第21話 お人形さん、可愛いね! お姉ちゃん!


 しばらくして――


「皆さん、せいかーい!」


 ガチャン!


 玄関の扉の鍵が開く音である。

「うわ! 開いたね、トケルン」

「見りゃわかるだろ……」

 杉原ムツキが呆れてから玄関の扉を引いて、家の中へと入って行く。

「待ってよ……」

 続いて、深田池マリサも慌てて中へと入っていく。


「はははっ!」


 玄関に立っていたのは女性だった。

 髪の毛は明るい栗色、それがオカッパよりも短めくらいのショートヘアー。

「はははっ! まさか本当に生徒をN市によこしてくるなんて」

 スリッパを人数分玄関に置きながら彼女が笑っている。

「はじめまして! 天野リョウです」

 天野リョウさんはサッと手を差し出すと、代表として深田池マリサが握手する。


「は、はじめまして。あ、あの? 先程の女の子は――」

 同時にちょっと気になることを尋ねた。

「ああ、娘のミカンだよ。天野ミカン」

「娘さん……ですか」

「チウネルさんって!」

 お使いのこと放さないと……、佐倉川カナンが小さく肘で彼女を突く。

「ああ、そうだった。……この度、教授からのお仕置きで……違う!(自分で自分にツッコむ)お使いで」

「いやいや、チウネルよ! その開き直りこそが失礼でしょ?」

「お仕置きできましたなんて、言えないでしょ!」

 鋭く彼を睨み付ける深田池マリサ、真剣に物申した!


「ははっ! ははっ! はははっ!」

 二人の仲の良さを見ている本栖湖ミカンさんが大笑い。

「遠路はるばる東京から来たんだろ? 長旅だったね。さあ、まずは上がってちょーだいな!」

 天野リョウさんが一行を歓迎モードで向かい入れる。

「教授からはメールでよーく聞かされているからね。君たちのおっちょこちょいな顛末をさ!」

「て、顛末ですか?」

「しってるよ~。ゴーレムのすっちゃかな話も教授から――」


「……」

 突如、深田池マリサが無言になる。

 あんにゃろ! 教授め!

 余計なことを言いふらしやがって……。

 恥ずかしさの裏返しで怒り心頭な気分になった深田池マリサだった。




       *




 コンコン!


