第一章 メイドのナザリータ登場

第6話 「……トケルン? チウネルとは?」


 山奥の林の中に、RPGのゲームに登場するだろう大きな屋敷がある。

 いかにも何かが出そう……、住み着いていそうと想像してしまうくらい、不気味な存在感。

 いな、今も居住している家主に、このような紹介をしては失礼である……。


 瑞槍邸みずやりていの扉が開くと、玄関から現れたのは――、

深田池ふかだいけマリサさまと杉原すぎはらムツキさまですね。お待ちしておりました」

 メイドさんだ……。

 おもわず声を出してしまうくらい、メイド服の定番――黒のドレスにフリルの付いた白いエプロン姿とカチューシャ。

 背中まで伸びるストレートのロングヘアーは金髪で、私はメイドです……という堂々と直立している女性だった。


「わぁ……、私、本物のメイドって初めて見た」

 メイド登場あるあるのセリフを発したのは深田池マリサ――チウネルである。

「俺もだ。メイドって本当にいたんだな」

 その本物のメイドを前にして、まるでゲームの隠れキャラ扱いして眺めているのは杉原ムツキ――トケルンである。

 

「あの? メイドのあたしが……珍しいですか?」

 女性は自分のことをあたしと言った。

「そ、そりゃ珍しいですよ! ねえ、トケルン」

 深田池マリサが彼の肩をすって驚く。

「東京じゃあ、都心のメイド喫茶くらいしかいないからな……チウネルよ」

 女性を下から上から舐めまわすように見続けている杉原ムツキ、これセクハラだろう。

「あ、あと、大学の文化祭に着ているメイド服の女子とか……だよね」

 両目に星を輝かせて新鮮に驚き続ける深田池マリサも、彼と同じく女性の全体を見てしまう。


「……トケルン? チウネルとは?」

 女性が目を丸くした。

 当然だろう、初めて聞く単語なのだから。

「あ、ああ……私たちはいつも、トケルンとチウネルって呼び合っているんです」

 初対面の女性に何を言い出すかと思えば、その単語がニックネームであることの説明だ。


「はあ……。あなたがチウネルさんで、彼がトケルンさんですか」

「そう、私がチウネルです!」

 明るい表情で返事をする深田池マリサが……今度は何を言い出すかと思えば、

「私たちのことはチウネルとトケルンって呼んでください」

 ……という失礼すぎる要求であった。

 女性は表情を曇らせることなく、

「かしこまりました。……ではチウネルさん、トケルンさんと呼ばせてもらいます」

 客人の要求を受諾した。


「あっ! それから、カナッチ……じゃなかった佐倉川さくらがわカナンさんが、後から来ますから」

「佐倉川カナンさん……お連れの方ですか」

 女性は真顔で質問をする。

 その隙の無い態度に……刹那、たじろいでしまった深田池マリサであった。

「カナッチとは無人駅で別行動することになったんだ。……なんでも、先に墓参りに行きたいとか」

 そこをフォローしてくれたのが、杉原ムツキだ。

 すかさず別行動の理由を簡単に説明した。


「墓参りに……。もしかして、ご主人さまの亡くなった一人娘の……」

 と、言い掛けたが客人の手前、私語は無用と口を閉じる。

 かしこまりました――と、女性はそれ以上佐倉川カナンのことをくのをめた。


 それから――、

「あたしは、ここ瑞槍邸でご主人さまのお手伝いをしております四条しじょうトモミと申します」

 自己紹介してからメイド服のロングスカートの裾を両手でつまんで、姿勢を低くする。

 これは、カーテシーである。

「どうぞ、中へお入りください」

 四条トモミは扉を大きく開けて、二人に促した。


 遠慮することもなく、深田池マリサと杉原ムツキが玄関へと入っていく。

 二人にとって瑞槍邸の中に入るのは……慣れたものだった。

 何度も訪れているからである。


「四条トモミさんか……」

