第7話 「あ……あたし、ナザリータですか?」


「四条トモミさんからすれば、『あたしの名前で娘さんを思い出さないでもらえますか?』なんて言えるかって」

 目の前に本人がいるのに、どうして君はそう堂々と彼女の本音だろう発言をぶちまけるんだ?

 トケルンもチウネルと同じように――空気を読もう。


「……」

 玄関で出会ったことろから、微笑むこともなくまゆひそめることもせず、表情を変えてこなかった四条トモミ。

 さすがに、二人の無頓着さに感が触ったのか――唇を少し釣り上げてしまう。

「と、ところで……チウネルさん。ナザリベスとは?」

 しかし、今はメイドの職業の時間だ。

 すぐに冷静さを取り戻して、話題を変えようと思った。


「ああ、亡くなった女の子のニックネームです。私が名付けました」

「そうですか……。ナザリベスですか……」

「ナザリベスちゃんはね、謎々が大好きだったんですよ――」

「謎々ですか……」

 すると、四条トモミがあごに手を添えながらしばらく想う。

 何を想ったのか、彼女の口角が緩み始める。


「あたしもナザリベスちゃんの姿を、写真で拝見したことがありました。それに、一度墓参りに行きましたが、墓標には佐倉、子ども部屋の遺品には田中と――」

 なにやら複雑な家庭環境だったらしくて……、と言いそうになった四条トモミであったが、やはりメイドの雇われの身としてそれ以上は佐倉家の内情を話そうとはしなかった。


「ところで、もしよかったら四条トモミさんのニックネームも考えましょうか」

 深田池マリサ……、君はどうしてそうまでして他人に愛称をつけたがる。

 教育委員会か文部科学省か、相手のことを名前で呼びましょう運動があることを知っているか?

 君の行いはもしかしたら人権に関わる重大案件かもしれないのに……。

「あたしの……ですか?」

 顎に添えられていた手を広げて大きく空いてしまった自分の口を隠す。

 不意を突かれたメイド――四条トモミの珍しいだろう素のビックリ顔である。


「チウネル……」

 対照的に、何を言い出すかと思えばと呆れ果てているのは杉原ムツキだった。

「どうです、私たちのお近づきのしるしに四条トモミさんにもニックネームは?」

 お近づき……過ぎるだろう。

「そうですね……。亡くなったトモミさんにあって、お二人もあるのに……あたしに無いのは、少し寂しいですね」

「でしょ!」

 玄関ホールで飛び跳ねて喜ぶ深田池マリサ、そのお陰で彼女の足音が室内に大きく反響する。

「初対面でニックネームつけるか……」

 頭を抱えた杉原ムツキが、急ぎ彼女を静止させた。

 客人が家の中で飛び跳ねるなって……と苦言を添えながら。


「お二人からナザリベスちゃんの話も教えてもらいたいですし……。それに、愛称で呼び合えば亡くなった娘さんの名前を出さずに済みますから」

 四条トモミの理屈は彼女にとっては理にかなっているのだろう。

 ナザリベスの思い出話に「トモミちゃん」と口にするのは、彼女にとっては聞きづらいからだ。


 しかし、チウネルとトケルンとナザリベスの思い出は……謎々対決しかないのではないか?

 幽霊と一緒に遊びました……なんて、どう説明するのだろう?


「いずれ、ナザリベスちゃんの話をたっぷりとしますからね」

「たっぷりとですか……。では、お願いします」

 頭の旋毛つむじが見えるまで深く頭を下げる四条トモミだった。

 そこへ、「そんなにかしこまらなくても……」と慌てたのは深田池マリサである。

「いえ、お客さまですから」とメイドとしての所作を崩そうとしない彼女に、今度は杉原ムツキが「教授からのチウネルへの赤点お仕置き旅だから、気楽にしてください」と彼もメイドにリラックスしてくれよるようお願いする。


 やはり、チウネルの赤点が原因で瑞槍邸に来たんだね……。


 ――そんなこんなの会話の後、

「……」

 早速、深田池マリサが腕を組んでシンキングタイムに入った。

「……何にしよう」

 考え中――

「……そうね」

「おい、悩むくらいなら、つけるなって……」

 ニックネームなんて悩んでつけるものじゃないだろ……と、杉原ムツキがこちらも腕を組んで溜息をひとつ。

「静かに、トケルンさん」

「……へいへい」

 まだ、考え中――

「同じ『トモミ』という名前で……、ナザリベスだから……」


「これはどう? ナザリータ!」


 我ながら気に入ったのか、ニヤニヤと微笑みながら人差し指を上へ向けてつけたニックネームが――ナザリータだ。


 冷静沈着なメイドの四条トモミも――、

「あ……あたし、ナザリータですか?」

 おもわず、その風変わりな名称に後ずさりして引いてしまった……。

「いいでしょ? でしょ?」

「なんだか、RPGの呪文みたいだな」

 首を振って呆れてしまったのは杉原ムツキ、そのRPGって絶対にスライムが登場するあれだよな……と、なんでも解けるトケルン故の解答しなければ気が済まないさがである。


「……チ、チウネルさんが、そう思うのであればナザリータでよろしいかと」

 絶対に気に入ってないよね……なんて表情は客人を前にして見せることはできない。

 こちらもメイドとしての職業柄である。


「よろしくね、ナザリータさん!」

 そんな彼と四条トモミの気持ちに気が付こうとしない、だから大学のテストも赤点続きでお仕置き旅に出る羽目に……。

 満面の笑みを見せて彼女に握手をしようと、深田池マリサが手を差し出した。


 こちらこそ、チウネルさん。

 四条トモミ――ナザリータさんが彼女の手を握る。

 

 それから――、


 トケルンさんも、ご主人さまや教授から噂を聞いております。

 んげ? 教授から……何をですか?

「ふふっ! なんでも解けるんですってね」

 ナザリータさんが彼に手を差し出して握手を求める。

 え、ええ……まあ。

 少し謙遜しながら彼はナザリータの手を握った。




       *




「では、チウネルさん。トケルンさん。1階奥の応接間へご案内します」

 再びメイドとしての振る舞いを見せる四条トモミ。

 背筋を正して二人より先に歩き出した。

「そこで、今回の依頼――幽霊騒動をお話させてもらいます」


 幽霊騒動?


「俺たち応接間に行くのは初めてだな」

「そだね、トケルン」

 玄関ホールで向かい合いながら、深田池マリサと杉原ムツキがソワソワとしていて落ち着きがない。


「たぶん……そだよね、トケルンさん?」

「まあ、ナザリベスの再登場……ってことだろうな」

「また、会えるなんて面白いね!」

「ああ、無人駅いらいだな……」



 なんでも解けるトケルン――、

 幽霊との謎々対決から、今度は幽霊騒動の謎を解くことになった。



 って、どゆこと?





 続く


 この物語は、フィクションです。




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