 深田池マリサが代表して、そのドアをノックした。

 すぐに――、

「どうぞ……」

 ドアの向こうから、やはりインターフォンの女の子の声が聞こえてきた。


 今回の旅の目的――その人物へのお見舞いである。


 ドアを開けて部屋に入っていく。

「こんにちは、天野ミカン……ちゃん」

 深田池マリサは挨拶と同時に、驚いてしまう。

「「「……」」」

 杉原ムツキも佐倉川カナンも、ナザリベスもだ。


「ああっ、ママから聞いてます。今日来るっていう大学生の人たちのことを。皆さんがそうなのでしたね!」

 天野ミカンちゃんは、明るく話し掛けてくれてた。

「あははっ。こんな姿でごめんなさい」

「別にその……謝らなくていいのよ。謝ることなんて何もないんだからね」

 佐倉川カナンが毅然と言った。


「はじめまして、天野ミカンです」


「は、はじめまして。天野ミカンちゃん」

 深田池マリサは頭を下げて挨拶を返す。

 彼女が驚いた理由――、

 天野ミカンちゃんはベッドに横たわっていた。

 見た目は幼い。

 丁度、ナザリベスと同じくらいの女の子だ。


 驚いた理由は、ベッドの傍に酸素ボンベが2つあること――


 そのボンベからチューブが伸びて、天野ミカンちゃんの鼻へと繋がっていた。

 天野ミカンちゃんは、その酸素ボンベからチューブを使って呼吸していた。

 客観的に見て、健康的な女の子ではないことが分かる。


「ミカンちゃん? 具合悪いの?」

 ナザリベスが天野ミカンちゃんを心配する。

「こらって、ナザリベス! あからさまにそんなことを聞くもんじゃないの!」

 佐倉川カナンがナザリベスを叱った。


「……いいんですよ。あなたがナザリベスちゃん……ニックネームだよね?」

 天野ミカンちゃんがナザリベスに尋ねる。

 当然、見た目が日本人だからそう思う。

「じゃじゃーん! あたしはナザリベスだよ!」

 両手を目一杯に挙げて、ナザリベスは自己紹介した。


「ミカンちゃん。これ教授からのプレゼントです」

 深田池マリサが背負っていたリュックを、よっこいせと肩から下ろしてチャックを開ける。

 大きな袋に包まれたそれを取り出して、天野ミカンちゃんに手渡した。

「わー! ありがとう!」

 天野ミカンちゃんは笑顔でプレゼントを受け取った。


「ねえ? お姉ちゃん。中を見ていい?」

 大きな袋を手に持ってソワソワしながら、天野ミカンちゃんが深田池マリサを上目に見た。

「当たり前でしょ! もっちろん!」

「うわー!」

 笑顔の天野ミカンちゃん、一心になって包み紙を取っていく。

 取っていく。

 取って……。


「わーい! 可愛い!」

 天野ミカンちゃん、とびっきりの微笑みだ。


「……」

 対して、深田池マリサは絶句してしまった。

「お人形さん、可愛いね! お姉ちゃん!」

 天野ミカンちゃんが大きな袋から取り出したそれを見つめながら、また笑顔を作った。

「あははっ……可愛いかな?」

 深田池マリサ? 何か変だ。

「こらチウネルさん! なんでそういうことを言うの、病床の女の子に対して?」

 佐倉川カナンが彼女に注意。

「だって……」

 すると、やるせない気持ちからか彼女がだんまりしてしまう。


 教授め!

 あんた、子どもへのプレゼントは、これしか思いつかんのかいな!


「これはな、名前をゴーレムっていうんだ」

 杉原ムツキが天野ミカンちゃんに教えた。

「ゴーレムちゃん? って言うんだ、このお人形さん」

 天野ミカンちゃんは無邪気にプレゼントのゴーレムちゃんを胸に抱いた。

「んへへっ。ゴーレムちゃん、なんだか可愛いね♡」


 そこへ、杉原ムツキは更に……。

「ああ、そうさ! 君の守護神のゴーレム! ユダヤ教の神話では、額に『emath』を刻まれて命を吹き込まれて動くんだぞ」

「動くの、お兄さん?」

 当然、天野ミカンちゃんは杉原ムツキと深田池マリサの瑞槍邸のゴーレム騒動を知ってはいない。


「いやいや、動かないって。人形なんだからね」

 佐倉川カナンが冷静に訂正した。

「んでな! 『e』をとって『math』になると動かなくなるんだ。ユダヤ教の神話の伝説だぞ」

「へえ、そーなんだ……」

 何も知らない天野ミカンちゃんは、嬉しそうにゴーレムの人形を回して見た。


「ねえ、天野ミカンちゃん。あたしがゴーレムを動かしてあげようか?」

「えっ? そんなことできるの、ナザリベスちゃん?」

「うん、できるよう。あたしには……あわわっ!」

 どうした、ナザリベス?


「あははっ。できるわけないじゃない。ねえ~、ナザリベスちゃん?」

 ナザリベスの口を、深田池マリサが塞いでしまう……。

 目が笑っていない。

 ナザリベスに冷酷な視線ビームを打っている。

「ん……でぎるんだ・ぼ・ん。あだじ……」

 塞がれた口からナザリベス……。


「い~え、できないよね~? ナザリベスちゃんには?」

 深田池マリサの脳裏にはゴーレムと格闘したトラウマがあった。

 何がなんでも、このゴーレムだけは動かすものか……。




       *




「ミカンちゃん? お身体の具合はどうかな?」

 杉原ムツキが深田池マリサとナザリベスのやり取りにを気にすることなく、話し掛けた。

「お見舞い。ありがとうございます」

 天野ミカンちゃんが彼を見て微笑んだ。

「あたし、なんか重い病気になっちゃったみたいで……」


「辛いの、天野ミカンちゃん?」

 ナザリベスが聞く――。

「こらっ!」

 ナザリベスを叱ったのは佐倉川カナンだった。

「あんたは病床の人に、あからさまにそういうことを聞くんじゃないの!」

 佐倉川カナンは、こういうメリハリを気にする女性である。


「ふふっ。大丈夫だって、ナザリベスちゃん!」

 そんな二人のやりとりを、ベッドから見つめていた天野ミカンちゃんが笑った。

「……ごめんなさい。病床のお見舞いだというのに」

 病床で騒いでしまった自分たちの不甲斐なさを反省して、佐倉川カナンが頭を下げる。

「いいんですよ、お姉さん。お医者さんが言うには、しばらく安静にしていれば必ず良くなるって言ってくれた。それを信じて、あたしは病気を治すだけです」


「……強いんだね。ミカンちゃんは」

 ナザリベスが深く頷いた。

 深く、頷いた――


 ナザリベスは、病院のベッドに横になっていた頃の自分を思い出した。

 自分が幽霊になる生前の頃の自分を――


 あたしは頑張るからね。

 大丈夫だからね。

 あたしの精一杯のウソだった……。


 結局、あたしは幽霊になっちゃったけど――





 続く


 この物語は、フィクションです。







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