第13話 毒をもって毒を制す
僕は席を立つと中庭の方へと行き、窓を開ける。
そこには木からプラーンとぶら下がるムーランがいた。
「ムーランちょっといいかな?」
僕がそう声をかけると体を揺らして振り子のように揺れる。こちら側へ揺れた時に糸を切り、肩へと着地した。
「器用だね?」
嬉しそうに体を揺らしている。
さっき吐き出したこの子の血を口に含む。
それを流し込んだ。
「ふぅ」
「先生! それは、さっきのうちの子の毒じゃないんですか?」
それはその通り。ただ、僕の考えが間違っていた場合、苦しめてしまうかもしれない。だから、僕はこの方法を自分の体で試すことにした。
少し時間が経つと体が重くなってきた。
あぁ。失敗した。
全部準備してからやるんだったねぇ。
「ユキノさん。食塩水作ってもらえる?」
「ショクエンスイってなんですか!? せんせー! 大丈夫ですか!?」
「しょっぱい粉あるでしょ?」
「あっ! ソルトですね!」
「ソルトだっけ? それを台所にある鍋へ水を入れて沸騰させて、ソルトをスプーン二杯混ぜて良くかき混ぜてちょうだい」
「わかりました!」
すぐに奥の方へと行くとガチャガチャと何かやっているのがわかる。一生懸命食塩水を作ってくれているのだろう。
この世界のコンロは魔石コンロだ。冒険者の人達が手に入れてくれた魔石で動く魔法のコンロ。そんな不思議なもので食塩水を作るなんて杞憂な人生だなぁ。
「グツグツしましたぁ!」
「ソルトを混ぜてかき混ぜて。終わったら飲めるくらいまで冷まして……」
ヤバい。目がかすんできた。この毒、遅効性だとおもっていたけど、飲むと即効性があるのか。体内に入ってからの方が遅いなんて。
見誤ったねぇ。
「冷めましたぁ!」
「?……早いね?」
「飲む分だけ冷ました方が早いですよね?」
はははっ。ユキノさんは凄いなぁ。こういうときにそんな機転がきくなんて、僕より頭の回転が速いんじゃないかな。
それはとてもいいことだよ。何かあった時、瞬時に判断できる。頭の回転が速いのは良いことしかないよ。
「ムーラン。ちょっと毒垂らして?」
このお願いには少し逡巡したみたい。大丈夫だよ。ムーラン。勝算はあるんだ。
ジィと見つめていると器の所に歩いてきて、毒を一滴たらした。瞬く間に紫色となり、毒ですと視覚情報からも告げてくる。
コクリと頷き、ムーランを撫でる。体を震わせて心配そうに肩に乗ってきた。何かあればムーランも僕を助けてくれようとしているのかもしれない。
それはとても心強いなぁ。
器に手をかけると、一気に口へと流し込んだ。
「ぐっ!」
喉の奥が圧迫されるような感覚に襲われる。体が熱い。焼けるようだ。胃が異様に熱い気がする。
このまま死ぬのかなぁ。僕はまだまだやりたいこともあったし、人を助けなきゃいけなかったのになぁ。目がもう開けていられないや。
あぁ。瞼が下がっていく。もうダメなのか。
この患者さんだけでも救いたかったなぁ。
このやり方がダメだったかなぁ。
暗くなった。何も見えない。ただ、体が物凄い熱を発しているようだ。灼熱地獄にいるみたいに熱い。
『先生は、世界を照らす光になって!』
そう声が聞こえる方向を向くと、光が指しているように感じる。そっちに光があるんだ。僕は手を伸ばしてその光へと歩を進めた。
光の向こう側には。
「せんせい!?」
段々と光が見えてきた。瞼を開くとユキノさんの顔があった。
目には涙を溜めて、心配そうにこちらを見つめている。
自分の手を閉じたり開いたりして動きを確かめる。鏡を見て、自分の瞳孔や顔色を確認する。うん。正常な状態に戻ったみたいだ。
「どのくらい倒れてた?」
「ぐすっ……五分くらいだと思います」
「そう。成功だ。同じものをこの子にも飲ませよう。さっきの水をもう一つ持ってきてちょうだい」
「はいっ!」
同じような器に冷ました食塩水を持ってきてもらう。
そこにまたムーランの毒を垂らしてかき混ぜる。
これでいいだろう。
「口に薬を入れるよぉ? ちょっと苦しいかもしれないけど、必ず治る。大丈夫だから飲んでみようねぇ」
声をかけながら、少し少年の頭を上向かせてそこへ水を流し込んでいく。少し辛いかもしれないが、少しの辛抱だ。頑張れ。
体を抑えてもがいている。大丈夫だ。さっきは僕も大丈夫だったんだ。いけるはず。
そう思っていたが、五分を経過しても熱が下がらない。
もがき苦しんでいる時間は終わったようで、今は静かにベッドの上へと寝ている。
もしかして、失敗したのだろうか。嫌な考えが胸をよぎる。
あの子もこのくらいの年だったよねぇ。
手術でのミスだったんだから、なんとかできただろうに僕はあの時さじを投げた。
一番やってはいけない、最低のことをしたんだ。
今回の事例ももしかしたら腕を切り落として助けるのが一番よかったのかもしれない。
それは、試行錯誤しなかった中での一番いい方法だ。
何が一番いいと思う?
解毒できるのが一番いいんだ。
僕は、そう信じて実行に移した。
きっと大丈夫。
少年の手を取り、その手を包み込む。
「帰ってくるんだ。まだ君はいってはいけないよ。体内の毒はもうないはずだ。こっちに戻っておいで」
祈りをささげる様に祈った。
その時間は五分だったかもしれないし、数時間たっていたかもしれない。長いような沈黙の時間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます