第19話 ナザリータは、ナザリベスなのか?


 ナザリータは、ナザリベスなのか?

 パラレルワールド――別の可能性からこの物語を俯瞰ふかんしてみよう。




 ガタンゴトン……

 ガタンゴトン……


 次は……



 スマホに電話が、見ると佐倉川さんだ。


「はい。もしもし……」

「トケルンさんって! あんた、掛け直すって言ったよね?」

「ちょっと、今電車の中だから……」


「データ送ってくれって、クライアントが……」

「それ、俺のパソコンの何処かにあるって、勝手に探しといて……じゃ」

「ちょっ、トケルンさんって!」



 ガタンゴトン……

 ガタンゴトン……


 次は……



 トモミちゃんが、こっちを見ていた……。


「トモミちゃん、どうかした?」

「ブブー! その名前はふせいかーい」

「……じゃあ、ナザリベス?」


「お兄ちゃんの旅の目的は? 生きること死ぬこと、どっち?」


 なんなんだ? いきなり……。



 ガタンゴトン……

 ガタンゴトン……


 次は……



「お兄ちゃん! この世界を不幸と思うより、幸せと思ったほうがいいよ。世界はお兄ちゃんを必要としているけれど、お兄ちゃんは世界を必要としていない。お兄ちゃんは無限にある世界を行ったり来たりしてるよ」


 まるで、異次元の世界だな――


「……だったら、もっともっと旅すればいいじゃない! 長生きすることが自分の人生じゃないのだから、冒険者になればいい。ここまで生きた……お兄ちゃんだからさ」




       *




「あれ?」


 寝袋がある。

 隣には、トモミが寝ていた。


 ここは何処だろう?

 駅名を見た。


「お客さん、もう駅舎しめるよ……」

「あ 、あのこの駅舎で寝袋をしいてもいいですか? 一晩だけですから」

「ちょっとそれ困りますって」


「そこをなんとか……」

「そんなことを言われてもね、って、その子あなたの!」

「はい娘です」


「ダメだよ! そんな幼い子を駅舎で寝かせるなんて。ホテルは?」


 その時――


「ねえ? おじさーん。今晩1日でいいから泊まっていい? あたし、ちゃんと寝袋も用意してあるから。ねえ?いいでしょ」

「今日の夜はなんなんだ。困ったな……」

「おじさーんお願いだって。今日はさ、もう何処にも泊まる所がないんだよ」

「君ね、そんなこと言われても困るってば……」


「あ、可愛い! この子、あなたの子なの?」

「ええ……」

「うわっ可愛い~!」


 その女性が、眠っているトモミの頭を撫でる。


「ねえ? おじさーん? あたしは保育士なんだな、これが! あたしがこの子を見れば、おじさんも問題が減るってことにならない?」




       *




「あなた、名前は?」

「あたしは四条しじょうトモミよ。四条さんって呼んでね!」


 ……と言って、四条さんはトモミの頭を撫でた。


 空はキラキラ……

 みんなスヤスヤ……


 トモミの寝言だ。


 ある日、自分はこの世界の人間ではないと思ってみた。

 結婚していて、妻がいて一人娘がいて、忙しく仕事をしている自分。

 一人旅の途中、偶然向かいの席に座って話を聞いた自分。


 どれが、本当の自分なのだろう……。


 パラレルワールド――


 無限に世界があって、いくつもの自分がいて……。




       *




 夜明け――


 空が明るくなってきた。

 見るとトモミは眠っている。

 四条さんも眠っている。


 スマホに……深田池さんからだった。


「トケルンさん? 佐倉川さんから電話がありましたよ。ところで、トモミの様子はどうですか? 今は何処にいるのですか?」


「あれ、奥さんから~?」


 慌てて電話を切った……。


「お兄さん。これから何処に行くの?」

「一度自宅に帰って、この子を休ませて」

「それから?」

「それから。さあ、何処に行こうかな……」

「あたしも連れてってよ~」


「俺は男だぞ!」

「あたしは女だ!」


「いや、そういう話じゃなくってさ……」




       *




「お客さんって! 仮眠もいいけれど、そろそろ寝袋しまってもらえますか?」


 はっ?

 自分は目を覚ました。


「この駅、始発に乗る行商人や学生が来るもんで……」


 ここは、何処だろう?

 ……まあ、いいか。


 ――スマホを見ると、佐倉川さんからのメールがあった。


 もう、トケルンさん。

 クライアントがカンカンですって!

 早くデータ送ってください。


 ――深田池さんからのメールもあった。


 もう、トケルンさん。

 何処にいるんですか?

 戻ってきてくださいよ!


 そして、もう一件メールがあった。


 四条さんです!

 駅舎の恩を忘れてはいませんからね。

 旅好きなお兄さん!


 あたしも連れて行ってくださいよ。



 トモミちゃんによろしくね~





 続く


 この物語はフィクションです。






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