的に思い出す。

 すると、「ナザリベスちゃんも、私たちだったら姿を現しやすいかもね……」と、深田池マリサがまるで自分たちが誘拐犯の親族で、説得に応じるかもしれないような期待を示す。


「ご主人さまも仕事やら引っ越しの関係でお忙しくされていますので……。あたしも、瑞槍邸の掃除やら……をしなければなりませんから、あたしからもお願いしたいのです」

 瑞槍邸は大きな山荘であるから、掃除も手間がかかるのだろう。

 るか居ないか、女の子の幽霊を探す時間的な余裕は少ない。


「トケルンさん、引き受ける……よね?」

「引き受けるも何も、チウネルのお仕置き旅なんだから……。それに、東京からはるばる岡山の山奥まで来ているんだから……」

 引き受けることは確定しているんだと、杉原ムツキが肩をすくめてしまう。


 その時――、

 深田池マリサが背負ってきた、ソファーの足元に置いてあるリュックのポケットから、スマホが鳴った。

 彼女はスマホを手に取って耳に当てる。

「あ、カナッチからだ」

 佐倉川カナンのニックネームを呼ぶ。

「もしもし、カナッチ……今どこにいるの」


 えっ、うん……。

 ああ、そうなだったの……など。

 しばらく、スマホ越しの女子トークを続けてから――、


「山道を迷うことなく、今は玄関の前にいるんだ……」

 深田池マリサが杉原ムツキに身体を向けて「だってさ、トケルンさん……」と、彼に佐倉川カナンの現在位置を伝えた。


「先程教えてくれた、お連れのかたですね?」

 四条トモミが立ち上がる。

「――では、あたしが玄関まで迎えに行ってきます」

 しばらくお待ち願います……と深くお辞儀すると彼女は応接間を後にした。


「カナッチね……無事に玄関に着いたみたいだよ」

「無事にって……。じゃあ俺たち、この応接間で合流するか」

 うん、そうしようか……と深田池マリサが返事をすると杉原ムツキも頷き同意する。


 二人は応接間で佐倉川カナンを待つことにした。




       *




 その時――、


 ガチャ! ギギー


 応接間の上座の奥、大広間の扉が開く音がした。

 真向いのその現象に、二人が困惑する。


「……大広間の扉、開いているね」

「見りゃ……わかるって」

 ここで、深田池マリサと杉原ムツキが顔を見合わせる。


「エルサスさんは……」

「留守だよな」

 もう一度、大広間の扉が開いていることを確認すると――、

「……じゃあ、メイドさん?」

「メイドは、ナザリータさん一人だけだろ……」

 またここで、深田池マリサと杉原ムツキが顔を見合わせる。


 深田池マリサ――チウネルが「風か何かで勝手に開いちゃったのかな?」と、トケルン――杉原ムツキに尋ねると、「いつもは鍵を掛けてないと言ってたけど、あの扉って頑丈そうだろ」と、人の手でなければ開かないだろうと彼が冷静に判断をする。

 

 その時――、


「じゃじゃーん! あたしが開けたんだよ~」


 聞き覚えのある雄叫びに続き、その女の子は扉の間からひょいと顔を出したのだった。

 やっぱし、迷子の女の子が……そうじゃない。

 確かに女の子ではあるけれど、もう一つ重要な要素を付け足さなければならない。

 それは……幽霊。



 女の子の幽霊――ナザリベス!


 ……って、どゆこと?





 続く


 この物語は、フィクションです。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る