第41話 命の大切さ

「僕の提案は、奥さんを石化させてしまう事です」


「石化!? 妻を殺せというのか!?」


「確証はありませんが、ストーンヒルにより石化している間は元の体の時間は止まると考えています」


 この前の石化でヒビが入った時、石化を解くまでは出血もしていなかった。ということは、細胞の時間を止めることができるのではないか。


 僕はそのように仮説をして、息を引き取ってしまったら責任を取るしかない。この世界での責任というのがどうかは分からない。


 けど、旦那さんが思うがままに。僕に死ねと言われれば死のうとさえ思っている。斬り伏せてくれて構わない。


「現状は、それが今の所生きられる確率が高いって思ってるってことか?」


「そうです。助けられなかった場合は、責任を取ります。もう奥さんは戻ってきませんが、旦那さんの思う罰を僕に与えていいです」


「せんせー!?」


 僕のその言葉には、一緒に来ていたユキノさんが声を上げた。流石にここまでの話はしていなかったから驚いたみたい。


 狼狽えているユキノさんの目を見て、僕は笑顔でこくりと頷く。大丈夫だと。最悪の事態にはならないと心で語り掛ける。


「どうですか? 賭けてみますか?」


「そう……ですね。妻が助かるのなら、賭けてみます」


「では、さっそく石化に取り掛かります。ライトグレー家族、お願い」


 ベッドで寝ている奥さんの所へと向かうとストーンヒルを解き放つ。そして、グルグル回り出すと段々と石化していき、少し待つと完全に石化した。


 小さなストーンヒルが何やら小突かれている。どうしたのかと思っていると、ライトグレーの子供達が捕食しようとしてしまったみたいだとムーランが動きで伝えてくれた。


「帰ったらご飯あげるから食べちゃダメだよ?」


「おい! 本当に大丈夫なんだろうなぁ!?」


「大丈夫です。問題ありません」


 ストーンヒル達を回収すると、魔方陣のあった部分を確認する。魔方陣は石化したことにより、一時的に消えているようだ。思った通りの効果が出ているみたい。


 後は、日数が経過してもそのまま石化しているかどうかの観察に来よう。


「三日後、またお邪魔して経過観察を行います。それで、問題ないようであれば、戻ってきたゴリミヤに依頼を出して魔吸粉の取得に取り掛かります」


 僕が、冷静に話を進めていたことで旦那さんも冷静さを取り戻したみたい。


「取り乱して、すみませんでした。不測の事態でも冷静に対処しなければいけない。それは、冒険者でも常識のはずなのに、それができない。だからはいつまでもDランクなんだ……」


「僕は、結婚をしたことがなければ、女性と親しくしたこともほぼありません。そんな僕がいうのもなんですけど、奥さんはDランク冒険者の旦那さんを好きになったんでしょうか?」


「どういうことですか?」


「旦那さんだから、好きになったんじゃないですか? 他に強い人は沢山いる。それでも、旦那さんを選んだ。なにか選んだ理由があるんですよ。だから、自信を持っていいんじゃないですか?」


「そうでしょうか」


「三日間、奥さんとの時間を大切にしてあげてください」


「そうですね。過去の出来事を思い出してみようと思います」


 お宅を後にすると治癒院へと戻っていった。


「先生、罰って一体どうする気なんですか? もし、亡くなってしまって、あなたも死んでって言われたらどうするんですか?」


「死ぬよ」


「!?」


 僕があっけなく答えたことでユキノさんは絶句した。そして、目を吊り上げた。これは怒らせてしまったみたいだ。


「先生! 先生ともあろう人が、命を軽んじていいと思っているんですか!?」


「僕の命は、患者さんの為にある。その患者さんが僕のせいで命を落としたとしたら。そして、患者さんの旦那さんに死ねと言われれば死ぬ。それはね、平等な命ゆえだよ」


 二人で横並びに歩いていたのだが、急にユキノさんが前に来て睨み付ける。

 怒鳴られるのだろうか。


 ──バチンッ


 左頬に衝撃が走った。

 このジンジンとする痛みは、ビンタされたみたい。

 そこまで怒っていたのか。


「治癒士の命が重いとはいいません。でも、患者さんの命が落とすのは病や、怪我のせいです。それを治療しようとする治癒士のせいではないと、私は思います! それに、命を落としてしまったら、これから救える沢山の命はどうなるんですか!?」


「それは、僕じゃなくても」


「ヤブ先生! まだわからないんですか!? この世界の患者さんを救えるのは、もはやヤブ先生しかいないんです! 死なれては困るんです!」


 ユキノさんの目からは涙が溢れ、顔を真っ赤にしている。

 僕の為にそこまで怒ってくれるのか。

 幸せ者だなぁ。


「ありがとう。そこまで僕のことを思ってくれて。さっきの患者さんは大丈夫だという気持ちがあったらああは言ったけど。命を軽んじたつもりはないんだ。だって……死ぬの怖いしね」


 目の前で震えているユキノさんの頭を思わず撫でてしまった。


「僕もずーっと命が長いわけじゃない。これからのこの世界の医療は、ユキノさんや、メルさんが受け継いでいってほしい。できる限り、僕の知識を教えていくからね」


「はいっ!」


 なんとか落ち着いてくれたみたい。

 本当は、患者さんの為なら僕の命は惜しくない。

 でも、今はユキノさんの思いを素直に受け止めよう。

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