第42話 帰還、そして、出発

 患者さんを石化してから三日が過ぎた。

 僕は内心ドキドキしながらも、その日の朝を迎えた。

 その日まであまり寝ることができなかった。


「ふわぁぁふぅ。そろそろ経過を見に行こうか」


「ヤブ先生、大丈夫ですか?」


「うん。大丈夫。さぁ行こう」


 少し不安を胸に抱きながらも治癒院を後にする。

 大丈夫なはずだ。

 そう思いながらも患者さんの家へと向かう足は重い。


 たとえ。

 石化状態で大丈夫だったとしても、石化を解いた後に亡くなっていることだってありえるんだ。

 今が大丈夫でもホッとできない。


 ──コンコンッ


 玄関のドアをノックする。


「はーい!」


 冒険者の旦那さんは元気なようでよかった。

 声の感じから憔悴しているみたいではないみたいだ。

 そうは思ったが、出てきた旦那さんを見たらそれが勘違いだったことを思い知らされた。


 玄関から出てきた旦那さんは、目の下にクマができていて頬がこけていた。これは、本当に心配で寝ることもできなかったのだと誰が見てもわかる状態だった。


「旦那さん、大丈夫ですか?」


「いやぁ、万が一妻が亡くなったらと思ったら、一時も無駄にできないなと思いまして。ずっと一緒にいました」


「ちょっと、奥さんの経過を見させてもらいますね」


 中へと入っていく。

 ベッドに寝ている状態の奥さんは三日前の状態と変わらない様に見えた。

 魔方陣の出ていた部分を見ると、魔方陣も出ていないし、特に問題はなさそうだ。


 触ってみても石そのもの。

 これは、大丈夫かもしれないとそう思えた。


「うん。問題なさそうですね。あとは、薬を作ったらまた来ます」


「はい。ヤブ先生、どうか、どうか。妻を治して頂けますよう。よろしくお願いします」


 深々とした礼を受け、自分の責任を再確認する。

 大丈夫なはずだ。

 あとは、ヤコブさんたちの帰りを待つだけだ。


◇◆◇


「せんせー。俺達を待っていたんだって? ギルドで聞いたぞ?」


 依頼を終えたばかりのヤコブさん達がやってきた。

 

「ご足労頂いてすみません。頼みたい依頼がありまして……」


「アタイらは疲れてる。また依頼料がないってんなら──」


「──報酬は、言い値で出します」


 僕がミナさんの発言を遮るようにそう言うと、眉間に皺を寄せて睨んできた。


「俺は、先生へ金を要求するようなことはしたくない」


「大将! そんなことも言ってられないだろう!? こっちだって体力使ってんだよ!?」


「それはわかってるけどよぉ」


 ヤコブさんの気持ちは嬉しい。

 でも、ミナさんだけじゃなくて、ギルドもそろそろ痺れを切らすだろう。


「ヤコブさん、いいんです。この前の石化を治す薬を作ったことで報奨金が出たんです。それは、僕だけの力では作れなかったです。ヤコブさん達にも分けたいんです。その意味でも、報酬を払わせてください」


 少し俯いて考えていた様子のヤコブさんがガバッと顔を上げた。


「わかった。報酬が出るってんなら、今すぐにでもいってやらぁ。内容は!?」


 さすがヤコブさん。僕が待っているということは、緊急の用だということが分かったのだろう。


「魔封薬を作りたいんです」


「!?……せんせー。そいつぁ、ちと骨が折れるぜぇ?」


「それは、聞いています。どのくらい報酬必要ですか?」


「ひゃ──」


「四百だ。だせるかい?」


 ヤコブさんは百万ゴールドと言うところだったのだろうけど、ミナさんがそれを許さなかった。僕として、別にかまわない。患者さんの為にお金はおしまない。


「ミナそりゃあ!?」


「アタイ達は命かけてんだ。魔封薬を作りたいってことは、魔吸粉が欲しいんだろう? ってことは、紛争地帯だ。普通の奴らは命を落とす。アタイじゃないと行けない。大将、ここは譲れないよ?」


 それは当然だろう。

 こっちは安全なところでヌクヌクしているんだからね。


「もちろんです。出します」


「せんせー大丈夫かい?」


「ヤコブさん、お気遣い有難うございます。でも、大丈夫です。出させてください」


「よしっ! わかった。ギルド行くぞ!」


 ヤコブさんが僕たちを引きつれてギルドへと赴く。

 扉を開けると受付嬢の下へと直行した。

 そして、ゴリミヤが脇に避けて僕が通る道を作った。


「今回の依頼の内容はわかっています。さすがに安い報酬では、受付ませんよ?」


「はい。話し合いまして、四百万ゴールド出すことにしました」


「そうですか。……少し高い気がしますが、それで交渉したのならいいのですね?」


「なんなら、今払います」


 僕は、受付嬢の払えるのか?

 という疑惑に満ちた目を見て今払おうかと思ったのだ。


「いえ、払えるならいいです。冒険者は基本成功報酬なので」


「ゴリミヤならやってくれると信じていますから」


 ヤコブさんへ視線を移して頷く。

 同様に頷いてくれた。


「俺達は買い出しして準備をしたら行く」


「えっ!? 今日出るんですか!? 明日でも!」


「ねぇちゃん。ヤブ先生のことなめてんのか? この人はなぁ、患者の為に命張ってて、金まで出してくれるんだ! 冒険者である俺達がそれに応えなくてどうする!?」


 ヤコブさんは、僕が命を懸けると言ったのをユキノさんからこっそり口のような形で聞いていたようだ。

 

 ユキノさんは留守番だったが、僕たちの出がけに何か話しているなと思ったら、この話だったようだ。


 ヤコブさんの剣幕に、受付嬢は顔を遠ざけた。

 勢いに圧倒されたようだ。


「ヤコブさんたちなら大丈夫だと思いますが、お気をつけて。命は大事にしてください」


「ハッハッハッ! 患者の命に、命を懸ける様なせんせーには言われたくねぇや」


「はははっ。確かにそうですね。ご武運を」


「任せとけ!」


 力強くサムズアップするヤコブさん。

 他のゴリミヤのメンバーも笑顔で頷いてくれた。

 なんだかんだ言ってみんないい人なんだよね。


 あとは、待つだけだ。

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