 玄関の天井に吊り下げているシャンデリアを見上げながら、杉原ムツキが少し考え込んだ。

「トケルン、どうしたの?」

「トモミってさ、思い出さないか?」

 すぐ目の前に四条トモミが立っていることも気にせず、下の名前を堂々と口にする。

「……ああ、確かナザリベスちゃんの本名って」

「田中トモミだ……。それと、旧姓が佐倉トモミ」

 すっかりニックネームで呼ぶことに慣れきっていた深田池マリサが、「そうそう……」と何度も頷いて思い出した。


 それから――、

「あの、四条トモミさん?」

 深田池マリサが呼び掛ける。

「なんでしょう……。チウネルさん」

 その声に反応して、彼女は歩みを止めて振り返った。

 姿勢よく背筋を伸ばし、両足を揃える。


「あの、エルサスさん……じゃなかった」

 おもわずニックネームを出してしまった深田池マリサが、慌てて口を塞ぐ。

 あはは……と空笑いしてから、

「佐倉さんの一人娘の女の子と、名前が同じなんですね」

 何を聞くのかと思えば……幼くして亡くなったナザリベスの話だった。


「ええ、ご主人さまも『娘と名前が同じなんですよ』って、瑞槍邸で働き始めてすぐに、そう教えてもらいました」

 四条トモミは微笑むこともなく、深田池マリサに答える。

「おい、チウネルって」

 対照的に慌てて彼女の服を引っ張る杉原ムツキだ。

「なに、トケルン?」

「ナザリベスと名前が同じって、普通聞くか?」


「聞いちゃ……ダメだったの」

「チウネルよ……」

 肩をすくめてやれやれと、呆れる杉原ムツキが、

「ナザリベスはな……もう亡くなった一人娘だぞ。亡くなったこの瑞槍邸の関係者と名前が同じですねって、ここでメイドとして働いている四条トモミさんの気持ちを考えろって」

 なんでも解けるのがトケルン――杉原ムツキが説教……もとい深田池マリサに彼女の心情を教えようとする。


「……どゆこと?」

「あの……、つまり、メイドの雇い主の一人娘だぞ。しかも他界した」

「知ってるよ」

 何度も幽霊として接してきたナザリベスとの謎々対決の思い出を振り返る。

 幼くして病死したことも瑞槍邸のエルサスさんから聞いた。


「……だったら、余計に四条トモミさんが気まずいだろ?」

「気まずい?」

 深田池マリサにとって、ナザリベスは……死んではいない。

 否、死んだことは墓参りを行った自分だから理解はしていた。

 むしろ、娘と同じ名前という偶然は、自分に親近感を持ってくれるんじゃないかと思えるのだろう。


「自分がここで働けば働くほど、娘を思い出させてしまうのではないかって……そう思わないか」

 そこへ杉原ムツキが端的にエルサスさんの、本心だろう気持ちを教える。

「ああ、そっか」

 そういうことか、深田池マリサが彼の説明に納得した。

 確かに、メイドとして身の回りのお世話をする立場の四条トモミにとっては、瑞槍邸の中にもう一人の「トモミ」がいることは気まずいといえる。

 

 そこへ――、

「いえ、お気遣いなく。トケルンさん、ありがとうございます」

 二人の話を聞いていた(聞こえていたから……)四条トモミが、スタスタと歩み寄る。

「あたしも、そのことをご主人さまに尋ねたことがって、そしたら――」

「そしたら……どうでした?」

「……チウネルよ、空気読もうよ」


「気になさらないでくださいと……。もう、昔の思い出ですからと――」

 そう言い終わると、四条トモミは両手を揃えて深くお辞儀をする。

 二人の気遣いに感謝の気持ちを込めて。


「ほら、四条トモミさんは大丈夫だって」

「……空気読もうよ、チウネル」

 たまらず同じセリフを二回続けて呆れてしまう杉原ムツキだった。

「相手は、ここのメイドだぞ」

「そだけど?」





 続く


 この物語は、フィクションです。


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