第18話 ナザリベスが生きていたら……。


 ナザリベスが生きていたら……。

 パラレルワールド――別の可能性からこの物語を俯瞰ふかんしてみよう。




「ちょっと、もう朝ですよ。トケルンさん。ねえ? 早く起きてくださいな。朝食が冷めてしまいますって。ほら、トモミはもう起きていますよ」

「……お父ちゃん、おはよう」

「さあ、早く朝食を食べなさい」


 目が覚めたら、家庭があった。

 深田池ふかだいけさんがいた。

 自分はイスに座って、朝食を食べた。


「トモミ、バスが来るから早くしなさい。トケルンさん! トモミと一緒に出ないと電車に乗り遅れますよ」

「俺、何処に行けばいいの?」

「今日のトケルンさん、なんか変よ?」


「――行ってきまーす」

「ねえ? トケルンさん。何か忘れてない」

 忘れ物は……ないよな。

「もう! 行ってきまーすのチューですって!」




       *




「ねえ、お父ちゃん! 学校で音楽発表会があってね。あたしのクラスは、オモチャのあれを演奏するんだよ」

「オモチャの? ああ、チャチャ……のあれか」

「あたしはリコーダーで、左上の隅で演奏するんだ」

「ああ、そうなんだ。それは凄いな」

「頑張るね!」


 トモミは学校前で下車した。

 それから、着いた場所は小さなフォトスタジオ。


「あ! トケルンさん。おはようございます」

「君は?」

「何言っているんですか。アシスタントの佐倉川さくらがわですよ」


「そうそう、アニメ会社から注文されたA1サイズのポスターのラフが仕上がってますよ! 今日は、このラフを見せに行って打ち合わせする日ですからね」


 公園のベンチに座った。

 緩やかに流れている空を見上げる。

 こういう人生のほうがよかったのかもしれないな……。


「お兄ちゃんの一生には限りがある。この世界のために心配しても、誰も褒めてくれなよ」


 目の前に女の子……トモミだった。


「お前、学校には……、まさか、ついて来たのか?」

「そうだよ」

「お兄ちゃんが思っているほど、一人娘は簡単には育ってくれないよ……」


 何か違う……。


「お兄ちゃんが、いちばーんよく知っている幽霊だよ」


 幽霊?


「お兄ちゃん? 朝のパラレルワールドは、本当に素晴らしい世界だった?」




       *




 ガタンゴトン……

 ガタンゴトン……


 次は……



 オモチャの、チャチャ……


 ん? ああ、トモミの発表会に来ているんだ。

 あれ? 自分も演奏している。


 ――クラスのみんなが帰っていく。

 目の前の女の子だけ帰ろうとしていない……。


「ねえ、お兄ちゃん? あたしのこと覚えてるかな?」


 ナザリベス――




       *




 目の前に線路がある。

 駅だ。


 どこの駅?


 もう真っ暗だ。

 田舎の駅舎の椅子に座っている。

 隣にはリュックと寝袋があった。


 ――ああ、一人旅の途中か。


 時刻表を見た。

 まだ、一本残っていた。


 これからどうしよう。

 ここで寝るか?

 それとも乗ろうかな?

 寝袋はあるけれど。


「お客さん、そのリュックと寝袋。もしかして旅をしているんですか?」


 駅員だった。


「お客さん。これから何処どこに?」

「……次の最終に乗ってみようかと」


 その時、スマホに電話が鳴った。

 アシスタントの佐倉川さんからだった。


「ちょ、トケルンさん? どこにいるんですか? 早くデータを送ってくださいって、クライアントから電話が……」

「お客さん、あれ最終ですよ。乗るんですか? 乗らないんですか?」

「ご、ごめん、後で掛け直すから」


 自分は、慌ててリュックと寝袋をかついで電車に飛び乗った。



 ガタンゴトン……

 ガタンゴトン……


 次は……



 何処に行こうとしているんだっけ?


「あの、ここに座ってもよろしいでしょうか? 向かいの席に」

「あ、はい。どうぞ……」



 向かいの席に置いてあったリュックと寝袋を慌てて退かす。


「……すみません」


 見たら深田池さんだった。


「お母ちゃん。あたし窓の近くがいい」

「こらトモミ! 静かにしなさいって。もう夜遅いんですから。どーも、すみません」


 どう見ても、ナザリベスだった。



 ガタンゴトン……

 ガタンゴトン……


 次は……



 ――外は真っ暗。


「……あの? 旅をなさっているんですか?」


 リュックと寝袋を見る深田池さ。


「あ、ええ……」

「これから……何処に行かれるんですか?」

「……とりあえず、大きな駅で下車して宿を探して、今日はそこで寝ようかなって」


「旅してるの? 冒険者さんだね!」



 ガタンゴトン……

 ガタンゴトン……


 次は……



「……どうして旅を?」

「あはは、よく聞かれます。」


 本当によく聞かれるな……。


「私には、妻も子どももいません。その代わりのようなもので気分転換かな……」

「今までどんな旅をしてきたのですか?」


「あたしもしりたーい!」


「熊野の新宮に行ったときは、帰りに台風に遭遇して鈍行列車で4時間の乗車。途中で何度も緊急停止して車両点検があって……」


「出雲に行った時は大変でした。無事に終わらせて市電の駅へ向かうと、丁度私が乗ろうとしていた電車が行ってしまいました。駅舎に1時間、次の電車を待っていました……」


「函館の駅前のホテルに泊まって、夜中ずっと月を見続けていて……ふと買い物がしたくなって、ホテルの向かいのコンビニに行きました。夜中の3時に慌てて店員が来て、ものすごく不機嫌な表情でした」


「あはははっ。へえー、そういうことがあったんですか」

 深田池さんが笑った。

 トモミちゃんも笑っている。


「大変なんじゃないですか? 旅って……」

「そうですね。……でも、子育ても大変でしょう」




 続く


 この物語はフィクションです。






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