第11話 トケルンとナザリベス


 杉原ムツキは最後の謎々対決を思い出す――



「……ここが三途さんずの川か? けっこう広いな」

 杉原ムツキが三途の川のほとりで、丸石に腰掛けている。


 ――女の子?


 女の子が一人いる。

 三途の川辺で何やらゴソゴソと、石を動かして探しているようだ。




       *




「あの、お嬢さん? ……もしかして?」

「あのね、さいの河原で石を積み上げるのもきたし」

「……飽きたんだ」

「鬼には愛想つかされるし」

「鬼に?」


「だからね、お金落ちてないか探しているのよん! お兄ちゃん!」


 ――ナザリベスだった。


「……もしかして、六文銭ですか?」

「じゃじゃ~ん!! ウソだよ~」

 両手を高く掲げて広げてから、いつもの調子で、

「だって、あたしはウソしかつかないからね!」

 正真正銘、この女の子は幽霊――ナザリベスだった。


「この川って、湯灌ゆかんのお湯より温いね。最初、川に左足から入るときにこけちゃって、胸まで濡れちゃった……」

「執着か! だけど、逆さ水なのは律儀だ……」

「……んで、そこにいる奪衣婆だつえばのお婆ちゃんの家の木で干して、乾かそうとしたら……。子供は賽の河原に行けって言われて……お兄ちゃん! お兄ちゃんも幽霊になったね! これからよろしく~」

「よろしくって……」

「あっ! 奪衣婆のお婆ちゃんとこに行ったら、お水飲ませてくれるよ」

「死に水か!」

「お婆ちゃんの玄関の屏風絵びょうぶえね。逆だよって親切に言ってあげたのに……。お婆ちゃんに、うるさいって怒鳴られちゃった」

「逆さ屏風か!」


 湯灌――

 死に水――

 逆さ屏風――


「ねえ? お兄ちゃん」

「今度は何だ……」

「この短刀で、魚採って焼いて食べない? この竹と木の箸で火葬かそうか?」

「はいそれ、守り刀! んでもって、違い箸! しかも漢字間違ってる~」


 守り刀――

 違い箸――




       *




 三途の川は、思ったより流れは速くなかった。

 山奥の平地の渓流けいりゅうくらいで、夏にキャンプするなら丁度良い環境だろう。


「俺の一番の謎々は君だ、ナザリベス。なんで三途の川にいる? どうして君は、成仏しようとしない?」

「これって、謎々だね!」

 三途の川辺でジャブジャブしていたナザリベスが、はしゃいだ。


「……ねえ? お兄ちゃん」

「今度はなんだ……」

「生きる価値を奪われたあたしの、何が分かる? 死んだあたしの、何が分かる? 本当に笑うとか本当に怒るとか、そういうこともできなかったあたしの、何が分かるの?」

 ナザリベスは両手をゆっくり降ろしながら、トケルンに淡々と自分の無念を打ち明けた。

「ようやく、お前もウソをつかずに本心を言えるようになったな」

 これが早くに病死した女の子の気持ち……そりゃ幽霊になるはずだ。


「ねぇ? お兄ちゃん。あたしと一緒に死んでくれる?」


 三途の川を越えてしまうと、もう生き返れない――。


 トケルンは判断する。

「……嫌だと言ったらどうする?」

「それじゃあ、あたしと今度こそ最後の謎々対決だよ」

 腕を組むナザリベス、

「ああ……、やっぱり、そうなるか……。まあ、わかっていたけど。じゃあ謎々対決だ!」

 トケルンも腕を組んだ。


「……恨みと無念の気持ちを、幽霊という姿で自己肯定し続けるナザリベス」

 でも、俺たち、三途の川で何やってんだろう?


「だけど、俺はお前とは違う! お前の恨みも無念も、くだらない。本当にくだらない」

「あ~! お兄ちゃん、怒ってる~」

「ナザリベス、お前はもう死んだんだ! だから生きていたころを……忘れろ!」




       *




 三途の川辺に立つトケルンとナザリベス――


 十数メートル先には六文銭を払って乗る渡し船が、

 白装束を着た死人を数人乗せて……、向こう岸へと渡って行く。

 川岸は賽の河原、幼い子供たちが幾重にも川の石を積み上げている。


「成仏できない君は、何に恨んでいる?」


 率直にトケルンが質問する。

「そんなこと、知ってるくせに~」

「恨んでなんになる? 恨んでも世界は変えられない。この世界を恨むと、お前の誕生日も否定することになる。それでもいいのか?」



 生は死と同一、死は生の生き写し。


 自分自身との出会いと別れ……。

 田中トモミ……佐倉トモミを忘れないか?




       *




「お兄ちゃん! ここからは二人だけの本当の闘いだよ。あたしが成仏するのが先か――」

 ナザリベスは岸へと歩いて戻っていく。

「――例え、あたしを成仏させても、世界の歴史は確定されているんだけどね」

「不完全性定理だっけ? お前は不確定性原理も知っているんだろ?」

 同じくトケルンも岸へ歩いていく。


「あたしはウソしかつかなーい!!」


 両手を腰に当てて、ナザリベスは笑顔を見せる。

「あたしたち、ようやく原点に帰ってきたんだよ!」

 次第にクスクスと……笑い顔に変わってしまう。

「いんや、違うぞ!」

「何が?」


「……ここは俺達が決別する場所だ! 俺とお前は、これからは違う」





 続く


 この物語は、フィクションです。




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