第29話 ナザリベスはフィクションです?


「……ナ、ナザリータさん。どうしよう?」


 大広間の迷路を戻り、応接間に返ってきた深田池マリサがメイドの四条トモミに相談する。

 依頼を引き受けたから先行して女の子の幽霊を探していたのが、問題化してしまった。

 この場合、その幽霊が悪戯いたずらして以前のゴーレム騒動みたいに部屋中の物を散らかしてしまったとは違う。

 深田池マリサの相方……何でも解けるトケルンが、謎々を解けるがゆえに先走って迷路を抜けて、奥の扉から階段を上がっていったことが問題になってしまった。


「トケルン……、あんた絶対にどつくから……」

 彼女の恨み節は説教ではなく、暴力にまで発展しそうだ。

「チウネルさん……ま、まあ、トケルンさんはこの大広間の迷路を迷うことなく進めたことは良かったです」

 瑞槍邸で働くナザリータこと四条トモミ、ここは冷静にメイドとしてのサポーターの役割をまずは思い出す。


「チウネルさん、心配したよ……」

 二人のもとへ近寄る佐倉川カナン、

「……カナッチ、トケルンが」

 大変な行動を起こしちゃった……と彼女のもとへ詰め寄ると、そのまま腰を落として絨毯じゅうたんの床に座ってしまう。

「トケルンめ……」

 拳を握りしめて力を入れる佐倉川カナンである。


「お、お二人は……ここで待機しておいてください」

 四条トモミがエプロンのポケットから取り出したのは鍵だった。

「この鍵がなければ2階の部屋は空きませんから、恐らくトケルンさんは2階の奥の廊下にいることだと思います」

「そ、そだよね! 部屋は密室状態だって聞いていたから、中には入っていないんだよ」

 チウネルが「カナッチ、どうする?」とメイドの指示通りにして応接間に待機するか否かを尋ねた。


「……あいつ、身勝手にもほどがあるってーの! 追い掛けましょう、チウネルさん」

 彼女の手を取って、床から立ち上がらせようとする。

「追い掛けるって……また、この大広間の迷路の中に――」

 扉から中を覗く深田池マリサ、明らかに腰が引けている。


「大丈夫です、チウネルさん」

 そこへ、四条トモミが――、

「いったん、応接間から玄関へ向かいましょう。それから2階に通じる階段を上って、ご主人さまの亡くなった一人娘さまの部屋の横から、奥の部屋へと通じる廊下があります」

 つまり、2階の奥の部屋へ行くルートは他にもあることを教えてくれた。


「ああ、ナザリベスちゃんの部屋の横から行けるんだ」

 そうすれば、再び迷路を通らずにすむんだと、深田池マリサが急に元気を取り戻す。

「じゃあ、ナザリータさん! そっちからトケルンのところに行きましょう」

 と、佐倉川カナンの顔を見る。

「ナザリータさん! 私たちも一緒に行きます」

 二人は、お互いの手を握って決心した。


「……ということは、応接間で待機はしないと?」

「はい、もともとはチウネルとトケルンが先に捜索したことが原因ですから……」

 申し訳ないという気持ちから、深田池マリサが頭を下げて謝った。


「か、顔を上げてください!」

 客人に謝らせてはいけないと、メイドの職責を思い出す。

「わかりました……では、皆さんでトケルンさんの所へ向かいましょう」


 二人が「はい!」と返事をすると、四条トモミは大事そうに鍵を握る。




       *




「カナッチ?」

「なに、チウネルさん?」


 玄関の横に螺旋状に上へと通じる階段を上る深田池マリサと佐倉川カナン。

「ところでさ、どうしてナザリベスちゃんのお墓に先に行きたかったの?」

 無人駅から別行動をとった佐倉川カナンに理由を尋ねた。

「ああ……その話ね。……なんていうか、ナザリベスが亡くなったことを確認したかったというか」

「ナザリベスちゃんが……もうだいぶ前に亡くなっているんだよ」

 幼くして病弱になり、そのまま力つきたナザリベス――田中トモミである。


「でもね、私もチウネルさんもナザリベスと会ってきたじゃない……幽霊としてだけど」

「そだよ……」

「なんだか、本当は生きているんじゃないかって、不思議な気持ちになってこない?」

「……確かにね」

 深田池マリサが頷くと、

「こんなこと言ったら怒られるけど……、実はすべてエルサスさんの作り話で、ナザリベスは今も瑞槍邸でくらしている……」

 なんてことを想像していたら、ナザリベスのお墓を見たくなったの……と佐倉川カナンが眉尻を下げて小さく笑った。


「カナッチさまも、ナザリベスちゃんにお会いになったことが?」

 二人の後ろから階段を上ってくるメイドの四条トモミが尋ねる。

「まあ、二人ほどは会っていなけど……ナザリベスを見たことは何度かあります」

「……そうなのですね」


「ナザリータさんは、ナザリベスちゃんを見たことはないんですよね?」

 深田池マリサが尋ねると、

「はい……。先程大広間でナザリベスちゃんのお声は聞きましたけれど、姿はまだです」

 四条トモミは「どのような……お姿なのですか?」と彼女に聞く。

「金髪の普通の女の子ですよ!」

「……金髪、あたしと同じですね」

 自分の髪を触るメイドである。


「なんだか、愛着を持てそうな気がしてきました……。でも、幽霊にそういう気持ちをいだくのは……」

 四条トモミが「少し変ですね……」と、言葉を付け足してから苦笑いしてしまう。

「……あ、田中トモミさまのお部屋が見えてきました」

 表情を真顔に戻してメイドが指を差した先には、ナザリベスの部屋がある。


「懐かしいな……ナザリベスちゃんの部屋」


 最初、チウネルたちが瑞槍邸に来たときに、ナザリベスと追い掛けっこをして自らこの部屋へと逃げ込んだ記憶を思い出す。

 それから、ナザリベスが幽霊なりに生き返って両親と再会した感動の場面も同じく蘇ってきた。





 続く


 この物語は、フィクションです。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る