第14話 幕間 迷子のナザリベス――後編


 まもなく終点名古屋です……


 窓際の座席を見た。

 ナザリベスはいなかった。


 ……なんか、よかった。


「よくないですよ! お客さん!」

 見上げると車掌がいた。

「ちょっと、なんで、こんなに散らかすんですか? サンドウィッチだってパンくずがこんなにも……」

「俺じゃないですって!」


 ……ナザリベスだな。


「お客さん困りますって、車内でこんなに汚しちゃ!」

「はあ、どうもすみません……」


「車内清掃サービスに、ご協力ください……。車内清掃サービスに、ご協力ください……」

 丁度のタイミングであった。

「あの、これを、すみません……」


 チッ (舌打ちばっかりだ!)


「あの、私じゃないんですよ。隣にいた女の子が食べちらかしたんです」

「あー? お客さま、いないじゃないですか? まったく! 自分の娘もまともにめんどう見られないなんて……」

 などと言いながら、座席周辺のゴミを集める。


「私の娘じゃないですって」

「ウソおっしゃい!」

「ウソじゃないですって。他人です」

「わが娘を他人と! ああ……」


「あの、お客さま? 苦情はこちらへ」

 名刺を渡された。

 見ると深田池ふかだいけと書かれていた。


 ――名古屋駅に着いた。

 改札を出て、すぐの階段を上がって自分はしばらく駅中を歩く。

 少し開けた空間の場所、桜通口の時計台の広場まで来た。


「……いつものように、みどりの窓口で切符を買うか」


 するとである……。


「ねえ! お兄ちゃん!」

 まただ……子どもだ。

 自分の足元に、しがみ付いている子どもがいることに気が付いた。

 でも見たくない。

 だから見なかった。


「ねえってば! お兄ちゃん!」

「……」

 無視しよう。


「……」


「……」

 無視……。


「みんなー! ここにいるお兄ちゃんが、あ・た・しを、ゆうかーい!」

「……わ、わかったから! それ以上言うな! ついでに大声でも言うな!」


「あたし、飛騨高山へ行きたいんだけどさ」

「知りません」

「ねえ、ねえ、ねえって?」

「知りません……」


「あ・た・し、この、お兄ちゃんにゆうかーい!」


「わかったから、それ以上言うな」

 やっぱし見ることにした。


「じゃじゃーん!!」

 またお前か。

 新幹線で迷子のまいごの女の子――田中トモミがいた。


「お兄ちゃんは、これから何処へ行くの?」

「教えない」

「ねえ?」

「教えないって」


「ねえ! みなさーん!! この、お兄ちゃんがさー。あ・た・しをさー! ゆ・う・かーい!!」


「まいった。だから、もう、二度とそれ以上言うな。わかったから、話すから……」

「じゃじゃーん!! で、どこ行くの?」

 ……しょうがない。いつものあの場所、小京都でも行ってみようかと。

「高山、飛騨高山だ!!」


「すごーい。あたしといっしょだ!」


「ウソつけ! お前の目的地は名古屋だったろうが!」

「ううん。ちがーう! 名古屋から高山本線に乗り換えだよ」

「お前、ウソをついたのか?」


「じゃじゃーん!! あたしはウソしかつかなーい!!」


「……ところでお前、昨日一泊どこへ泊まったんだ?」

「ん? ここだよ」

 駅中のホテルを指さした。

「なんで、女の子1人で泊まれるんだ?」

「それは、お兄ちゃんを保護者にして、お兄ちゃんのリュックの中にあった身分証を……」

「……ああ、もう聞きたくない。お前は知恵が効くな……っていうか身分証を返せ!」


「――ねえ? どうせ同じ特急なんでしょ。しかも自由席に」

「お前とは行かん」

「ええー!」

「行かないって? 同じ方向なのに。同じ特急なのに」

「同じとは限らないだろ!」

「……ぐずん」


「たのむから泣かないでくれ!」




       *




 ――JR名古屋駅の改札をくぐった。


「ねえ? お兄ちゃん特急が来てるよ」

 自分は慌ててワイドビューひだに乗り込んだ。

「あたし窓際がいい」

「はいはい」


「コーヒーにお茶、サンドウィッチに…… (高山本線に車内販売はありません)」

 また聞き覚えがある……。

「お兄ちゃん、あたしは今度はポテチのコンソメね」

「今度はって言うな!」

「お客さま早く~、早くしないとこのポットにある、ホットコーヒーが冷めてしまいますので」

「いや、それ冷めないようにしてあるんでしょ?」

「ええまあ……」


 チッ


「おい! お前はなんだ?」

「私ですか? 私は佐倉川さくらがわと申します」

「お前、あの時の!」

「ああ、あの時の。あーらぐうぜーん。お客さま、奇遇ですねー」


「お前のその態度はなんなんだ!」

「お客さま、苦情はどうぞこちらへ……」

 名刺を渡された。


「言っときますけど、私を訴えるのであれば、そのお連れのお嬢ちゃんとお客さまの関係を暴露しちゃいますよ。いいですか? 私の見た限りそのお嬢ちゃんは、お客さまのお子様ではないですね。え? 何で分かるんだって? それはJR特急で、そのお嬢ちゃんは隣にいなかったからです」


