第38話 眠り姫

 資金をゲットしてから数日。少し好きな物を食べることができるようになっていた。ユキノさんも上機嫌で仕事をしていたとき。


 異変は訪れた。


「せんせー! 妻が起きないんです!」


 抱えられている女性は穏やかな顔でスヤスヤと眠っている。呼吸に問題は無さそうだ。シービレとも違う感じだ。


「どこで眠ってしまったんですか?」


「妻が、居なくなってしまって。心配で探していたら、森で眠ってしまっているのを見つけたんです。なぜ森へ行ったのかは分かりません」


 となると、スリープバタフライに会った可能性もあるかな。僕と同じだとすると、吸い込んだ鱗粉の量によって目を覚まさないこともあるというからね。


「ちょっと服になにか付いていないか見させてもらいますねぇ」


 女性の服を少し引っ張ったりしながら鱗粉が付いていないか確認する。スリープバタフライなら、服にも付着するはず。


 特に何も付いている感じはしない。


「ちょっと腕と足を見せてもらいますねぇ」

 

 一体なぜ眠ってしまったのか。腕をまくったり、ズボンの裾をまくって他に異常がないか確認する。


 特に異常はない。


「あれ? それなんですかね?」


 少し離れて見ていたユキノさんがなにかに気がついた。


 指した所を見ると服がめくれて、脇腹が少し見えている。そこにはなにか模様のようなものが描かれていた。


「ん? なんだろうこれ? メルさんならわかるかな?」


 雪乃さんに受付をしていたメルさんを連れてきてもらい確認してもらう。


「ウチ見たいな知識が底辺の人間がみて分かりますかねぇ?」


 自虐しながら処置室に入ってきて模様を確認してもらう。見た瞬間、目を見開いた。これは、何か知っていそうだ。


「何かわかる?」


「これは、魔法陣が施されていますぅ。エターリプピアーという魔物の仕業ですねぇ。この辺では目撃されていないはずなんですがぁ」


「対処法はわかる?」


「たしか、軍の書庫に本があったはずですぅ。探してきますぅ」


「ごめんね。お願いしてもいいかな」


「お役に立てるなら、光栄ですぅ」


 メルさんは軍の図書館へ情報を探しに行ってくれた。有難い。こういうとき、一般の僕たちでは情報を得ることが出来ない。


 メルさんには感謝しかないな。


「せんせー。妻は助かるのでしょうか?」


「今、対処法が載っているであろう本を探しに行っています。それをみてどう対処するか考えましょう」


 そうは言ったものの、不安がぬぐえるわけもない。男性は項垂れていた。


「俺は、冒険者をしているんです。何か出来ることがあったらどうにかします。なんとか妻を助けたいんです」


「僕も助けたいですよ。思いは一緒です。今は、情報を待ちましょう」


「はい。妻は、凄く出来た人なんです。収入の少ない俺のために、なんとか栄養のある物をってお金をやりくりしてご飯を作ってくれているんです」


「それは、素晴らしいですね」


「そうなんです! それに、いつも身なりを綺麗にしていて輝いてる。俺の憧れの人なんです! 大好きなんです! だから……妻が居なくなったら俺は……」


 俯いて震え始めた。涙が床を濡らす。


 本当に好きなんだろうなという事が伝わってくる。愛が強い気がする。ラブラブのカップルというのはこういう物なのだろうか。


「それだけ好きな人がいると言うのは、いい事ですね。僕には、そういう人がいないので羨ましいです」


「妻は冒険者ギルドの受付嬢で、皆の憧れの的でした。どうして、俺と結婚してくれたのか、はっきりとは分からないんです」


 手を握りしめて震えている姿は、身体が小さくなったように見えた。


「結婚した時は、冒険者の仲間や、周りの奴らに酷い言われようでした。『なんでお前なんだ?』とか『つり合わない』とか色々と言われました」


「それには、奥さんはなんと?」


「周りを気にする必要なんてない。私は、あなたと結婚したいと思ったんだからって言ってくれました」


「良かったじゃないですか。それなら、自信を持っていいんじゃないですか?」


 顔を上げてさらに不安そうに眉間に皺を寄せる。


「俺、自信を持てるところがないんです。冒険者ランクはDランク。十年やっててそれは、才能がないのと一緒です」


「強さじゃないんじゃないですか? 人を好きになるというのは、強さだけじゃない。内面の、例えば優しさとか、知的なところとか。そういう所を好きになる人もいると思いますよ?」


「内面? サユリさん、俺のどこが好きだったんだろう?」


「それは、目を覚ましたら聞いてみたらいいんじゃないですか? 私が、全力で治療します。なんとか目を覚ますようにやってみますから」


 こういう時は、笑顔に限る。

 僕は、笑顔で言い放ち男性の目を見つめた。

 少し目が合うと目の色が変わった。


 何かを決意したようだ。


「俺も、情報収集をします! できることをやります!」


「そうですね。それがいいかもしれません。僕も、メルさんが戻ってきたら動きます。奥さんは、それまで自宅に?」


「はい。自宅でゆっくり寝かせとおこうと思います」


 自宅の場所を聞いて、何か分かったら報せると約束した。


 体に魔法陣が現れるなんて、一体どうやって治すのか。僕も少し不安が胸を過ぎっていた。

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