第12話 「……なあ、ナザリベス?」「お兄ちゃん?」


 トケルンはナザリベスの部屋の真ん中に立っている。

 ナザリベスを見つめていた。


「なあ、ナザリベス? どうして、この天井の星々は『シンボリックなシンメトリー』に配置させていると思う?」


「それは、あたしが佐倉トモミであって、田中トモミでもあるから?」

 ナザリベスはというと、自分のベッドの上に腰掛けている。


「君のパパは佐倉も田中も、両方を受け入れようとした――」

「それって、あたしの死と生を意味しているの?」

 トケルンはナザリベスの答えに、正否を出さず――、


「問題、ウソってなんだ?」

 さらに、問題を出してきたのだった。

「そんなの簡単だよ。間違ったことを言って自分を守ることだよ!」

 足をバタバタと前後にらしながら、軽快に解答する。


「じゃあ、ホントってなんだ?」

「それもかんた~ん。正しいことを言って自分を守ること!」

「ナザリベス? ウソもホントも……」

「うん! あたしは自分を守りたいんだよ!」


「……あっ」

 ナザリベスが何かに気がついた様子――、

 揺らしていた足を止めた。

「お前は、ウソしかつかないんだろう?」

 トケルンは腕を組んで――、

「お前がその答えに真剣に答えた瞬間! 今、お前は『幽霊には言えない』答えを言ってしまったんだ!」



「お前が言った『あたしは自分を守りたい』という答え―― それは、ウソしかつかないお前にとって『ホント』なのか? ……だとしたら、お前はホントは『自分を守りたくない』という意味になってしまう。だって、お前はウソしかつかないんだろ?」



 トケルンはナザリベスの口癖である「あたしはウソしかつかなーい」の論理――自己言及のパラドックスを利用したのだった。

「……さらに、その答えは幽霊になって成仏しない自分の姿と矛盾しないか? 幽霊になって『自分を守ろうとした』お前が、どうして成仏できずに幽霊のままでいるんだ?」

 ナザリベスがベッドから飛び降りて、トケルンのそばまで来る。

 トケルンはナザリベスを見つめて――、


「究極的な論理崩壊になってしまったな―― 幽霊というウソをやめないか、ナザリベス?」


「……」

 ナザリベスが無言になってしまう。

「結局、化けて出てくるってのはさ……、弱さの裏返しなんだよ」

 トケルンはナザリベスの頭を摩った。




       *




 再び元の場所、三途の川辺に戻ってきたトケルンとナザリベス――。

 

 六文銭を払って乗る渡し船が、向こう岸へと向かう。

 白装束を着た死人を数人乗せて、こちら側の岸を見つめている。

 賽の河原には、まだ幼い子供たちが幾重にも石を積み上げていた。

 宇治川のようなそれとは違って、とても穏やかな川の流れである。


「あたしの旅って、何なのだろうねぇ?」

 賽の河原に転がる大きめ丸石の上に、ちょこんと座るナザリベス。

「幽霊になったんだから、どこにでも旅ができるだろが! ていうか、早く極楽へ行けよ! 俺、それすんげ~羨ましぞ!」

 トケルンも適当な大きさの丸石を見つけて、よっこいしょと腰掛けた。


「こんなあたしでも、まだ旅していいの?」

「ああ! お前の旅は三途の川の向こう側――ゴールは須弥山しゅみせん! 山奥の山奥の……その先の極楽だ」

 トケルンは、川の向こうの……遠い空の向こうを指差す。

 雲の合間から見えるのは、極楽浄土のゴール地点――須弥山だ。


「ねえ、お兄ちゃん? 謎々を出すよ」

「ああ……」



「幽霊と掛けて――大人になったメイドのナザリベスと説く! その心は……極上の思い出の続き!」



「どういう意味だ?」

冥土めいどの土産ってことだよ♡」


「成仏する決心がついたんだな?」


「うん……」

 小さくうなずくナザリベスだった。

「そんじゃ……」


 ナザリベスがトケルンにキスをした。

(頬っぺたにである……)


 トケルンとナザリベス――、

 自然と同じタイミングで立ち上がる。

「お前、可愛いな! 俺とお前の心が、やっと解けたな!」

「じゃあね、お兄ちゃん! 今度こそバイバイだよ! それじゃ最後のお約束……じゃじゃーん!!」

 ナザリベスは、両手を目一杯大きく高く掲げた。


「……ナザリベス、お前は永遠の子どもで俺は羨ましいぞ。俺も結婚して、お前みたいな子どもがいたら、まあ楽しいのかなって思う」

「お兄ちゃん……。あたしは幽霊だから、あまり参考にしない方がいいよ」

「そうか、そうだな」

 なんとなく、トケルンが納得する。


「さてと、須弥山を目指そうかな……」

 空の向こう――、

 高い高い須弥山を見上げるナザリベスである。


「最後に握手しよっか? お兄ちゃん!」

「……」

 無言で頷き快諾する。


 ギュッ


「……お兄ちゃんの手って温かいね」

「俺も死んだのにか?」


「死んでないから暖かいんだよ」

「俺、生き返るのか?」


「うん! もうすぐ現実の世界に帰れるってこと、まだ生きているってことだよ」

「幽霊って、そんなこともわかるんだな」

 なんかホッとした、

 半面、なんだか寂しくなってきた――。


「……なあ、ナザリベス?」

「お兄ちゃん?」


「俺、もう疲れたからさ、俺も一緒に須弥山に連れてってくれないか?」

「……お兄ちゃん、死にたいの?」



 ナザリベスの問い掛けに、トケルンは一言、


 俺は……もう、死んでいるようなものだ。




 遠い記憶を懐かしむような表情で――





 続く


 この物語は、フィクションです。




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