第22話 ナザリベスはゴーレムの人形を動かせる


 天野リョウさんが、今日は家に泊まるよう勧めてくれた。

 空いている部屋も多くあるからと。


 日帰りで東京に帰る予定だった皆は、急いで帰る予定もないし……。

 ということで、お言葉に甘えることにした。


 その夜――


「ナザリベスちゃん?」

 ベッドに横たわっていた天野ミカンちゃんがナザリベスに気づく。

「うん、そうだよ」

 ナザリベスが近づいていくと、天野ミカンちゃんは起き上がる。


 ――ナザリベスと天野ミカンちゃんの二人だけ。


「ねえ? ナザリベスちゃん」

 天野ミカンちゃんはナザリベスの手をギュッと握る。

「なに?」

 ナザリベスは天野ミカンちゃんに自分を重ねて思い出す。


 あたしは治らなかった。

 それがきっかけで両親は離婚してしまった。


 あたしが、実は幽霊だなんて言っちゃったら……。

 ミカンちゃんは健康に戻れなくなるんじゃと思う。


「あたし、どうなっちゃうんだろうね?」

 重い病気の天野ミカンちゃん。

 こんなに幼い女の子だから、本当に病気が治るのかどうか心配なのだろう。

「治るって絶対にね! 絶対に!」

 ナザリベスは天野ミカンちゃんの手を強く握り返して励ます。

「んへへ……、ナザリベスちゃん、ありがとうね。あたし頑張って病気を治すからね」

 手を握ったままで――、


 ――握られた手をナザリベスは見つめる。

 

 本当は幽霊なんだけど、それを言いたくない。

 言ってしまうと、ミカンちゃんも幽霊になっちゃうんじゃないかって。


 幽霊になっても、いいことなんて無いから。

 だから、天野ミカンちゃんには生きてほしい。

 病気が治ってほしい。


 生きていれば、いろんなことがあるけれど……

 幽霊になるより……ましだから。

 



       *




 ナザリベスが振り返って驚いた。

「お兄ちゃん、どうしてここに?」

 病室の扉に立っていたのは杉原ムツキである。

「みんなリビングにいるのに、お前だけ来てないから俺が呼びに来たんだ」


「お前が元気を出さないと、ミカンちゃんも元気にならないぞ! ほら、これ!」

 ポッケトの中から取り出したのは――、


 ♡の5


 トランプカードだった。

「ああ……お兄ちゃん! まだ、それ持ってきたの?」

「ああ、持ってきたぞ」


 ♡の5とは『e』を表す。

(詳しくは本編を読んでください)


「これで、そのゴーレムに命を与えることができる。そうしたいんだろ? ナザリベスよ!」

「……お兄ちゃん、わかるんだ」

 何でも解けるトケルン――杉原ムツキが腕を組んでドヤ顔を見せた。


「いつでもゴーレムが動くようにしたいんだろ? 天野ミカンちゃんの回復のために。そうしたいんだろ?」

「うん、そうだよ! お兄ちゃん、だいせいかーい!」

 少し涙腺が緩んでいるのか?

 ちょっとウルウルしているナザリベスである。

 

