第32話 想像して身震い

 ストーンヒルを観察してから一時間ほどした頃だった。


「せんせー。アイツ、動く気配ねぇぞ?」


 ずっと動かないストーンヒルに痺れをきらしたヤコブさんが声を上げた。他の三人も同じような意見なのだろう。みんなこちらに視線を向けている。


 ジッとしているのが性に合わないといった感じだろう。


「そうですねぇ。少し離れてみましょうか」


「まだアイツを観察するのか?」


「せっかく見つけたので。他にいるかもわかりませんし」


「まぁなぁ。じゃあ、少し移動するか」


 気怠そうに体を持ち上げると荷物をもって移動し始める。なるべく見える範囲が良いけど。ついてきてもらっている手前、あまり贅沢は言えない。


 少し離れた所にまた開けた所があった。そこにテントを張るという。野営する準備をもうするということだろう。腰を据える準備をしてくれるみたいだ。


「せんせーが観察している間、俺達は好きにさせてもらうぜ?」


「はい。構いませんよ。せっかくお酒も用意してきましたしね」


「そうだそうだ。せんせーが用意してくれたんだよな。いっぱいやるか!」


 ヤコブさんは上機嫌だ。

 他の三人も目がキラキラしている。

 お酒好きなんだね。


 僕もお酒が好きだけど、今回は飲むわけにはいかない。

 飲み始めると止まらなくなるし、酔うと人に絡むらしいからね。

 この世界に来てからはまだ飲んでいないから、そのうち飲みたいものだ。


 肉を焼き始めたヤコブさん。

 いい香りが周囲に漂う。


 ストーンヒルといる辺りでガサリと草の擦れ合う音が響いた。


 ヤコブさんの目が鋭くそちらを睨んだ。

 何かがいるみたいだ。

 木の上から複数の何かが落ちた。


「キャイン!」


 何かもがいているような音がする。


「気配的にウルフ系だと思ったが、何かに襲われたようだな」


 そう聞いてはいてもたってもいられない。

 木の上から何かが落ちてきたのが関係しているかも。

 へっぴり腰になりながらも様子を見に行く。

 

 ヤコブさんがついてきてくれた。

 先ほどまでいた所に横たわっていたのは、身を捩らせたまま石化している狼のような生き物。


「こりゃぁ、グリーンウルフだろうなぁ。痩せてる。肉もたまに食うけど、基本草食なんだ。匂いにつられてきたんだろうけど。ひでぇな」


 グリーンウルフだったであろうその生き物の周りにはストーンヒルが何匹もくっついていた。吸われて石化したのだろう。


 思わず身震いした。


「このストーンヒル、さっきまで頭上にいたということですよね?」


「おぉぉ。そうだな。恐ろしい……」


 ヤコブさんも腕を抱え、ブルリと身を震わせた。


 何を吸い取っているかはわからないし、なぜ石化するのかもわからない。

 それがわからないと解決の糸口は見つからないかもしれない。

 そして、ふと疑問に思った。


 ストーンヒル同士は戦わないのだろうか?

 みんながみんな協力するのだろうか?


「せんせー。見ろ。こりゃおそろしい」

 

 僕は考え事をしてボーッとしていたようだ。

 ヤコブさんに促されて再度、石化したウルフをみてみる。

 小さなストーンヒルがついていて、なにやらゴリゴリ音がする。


 よーくみると、小さなストーンヒルが通った後、石が削れている気がする。


「なるほど。石化させるのは、捕食する為だったんですね」


「石化してその場に留まっちまうと、こうやって削り食われていくわけだな」


「ということは、石化させるのみの一方通行ですかね。体内に元へ戻す器官がないのでしょうか? でも、さっきの木は元に戻っていました……」


 一体どういうことだろうか。

 

「こいつぁ、俺の経験なんだけどな。魔物も誰彼かまわず襲うことはねぇみてぇなんだ。ようするに、倒す相手を自分で選んでると思う」


「ということは、石化から救うための器官も……」


「あぁ。あるんじゃねぇかなぁ。自然を破壊しねぇ様に、あるった後を石化解除して回ってるんじゃねぇかな。まぁ、俺みてぇな頭が足りない奴のいうことだからなぁ」


 いや、それは一理ある。

 やっぱり冒険者っていうのはすごい。


「それはあるかもしれません。このストーンヒルがどこにどうやって行くのか、観察してみます」


「俺は戻ってるぜぇ?」


「はい! ゆっくり飲んでてください!」


 ヤコブさんが野営へ戻るのを見送るとストーンヒルを見つめた。

 小さいのは恐らく子供だ。歩いてきた土の所が石化している。

 子供はこれの制御ができないんだ。


 ということは、大人のストーンヒルなら器官があるのか?


 削って食べていた小さなストーンヒルはゲフッとゲップをすると来た方向へ帰っていった。あっち方向のどこかに巣があるんだろう。


 ここにいるストーンヒル達は、親戚のようなものなのだろう。これだけの石があれば、当分生活は楽だろう。

 

 そんなことを考えていた僕だったのだが。


 突如、上から色の濃いストーンヒルがボトボト落ちてきた。

 いきなり動く速度が速くなった薄い色のストーンヒルは、子供の行った方向へと回り込んで通せんぼする。


 何やら睨み合っているようだ。


 まさかストーンヒル通しの戦いを見ることができるとは。


 色の濃い方はボリボリと勝手に捕食し始めた。それには薄い方は怒りだして丸いフォルムながらも立ち上がって威嚇している。


 ちょっと薄いグレーのストーンヒルを応援している自分がいることに驚いた。


「頑張れ、ライトグレー」


 勝手に名前を付けて戦いの行方を見守るのであった。

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