 やっぱし、あの時の人だった……。


「お客さま、これ以上はお騒ぎにならないほうがいいかと」

「それはどういう?」

「車内販売を続けること十数年、幾人ものお客様のような人を見てきては通報してきました」

「どういう意味?」

「お客さま、お騒ぎにならないほうが身のためです。そう、私がこのまま見て見ぬ振りをすればいいだけなのですから」


 じゃあ、さっさと行ってくれ――


「……ねえって! あたし、ポテチの関西だし醤油」

 変わっとるがな!

「お兄ちゃん! 買って買ってー!」

「ああ、迷子なまいごなお客さま、ああ~」

 なんなんだ?


「車内清掃サービスに、ご協力ください……。車内清掃サービスに、ご協力ください……」


 また、誰か来た……。


「佐倉川さん、どうしたの?」

「深田池さん! 実はね、カクカクシカジカ……」


「えー! この迷子なまいごなお客さまが、このお嬢ちゃんをゆうか……」

「だから、それ以上言うな! 間違っているから。違うから」

「怖いですね、深田池さん!」

「佐倉川さん! これ、あれしかないよね?」

「ええ、あれしかないです」


 何、あれって……?


「――車両の緊急停止。そんでもって特殊部隊が車両を包囲。この車両は電源を落とされ、特殊部隊が扉をこじ開けて突入。この車両に特殊部隊から催涙弾を打ち込まれ、混乱するお客さま」

「伏せてください。伏せてください! という叫び。誰もが混乱! その中で!」


「うぇーん、うぇーん。と泣き叫ぶ、お嬢ちゃんの声。ここだという特殊部隊の声! お客様は……」

「ああ、もうだめだ。ここまでか。へへっ! せっかくお嬢ちゃんを独り占めして 『ムフフでちょめちょめ』なことを、したかったのに」


「了解、本部からの許可が下りたぞ! よし行け! 特殊部隊が防弾盾を持って、お客様に迫って来ました!」

「ああ、いけません! お客様!! それはだめですって!」


「へへっ! こーなったら、このプラスチック爆弾で、この列車もろとも……」

「お、お兄ちゃん。あたし死にたくない。はあん! お客様の胸がドキュン」


「あ、あたし死にたくないよ……」

「もう言うな、すまない。俺が全部悪いんだ。すまない……」


「ねえ、お兄ちゃん? 何だ?」

「最後に1つだけ、お願いがあるの……」


「ああ、聞いてやる。お前にはすまないと思っているからな」

「あたし、ポテチが食べたい……」


「……というわけで、ポテチの関西だし醤油、うす塩としあわせバターをセットにしていかがですか?」

「お前! この仕事に絶対にむいていないぞ! 努力の方向が間違ってるぞ!」

「苦情はこの名刺を、私は佐倉川と申します。これでも日々お客さまの安全を……」

「ああ、そうですか」


「あと、食べ終わった袋はゴミ箱へ! 車内清掃にご協力くださいね」

「深田池さん、お前もか!」




       *




「改めて、お客さま? もしかして、この子は?」

「保護者です。私の子どもですって、娘のトモミです。小樽川トモミです」


 俺はウソしかつかなーい!!


「はあ? 小樽川トモミちゃん。ですか?」

 佐倉川さんと深田池さんは、胸の前にあった学生証を2人揃って見つめる。

「あの……お客さま? 失礼ですが、お嬢ちゃんの学生証には『ナザリベス』と書かれているようですが?」

「へ?」

 自分も見た……本当だ。

 胸の前の学生証の名前は『ナザリベス』だった。


「こ、これ娘のいたずらですよ。そ、そうだ! 私の身分証をどうぞ!」

 慌てて自分の身分証を見せた!

「……ああ、はい。そのようですね」


 チッ  (もういいわ!!)


「あの、この子にポテチを」

「まあ! どうも、お買い上げありがとうございます」

「では、良い旅を……。コーヒーにお茶、サンドウィッチに吉備団子。もみじ饅頭にカステーラ。……飛騨高山名物の『さるぼぼ』はいかかですか~」

 飛騨高山に着く前に『さるぼぼ』売ってるの?

「ほら、ナザリベス! またポテチを買ったぞ!! 良かった…な……」


「……お兄ちゃんを、あたしは、いつも見守ってるか……ら……」


 って、ナザリベス! 寝てるやないか!




 まったく、毎度のまいどのナザリベスである――





 続く


 この物語は、フィクションです。



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