第31話 ただのおっさん?
「はぁ。またワケのわからない依頼をゴリミヤに……」
そんな言葉を吐き捨てながら頭を抱えているのは、冒険者ギルドの受付嬢だ。また僕が数日ゴリミヤを護衛とするという依頼を出したものだからこうなっている。
しかも、報酬は依頼の間、食事代は僕がもつこと。本来、Aランクの護衛をつけるにはそんな報酬はゴミ仕事でしかないようだ。
「せんせー。今回の依頼はストーンヒルの生態を観察するんだろう? 数日も必要か?」
「すみません。どうなるかはわからないんです。石化した身体を元に戻したくて。それのヒントになるような出来事があればラッキーなんですが」
「はぁぁ。また石化とは。ありゃあ、今までは石化した部分を削ぎ落すしかなかったんだ。なかにはそのままにしている奴もいるけどよぉ」
「拘束時間が長くてすみません。忙しいのに」
「いや、なんてこたぁねぇ。長期依頼をこなした後で、どうせ休暇中だったんだ。ちょうどいいぜ。なっ?」
後ろにいたパーティメンバーへと視線を巡らせる。
ゴンダさんはサムズアップしてくれた。
ミナさんはあくびをしていて、聞いていないようだ。
リスケさんは頷いてくれている。
なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、後輩くんのためだ。気合を入れていこう。
僕もそれなりに動きやすい恰好できた。冒険者ご用達の上下のシャツとパンツ。それに身を守る革鎧を装備している。
前回の森に行ったときはなかなか危険な目にあったので、今回はちゃんと装備をしていくことにしたのだ。ユキノさんにしつこく言われたからというのも、理由の一つだけど……。
「よしっ! じゃあ、行くか」
ヤコブさんの合図で森へと出発した。
この日は、あいにくの曇りだ。湿気が多いためか、大気中の匂いは湿気を多く含んだ衣類のような匂い。
街を外れていき、ただでさえ暗かったのに森に入ったら更に暗くなった。視界が悪い。あまり状況的にはよくないかもしれない。
「警戒しろよ? こう暗いと襲撃がどこからくるかわからねぇ」
「「「了解」」」
あまり護衛の方の心配はしていない。ヤコブさん達はプロの冒険者だから。Aランクパーティといえば、到達できる人は一握りらしい。
「ストーンヒルは、生息地ってのは特にない。急に現れて体を吸われる。吸われたら終わりってこった」
「なるほど。じゃあ、見つけるのも困難だということですね?」
「そうだなぁ。森を歩いて探すしかねぇ。そうなってくると──」
ヤコブさんは背中に担いでいた大きな剣を即座に抜き去り、縦に振り下ろした。
振り下ろした先にはポイズンスネークがいた。毒蛇である。それが真っ二つになって分断された体をウネウネと動かしている。
「ミナ、焼却してくれ」
「あいよぉ。ファイヤー」
小さな火種がミナさんの指先から飛んで行くと、それがあたった蛇は一気に燃え上がった。魔法ってのはやっぱり凄いし、不思議な力だ。
治癒魔法っていうのは、耐性がついて効果が無くなっているけど。攻撃魔法とかも効きづらくなるんじゃないだろうか。
そうだとすると、先頭においてかなり有利になる気がする。でも、そのためには攻撃魔法をくらい続けなければならないことになる。こんな恐い考えはやめよう。
燃え盛る炎で少し明るくなった。その一瞬で木の上まで照らされた。なにかグレーのものが気にくっついているのが見えたかも。
「ミナさん、上の方を照らせますか?」
「どこだい?」
「あの辺です」
僕が指を指した方向へと指を向けると、指先に炎を出した。そんなこともできるんだ。すごいな。ミナさん。
映し出されたのは灰色の丸みを帯びたフォルム。それが、木にくっついている。張り付いている部分は石化しているようだ。
「あれって、ストーンヒルですよね?」
「そうだね。あれをどうするんだい?」
「観察します」
そう告げると肩をすくめてヤコブさんへと視線を送ったミナさん。
本当にこれに付き合うのかと思っているのかも。
「せんせーが観察するってんなら、この辺で腰を下ろすか」
ヤコブさん達はここで休憩をするから、僕に好きなだけ見ていろということだろう。
ゴンダさんは少し離れて何やらかき集めている。少しすると木の枝を抱えてやってきた。ここでたき火をする気なんだろう。
それは助かる。周りが明るくなるから観察しやすい。ヤコブさんはそこまで考えてくれたのかもしれないな。やっぱりすごいな。こっちのことまで考えてくれている。
枝は燃え盛って行き、パチパチという音と共に気が燃える独特の香りが辺りに漂う。この匂いは割と好きかもしれない。
視線をストーンヒルへとうつす。しかし、ピクリとも動いていない。どういう時に動くのだろうか。
「ヤブは、あれがどういう動きをするか観察するってんだろう?」
ミナさんが眉間に皺を寄せながらこちらに視線を向けた。
「そうですね。動いてないですけど」
「ふんっ。だろうさ。あんなのはほぼ動かないんじゃないのかい?」
「うーん。そうですねぇ。ただ、みてください。留まっているところは石化していますが、そこに至るまでの道のりがあったはずですよね? そこは石化していない。ということは、一度石化したところが元に戻る何かがあったということです」
目を見開いてこちらを見るミナさん。
どうしたんだろうと思っているとヤコブさんが、笑い出した。
「ハッハッハッハッ! ミナ、せんせーはすげえだろう? あのただくっついているストーンヒルを見て、そこまで考えつくんだ。ただのおっさんじゃねぇだろう?」
なぜかヤコブさんが自慢げだ。
ミナさんは僕のことをただのおっさんだと思っていたと。
こういう依頼を受けることへ反対だったのかもしれない。
「大将が肩入れする理由、わかった気がするよ。仕方ないねぇ。満足するまで付き合ってやるさ」
「ありがとうございます」
頭を下げて礼を言うと照れ臭そうに頬をかいているミナさん。
もしかして、ツンデレ属性だろうか?
一向に動かないストーンヒル。
生態が明らかになる何かがあるといいのだけど。
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