第31話 生きているメイド


「確か、ナザリベスちゃんの大切なものがこの部屋の中にある……というのが謎々の答えだったのでは?」

 ナザリベスが出題した謎々は、自分はこれから何処に向かうか……という趣旨のそれだった。


「あたしは、『2階の部屋』って言ったんだけどね」

 ナザリベスが両手を腰に添えて、なんだか誇らしそうな表情になった。

「……つまり、この部屋ではないということですか」

 瑞槍邸の2階には多くの部屋がある。

「そうだよ、引っ掛け謎々だったんだ!」

 クスクスと笑っている……。


「ナザリベスちゃん……あなた、トケルンさんを騙したの?」

「騙したっていうか……あたしがその部屋に入るとことを目撃させたら、お兄ちゃんたち絶対に部屋に入りたがるだろうなって……そう思ったからだよ」

「……どうして、そんな意地悪を?」

 四条トモミが疑問に思うのは当然だろう?

 ご主人さま――エルサスさんの一人娘を写真で見て想像していたのとは違い、今ここにいる幽霊の一人娘はちょっと性格にトゲがあると感じたからだ。


「じゃあ、メイドのお姉ちゃんに謎々だよ~」


「ナザリベスちゃん、ふざけないでください」

 相手が女の子の幽霊であるけれど、その正体はご主人さまの亡くなった一人娘である。

 本来、叱るという行為が許されないメイドだけれど、さすがにイライラしてきた。


 トケルンもチウネルも、カナッチも、

 ナザリベスのこのやんちゃな正確に翻弄ほんろうされたんだ……。


「あたしの大切なものがある部屋は、どこでしょう!」

 怒られていることを気にすることなく、ナザリベスが謎々を出してきた。

「ナザリベスちゃん、めてくださいませ!」

 話を聞いてくれない女の子の幽霊に、手をやくメイド……。


「さあ、お姉ちゃん! 答えは~?」

「……もう」

 エプロンを握る手に力が入ってしまう。

 そして――、


「じゃあ、答えます。……たぶん、田中トモミさまのお部屋ですか?」

 なんとなくだけれど、答えてみた。

「それは、何で?」

 ナザリベスが説明を求めてきた。

「理由ですか? ナザリベスちゃんにとって大切なものがあるとすれば、それはあなたの部屋だと思ったからです」

 メイドとして1年以上は勤めてきた瑞槍邸の2階の部屋、そのほとんどが施錠されていた。

 けれど何故か、一人娘の部屋だけはいつも開いていた。

 中に入って掃除をしながら遺品だろうそれらを見て、ご主人さまも懐かしんだのだろう。


 亡くなった一人娘の部屋に鍵を掛けてしまうと……娘が入れないと感じているのかもしれない。


 ――それを思い出した、四条トモミである。


「メイドのお姉ちゃん、正解だよ!」


 ナザリベスは「こっちだよ!」と手招きしてから、廊下の向こうへと駆けていった。

「ナザリベスちゃん……」

 四条トモミの足は自然と動いた。


 向かう先は勿論――ナザリベスの部屋。




       *




 ナザリベスが自分のベッドの上に座っている。


 ドアの前でナザリベスがいることを確認すると、

「入りますよ……」

 四条トモミは部屋の中へと歩いた。


「メイドのお姉ちゃんと、あたしはお話ししたかったんだよ……」

「あ、あたしと……ですか?」

 四条トモミは驚きながら、ベッドの隣に置いてある椅子に腰掛ける。

「うん!」

「どうして……でしょう?」

 自分とはまったく面識がないはずなのに、話がしたかったというのはどういう意味か?


「この瑞槍邸を売るってこと、知ってるよね?」

「ええ、ご主人さまから伺っていますから」

「だから、あたし……それを知って泣いていたんだよ」


「だ、だから『女の子の泣き声がする』と、ご主人さまが仰っていたですね……あなただったんですか」

 幽霊騒動の発端、女の子の泣き声の正体はやはりナザリベスだった。

「ナザリベスちゃんは、この瑞槍邸に愛着があるんですね」

「あたしが生まれ育った瑞槍邸だもん……」

 両足を前後に揺らしながら、ナザリベスはそう寂しく語る。


「あたし、幽霊だけどね……」

 

「寂しいと感じたから……泣いていたんですか?」

「うん……」

「お優しいですね……」

 四条トモミは、こう考えていた。

 ナザリベスが泣いていたのは瑞槍邸を売られたくなかったからだと、自分が泣き声を出せば誰も気味悪がって買おうとは思はないだろう。

 しかし、そんな意地悪な気持ちとは真逆で、女の子は純粋に泣いていただけだと――。


「トモミさま、しかたのないことですよ」

 四条トモミはナザリベスの名前――トモミと言った。

 なんだか、幽霊ではなくて生きている女の子に感じられてきたからだ。

「ご主人さまもこの山荘で、一人で暮らしていくには広すぎると仰っていました」

「そうなんだ……」

「それに、年齢を重ねていくと体力も衰えてきて、山荘の中を移動するのにも苦労しますと……あなたが生きていたころは楽しかったはずです」


 もしかしたら……ご主人さまは、亡くなった一人娘の思い出をいつまでも思い続けてはいけないと、そうお考えになったのかもしれない。

 幸いお墓は移築しないから、そちらで娘に会えればいいと……気持ちの整理をつけようとしているのだろう。

 そうかもしれない……けれど、トモミさまにそれを言っては……。


「トモミさま……あなたの『大切なもの』とは、あなた自身の気持ちなのですか?」

 それが、トケルン――杉原ムツキに出題した謎々の答えなのかもしれないと感じた。

「メイドのお姉ちゃん、すごいね……大正解だよ」

「正解ですか……」


 ナザリベスの解答、とても素直な気持ちだと四条トモミは思った――


「ねえ? メイドのお姉ちゃん……」

 ナザリベスが顔を上げる。

「はい?」

「メイドのお姉ちゃんは、瑞槍邸が売られることが決まったら……どうするの?」

「そうですね……」

 四条トモミはあごに人差し指を当てながら、メイドとしての契約満了後のことを考えた。


 しばらくして――、

「ご主人さまは『なんだか売れそうにないな……』と仰っていましたから、あたしもしばらく瑞槍邸でメイドのお仕事をすることになるかと」

「ほんと……?」

 ナザリベスの表情が一気に明るくなる。

 その可愛い笑顔を見ながら四条トモミは、


「ナザリータは、嘘しかつきません!」


 これ、偶然か?

 ナザリベスの口癖「あたしは、嘘しかつかなーい!」を真似まねてから微笑んだ。

「んもー! ナザリータってずるーい!」

 頬っぺたを膨らませてしまう。


「さあ、ナザリベスちゃん! トケルンさんたちに会いにいきましょう!」

 四条トモミが椅子から立ち上がって、ナザリベスに手を差し出す。

「そうだね、ナザリータ!」

 彼女の手を両手で握って、ベッドから降りる。



 ナザリータ――四条トモミは、ナザリベスの大人ヴァージョンではなかった。

 見た目はナザリベスの大人のように見えるけれど……違った。


 瑞槍邸で働く、生きているメイドである――





 第三章 終わり


 この物語は、フィクションです。




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女の子の幽霊ナザリベス ついに、大人ヴァージョンが登場! ……って、どゆこと? 橙ともん @daidaitomon

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