第40話 僕の提案

 ギルドからの道中に思いついたことを頭で整理してみる。前にみたあの状態は、そういうことだろうと思う。


「メルさん、ユキノさん、ちょっと相談があるんだ」


「相談相手がウチなんかでいいんですかぁ?」


 メルさんが怪訝な顔でやってくる。


「なんでしょう?」


 ユキノさんは一体何の相談だろうと思っていることだろう。


 みんな診察室の椅子へと腰を下ろす。

 そして、向かい合うとこちらへ視線を送ってきた。

 二人の目は、疑問でいっぱいだ。


「ちょっと思いついたことがあってね……」


 僕の思いついた仮説を伝えるとどんどん二人の眉間の皺が深くなっていく。そんなに絶望的なことを言っているだろうか。なんとなく行ける気がしているんだけど。


 そう思っているのは僕だけのようで、二人はあまり乗り気でないようだ。

 だけど、これしか方法はない気がする。

 こうなってくると、後は旦那さんに聞いてみようと思う。


◇◆◇


「旦那さん、ご報告なんですが、まず、奥さんの状態を治すには魔封薬というものが必要になるようです」


「あぁ、なるほど。その薬にはなにが必要なんです?」


「魔草と、魔吸草の花粉です」


「!?……それは……」


「今は、Aランクパーティは引き払っているそうです。ですが、この状態で生きられるのは、あと三日です」


 魔吸草の入手方法が困難なのはわかっているようだ。冒険者だから、それはわかっているだろう。だけど、これを言えば、結果は分かっていた。


「俺が行きます。今から行けばなんとか──」


「──奥さんに会えなくなりますよ?」


 旦那さんは、その一言でわかっただろう。

 命を落とす行為だと僕がわかっていると。

 それでも、眉一つ動かさず向かおうとする。


「僕も、先ほどまで自分の頼みの綱であるゴリミヤのパーティがいないということで絶望していました」


「だから、俺が行くって言ってるだろう!」


「Dランク冒険者が生きて帰ってこられる場所なんですか!? それは、あなたが一番よくわかっているでしょう?」


「だったら、どうしろっていうんだよ!? 黙って死ぬのをここで見ていろっていうのか!?」


 僕の胸ぐらを掴み、顔が付くほど近づけて怒鳴る旦那さん。

 気持ちは痛いほどわかる。

 絶望に打ちひしがれている時は、焦って前が見えなくなる。


 そうして、命を落としてきた人を僕も見たことがある。

 こういう時は、誰かが冷静に伝えてあげないといけない。

 あなたでは、無理だよと言うことを。


 それを伝えることができなかったから、あの過ちが起きたのだろう。

 だから、僕は自分のせいだと思っているんだ。

 あの子が亡くなった手術は、任せてしまったが為に起きてしまった惨劇だったんだ。


「そうではありません。僕にも考えがあって旦那さんへ、自分が命を落とすかもしれない確率より、確率が高い賭けに乗ってみませんか? というお話をしに来たんです」


「賭けだと? 俺の妻の命をなんだと思っているんだ!?」


「尊い一つの命だと、そう思っています」


 命に小さいも大きいもない。

 偉い人の命だから大事な命なの?

 強い人の命だから大切な命なの?


 貧しい人の命だからいらない命なの?

 弱い人の命だからって失われていい命なの?

 違うよね?


 どの命も、尊い命なんだよ。


「だったら!」


「だから、もっとも助かると思われる選択を用意しました。選択肢として」


 1.旦那さんが魔吸草の花粉を取りに行く。

 2.三日間、他の方法で助けられる方法を探す。

 3.寄り添って残り三日間、奥さんの傍に寄り添い死を看取る。

 4.僕の提案を実行する。


「俺の中に、妻を何もしないまま探すという選択肢はない! それに、他に方法があるのか!?」


「あるかもしれない……でも、ないかもしれない」


「なんだそれは!?」


「探してみた結果、方法が見つからないということもあり得ます」


「結局死ぬのか!?」


「僕は、決して奥さんに死んでほしいなんて思っていません。全力で助けたいを思っています。そう約束しましたよね?」


「だったら、助かる選択肢はないのか!」


「だから、賭けをすれば助かる確率が増えると言っています。どうしますか?」


 旦那さんは胸ぐらから手を放すと椅子へと力なく項垂れる。

 俯きながらしばらく沈黙が続く。

 そして、今度は天井を見てため息をついた。


 目からは滴が流れる。


「くっ……俺は、無力なんだな。妻を救うことができない。俺が強ければ……A級冒険者だったら、救えたかもしれないのに……」


 人は、どうしようもないとき、もう終わってもないことを後悔することがある。それは、このように絶望したときである。


 旦那さんは、奥さんを助けたいのに百パーセントの確率で助ける方法がない。それが自分のせいだと悔やんでいる。わずかでも、失敗の確率があると賭けるのをためらう。


 でも、僕から言わせてみれば、この方法はほぼ確信がある。九十パーセントの確率で助かると思っている。それを早く言えばいいのだろうけど、旦那さんの剣幕に押されて全然言い出せなかった。


「僕の提案は、九十パーセントの確率で奥さんは助かると思います。残り十パーセントは、僕の考えが至っていなかった場合の分なので、僕の責任です」


「そんなに高い確率なのか!? なんでもっと早くそれを言わないんだ! その提案を聞かせてくれ!」


 僕の提案は……。

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