第10話 だって、あたしはウソしかつかないから……


「トケルン? 何考えてるの……」

 岡山県N市の無人駅から瑞槍邸みずやりていへと向かう山道で、杉原ムツキが道の先に見える空を眺めている。

 彼の表情が暗く見えたチウネル――深田池マリサが少し心配したのか尋ねた。

「……俺が病院で臨死体験ってやつを経験したときに、三途の川でナザリベスと謎々対決したときを思い出していた」

「ああ、あのときの……トケルン、大変だったよね」

「チウネルよ……号泣したな」

 クスッ……。

 杉原ムツキが思い出し笑い。

 刹那――、


 ボコッ


 深田池マリサのこぶしが、彼の肩をたたいた。

「だから、暴力はよせって」

 叩かれた自分の肩を摩りながら、横目で軽蔑する杉原ムツキである。

「心配したんだからね」

「……わかってるって、あのときは……ありがとだ」


 それでよろしい――と、深田池マリサが大きくうなずいて納得した。




       *




 自分が短命であることもわからず。

 自分が幽霊になって、それを知ってしまった7歳の女の子――ナザリベス。


 両親の離婚は、自分が生まれてきたからではなくて、

 自分が短命であることを、両親が知ってしまったからかもしれない。


 幽霊になってナザリベスは知ってしまって……何なのだろう?

 この短かったけれど、過酷な人生は……。


 生まれてきて良かったの?

 生まれてこなければ良かったの?


 幽霊になって、必死で実在しようとしたナザリベス。

 死んでから「死ぬに死に切れない」というこの腹立たしさ――




       *




 三途の川――

 生死を彷徨さまよったトケルン――杉原ムツキが辿り着いたその川の岸に、ナザリベスが立っている。


「あたしは、もうとっくに死んだんだけどね……」

 ナザリベスはうつむいて川面かわもを見つめる。


「じゃあ、お前のひつぎを誰が持って、誰が支えたと思う?」

「棺……? あたしのお葬式のこと??」

「パパとママだろ?」

「……出棺」


「……思い出しちゃった」

 ナザリベスは思い出す。

 自分のお葬式を思い出す。


「みんな、黒い服を着ていたっけ……」

「みんな、泣いていた……」


「あたし、幽霊になって自分のお葬式を、上からずっと眺めてて――」

 自分のお葬式を俯瞰ふかんして見てしまうなんて、地獄を見た気分になったっけ――。




       *




 ナザリベスが、生前の思い出を回想する――。


 見えてくる両親の会話。

 よくは聞こえない。

 もう聞きたくもない……。


 思い出の川――


 ママがいる。パパもいる。


「ねえ? トモミちゃん」

「な~に、ママ?」

「謎々を出してあげるね」

「謎々、あたし大好き~」


「川は、何故なぜ流れていると思う?」

「……わかんない」

「なあ、トモミ」

「な~に、パパ?」


「魚は、何故泳いでいると思う?」

「え~! 謎々、難しいよ~」


「じゃあヒント! 川は流れているから川だよ」

「魚は川があるところでしか、泳げないよ」




       *




 ナザリベスが三途の川を、生前の思い出の川と重ねて眺めてしまう。


 ママとパパは笑顔で、あたしを見続けたっけ?

 あたしは、謎々の答えがまったくわからなかったっけ?


「ナザリベス! お前が謎々にこだわっている理由、その原点が……これだ!」

 後ろから、トケルンが指摘する。

「どういうこと、お兄ちゃん?」

「川は流れなければ、魚は川の中で……。お前のパパとママは、お前の一生を――」

「それって、あたしの『人生』のこと?」


「残り少ない命に、どうか私たちを恨まずに死を受け入れてほしい。パパとママは、お前に一生というものは、こういうものなんだと、伝えたかったんだ」

「こういうもの……人生が?」


「ナザリベス、君の寿命は7歳しかなかったんだ――」

「……だから、ママとパパ。謎々の後に泣いていたんだ」



 

「 ママ パパ あたし 死なないよ 」


 病院のベッドに横たわるあたしが……二人に

 ママとパパに言った……

 あたしの最期の言葉――

 精一杯のウソだった


 だって、あたしはウソしかつかないから……




       *




 三途の川――

 生死を彷徨さまよったトケルンが辿り着いたその川の岸に、ナザリベスが川面から顔を上げた。


「あたしなんて、生まれなければよかった……」

 幼い幽霊の、寂しそうな表情だった。

「お前のその言葉はウソか? お前はウソしかつかないんだろ?」

「あたしを死なせた世界を、あたしは壊したい――」

「お前の人生はウソだったのか―― お前の人生はウソでいいのか?」


「お兄ちゃん……」

 トケルンからの難解な質問に、あっさりと返答し続けるナザリベス。

 川の岸から彼の元へと近づいていく。


「人生のウソってなんだ? 俺はホントの人生は見たことがないけれど……」

 トケルンは、人生というものの正否せいひをナザリベスに問う――。

「君の人生のウソは、ウソじゃなかったんだと俺が言ってやる。みんな……自分の人生を生きているだけでいいんだから」

 その言葉は、幼くして病死したナザリベスへの彼から励ましだった――。

 謎々が大好きなナザリベスへ、彼らしく謎々にそれを込める。


「……ほんと? ほんとに? ホントにホントに……お兄ちゃん?」

「ナザリベス……田中トモミ。この彼岸ひがんも不思議だけれど……、俺たちが生まれてきた此岸しがんも同じようなものだ」


「どういうこと……お兄ちゃん?」

 ナザリベスはトケルンを見上げて――すると、彼もナザリベスを見る。



「生きて死ぬ……。墓参りで会える……。死んで会える。死んで生まれ変わる。生まれ変わって再会する」

 トケルンからの難解な説明が続いて……、最後に彼はこうまとめるのだった。



「これが、自分の人生だった」





 続く


 この物語は、フィクションです。


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