第20話 ナザリベスとゴーレムの関係――


 俺たちが心配してもどうにもならないんだ。

 病気が治る子どももいれば、治らない子どもだっている……。


 生と死は同一だ――

 幽霊であって、幽霊でない大人のナザリベス――


 ナザリータさん。


 どうして、大人の幽霊になりたかったんだろ?




       *




「えー! またお使いに行かなきゃダメなんですか?」


 深田池ふかだいけマリサの悲痛な叫び声が、部屋に大きく響いた。

 担当教授は彼女の抵抗に、まったく同様することなく静かにコクリと頷く。


 彼女の学業成績は普通より、ちょっと下である。

 当大学では授業についていくのがやっとだ。

 深田池マリサの英語の試験の点数は……赤点。


「そ、そんでもって! ま、また『トケルン』と一緒に行かなきゃいけないんですか?」

 彼女の更なる悲痛な叫びは、お使いに追加されている条件にもあった。

「教授ってば! この前の岡山県N市のお使いを思い出してくださいよ……」

 へなへなと床に力尽きる深田池マリサ。


「トケルンって道を間違えても居直り強盗! ゴーレムとのバトルで私を囮にしちゃって! 帰りの駅ではトケルンのせいで電車4時間待ちだったんです!」

 深田池マリサは横を向き見上げた。

 その視線の先には、勿論……、

「俺のせいじゃないぞ、全部お前のせいだ!」

 杉原すぎはらムツキの最初の一言は責任転嫁である。


「いやいや、何言ってんの? トケルン? あんたね、いい加減に……」

 深田池マリサが「しなさいよ!」と言おうとしたけれど、担当教授が二人の間に入ってまあまあと諫める。

 しばらくして、落ち着いた深田池マリサが、

「やっぱし……行かなきゃけないですよね、教授?」

 恐る恐る深田池マリサが尋ねた。

 すると、担当教授はまたコクリと深く頷く。

「……んで、コイツと一緒にですよね? やっぱし」

 当然の返事がくることを予想していた彼女の質問に、教授はもう一度コクリと頷く。




       *




「今度のお仕置き旅も、岡山県N市なんだね……」

 JR特急――深田池マリサが流れる景色を眺めながら不思議な縁を思う。

「まあ、N市の都市部みたいだから……有人駅で4時間待ちも無いか」

 窓枠に肩肘ついている杉原ムツキも、景色を見ながら呟く。

 いつものように? 座席を向かい合わせにして、進行方向の隣に座っているのがチウネルだ。


「だいたいさ、チウネルよ。お前が英語の試験で赤点さえ取らなければこんなことに……」

「わ、私だって一生懸命勉強したんだよ」

 深田池マリサは頬を赤らめてしまう。

「……でもね。限界だわ、私は」

「その成績でよく大学に入学できたよな?」

「そ、それ、どういうこと」

「チウネルさんは卒業できるのかってことだ」


「…あの、深田池さん。杉原くん」


 ――さっきから二人のイチャイチャなラブラブ旅行を、間近に見ていた人物がいた。

「お取込み中で悪いんだけれど。電車のしゃ……車内では静かにしましょうね」

 ごもっともなアドバイスである。

「ご、ごめんなさいカナッチ!!」

 深田池マリサが、トケルンの向かいに席に座る佐倉川さくらがわカナンに恐縮する。

「わかってくれて、そのありがとう」

 そして、杉原ムツキの向いの席にはナザリベス――?




       *




「とうちゃーく!」

 両手を腰に当ててナザリベスが大きな声を出して喜ぶ。


 ドスンッ!


 よっこいせっと……大きく息を吐いてから、深田池マリサは地面に重いリュックを下した。

「うう~。やっと到着した」

 彼女は肩をポンポンとたたきながら呼吸を整える。


 ピンポーン


 深田池マリサが代表してインターフォンを押す。

「それにしても……凄いね。ねえ、トケルン? 瑞槍邸みずやりていとどっちが大きいかな?」

 杉原ムツキの服の裾をクイクイと引っ張っる。

「さあ、同じくらいじゃねーか?」

 大雑把に建物の大きさを見積もってみた。

「こんな大きい御殿じゃ、掃除が大変でしょうね」

 佐倉川カナンも現実的に理数的に見積もる……。


「あたしの住んでいたお屋敷みたーい!」

 はしゃぐナザリベス、両手を広げてまたも喜んでいる。


 ピンポーン


「やっぱ、広いから聞こえないのかな?」

 もう一回、深田池マリサがインターフォンを押してみた。

 すると――、


 ガチャ


 インターフォンの受話器を上げる音が聞こえた。

「……どちら様ですか?」

 なんだか、か細い声だった。


「で、出ちゃったね。お姉ちゃん!」

 ナザリベスが驚いた。

「そりゃ出るわよ。アポイントちゃんと取ってあるんだし……」

 深田池マリサがインターフォンに近寄り、

「あっ、あの私たちは東京から来たのですが……。武蔵谷文芸大学の教授からのお使いで……教授からメールか何かでお知らせが……」

 ゆっくり丁寧に自分たちの要件を伝える。


「ああ、ママから伺っています……」

 その人物はまた、か細い声でそう返してきた。

「でもね……」

「でもね?」

 深田池マリサが聞き返す。


「玄関の扉は開けませんから。あしからず――」


「な? ……なんでですか?」

 当然、来れば玄関の扉を開けてくれるのだと深田池マリサは思っていた。

 しかし、真逆の返事を受けて彼女は目を丸くして驚いてしまった。

「なあ? 俺たちは遠路遥々東京から来たんだぞ。開けろって!」

 杉原ムツキが彼女の後ろから割り込んで文句を言った。

「ちょっと、トケルンさん。怖い口調止めようよね。相手は女の子みたいだし……」

「それが何か?」

「トケルン? もうさ、本当にいい加減にしてちょうだいね。私は今大事な会話をコミュニケーションをしている最中なんだから」

 彼の顔を見つめてムッとする。


「じゃあ、こうしましょう!」

 その女の子がインターフォン越しから、

「あたしが皆さんに謎々を出しますから。それに正解したら扉を開けます」

 こんなことを言い出してきた。


「いいよー。あたし答える!」

 ナザリベスは嬉しそうだ。


「ちょっと、ナザリベスちゃん!」

 深田池マリサは状況がイマイチ理解できない。

「俺もいいぞ!」

 杉原ムツキは簡単に状況を把握できたみたいで潔く承諾する。

「んもう! トケルンってば!」

 

「私も答えてあげる」

 今度は佐倉川カナンが快諾した。

「カナッチまで……もう」

 やれやれ……肩の力が抜けてしまう深田池マリサである。





 続く


 この物語は、フィクションです。







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