 幽霊も泣けるようだ――


「すごーい。おもしろーい!」

 天野ミカンちゃんがベッドの上で笑っている。


 ナザリベスは、トランプカード『♡5』を、天野ミカンちゃん隣に置いてあるゴーレムの人形の額に当てた。

「見てて……天野ミカンちゃん」

 ゴーレムに向かって両手をかざす。

 そして、なにやら不思議な呪文を唱え始めるのだった。

「ナザリベスちゃん?」

「えへへ。あたしね、こんなことできるんだよ」

 呪文を唱えながら、今度はナザリベスがドヤ顔を見せる。

「へえ……。こんなことできるんだ。すごーい!」

 天野ミカンちゃんはナザリベスの魔法を疑問に思うことなく、あっさりと受け入れる。


 しばらくして――


 ゴーレムは動き出した。

 天野ミカンちゃんのベッドの上を、ゴーレムは威勢良く飛び跳ねてダンスを始める。


「あははっ! うわ~ゴーレムちゃん、動いてる!」

 ゴーレムの軽快なダンスに、天野ミカンちゃんがクスクスと笑って喜んだ。

「早く元気になってね、天野ミカンちゃん!」

 その言葉は、ナザリベスにとってウソのないホントだった。

「ありがとうナザリベスちゃん! あたし、うれしいよ。うれしいよ!」




       *




 まもなく、このホームに……


「じゃ、みんな達者でね」

 岡山県N市の駅、ホームで天野リョウさんが皆を見送る。

「「「どうも、お世話になりました」」」

 杉原ムツキ、深田池マリサ、佐倉川カナンが、両手を握って感謝の気持ちを表した。


「んじゃーね! 天野リョウおばちゃ……じゃなかった。お姉さん!」

「ん? あははっ! 君も少し大人になったね!」

 天野リョウさんはナザリベスの頭をなでなでして笑う。

「チウネルさん、ミカンもプレゼントのゴーレムがとても気に入っているようです」

「そ、それは……よかったです」


 ――JR特急のドアが閉まった。

 ホームから、手を振ってくれている天野リョウがいる。

 それを杉原ムツキ、深田池マリサと佐倉川カナン、ナザリベスが手を振って応える。

 岡山駅に向かって動き始める。

 帰路も同じく座席を迎え合わせにして、皆は同じ席へ座った。


「……」

 ナザリベスがだんまりしている。

 それを見かねて、

「ナザリベスちゃん?」

 深田池マリサがそっとナザリベスの頭を撫でた。


「ん?」

「チウネルには分かるよ。ナザリベスちゃんの辛い気持ちがね……」

「お姉ちゃん?」

「ミカンちゃんでしょ?」

「……うん」

 ナザリベスが首を縦に振る。


「ナザリベスちゃん。あなたに言ってもしょうがないけれど、病気は自分にしか治せないのよ」

「その通りだよ。お姉ちゃん」

 病気のことについては、自分が一番よく分かっている。

 長い闘病の末、回復することもなく死んでしまったのだから。


「チウネルよ。ナザリベスとミカンちゃんを同一で思うなって」

 杉原ムツキは謎を解けないと気が済まない。

 だから、深田池マリサの「謎解きの解答」に敏感に反応した。

「病気は自分にしか治せないでしょ? ねえ、トケルンさん?」

 身体を隣に座る彼に向け、顔を近付ける。

「ねえ? どこが?」

「まあ聞けって……」

 杉原ムツキが興奮する彼女をドードーと両手で諫める。


「俺たちが心配してもどうにもならないんだ。病気が治る子どももいれば、治らない子どもだっている……」

 杉原ムツキは姿勢を正し、向かいに座っているナザリベスをしばらくじーっと見た。

 それから――、

「俺、言ったっけ? 『生と死は同一 死は生の裏返し』という言葉――」



 生と死は同一だ――

 幽霊であって、幽霊でない大人のナザリベス――


 ナザリータさん。


 どうして、大人の幽霊になりたかったんだろ?




       *




 東京駅に新幹線のぞみ号が到着した。

 四人はそれぞれ、今回の出来事や出会いを思いながらホームへと降りる。

 そこへ、深田池マリサのスマホに電話が掛かってきた。


「はい、ああー、どうも! その節は、本当にありがとうございました。……え、はい。はいはい。……えっ、そうなのですか! うわ~、それは良かったです♡ はい、もちろんナザリベスちゃんにも伝えます!」

 電話を切ると耳元からスマホを下ろした。

「ナザリベスちゃん!」

 いきなりだった――。


「み、ミカンちゃんがね!」

「お姉ちゃん? どうしたの……」

「ミカンちゃんの熱が下がったって! 回復しつつあるって! もう大丈夫だろうって!」

 凄く微笑みながら、深田池マリサがナザリベスの両肩に手を当てる。

「……ほんと!」

 なんだか急展開のハッピーエンドにナザリベスは驚く――。


「ナザリベスちゃん! ミカンちゃんは病気が治るんだよ!」

「うん! 良かった、ミカンちゃん……」


 精一杯に病気と闘った天野ミカンちゃん。

 ナザリベスの目から涙が溢れ出てくる。


 幽霊が号泣する。

 心の底から嬉しかった。



「ナザリベス! お前が動かせたゴーレムちゃんのおかげだな!」


「うん! お兄ちゃん、きっとそうだと思う」





 第二章 終わり


 この物語は、フィクションです。







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