第47話 救える命を
その日の朝は、街が騒がしかった。
「なんか街の方が慌ただしいね?」
僕がユキノさんへ聞くと首を傾げた。
「そうですか?」
「気のせいかな?」
扉の開く音が響き渡り、メルさんがやってきた。
「おはようございます。街が騒がしくないですか?」
「せんせーはわかるんですねぇ。なんか、紛争が激しくなるみたいですぅ」
「えっ!? なんで!?」
「国が攻勢に出るんだそうですぅ。犠牲者が出るだけなのにクソみたいな脳みそをしているとそんなこともわからないんですねぇ」
相変わらずの毒舌ぶりのメルさんだが、今回はその意見に同意しかない。胸がハラハラしている。これからどうなるのだろうか。ライル隊長たちは大丈夫だろうか。
いつも通り、来てくれた患者さんの症状を見て薬を出したり、マッサージをしたりしていた。
すると、慌ただしく入ってくる兵士。
前に来ていたベントさんだった。
「ヤブ先生! かなりの数の兵士がやられた! 治療をしてもらえませんか!?」
来てくれた患者さんが急患の人がいないことを確認すると、ベントさんへと問う。
「何人ですか? 主な傷は?」
「何人かはわからない。これからも増えるかもしれません! どうにかしてください!」
「できることはします。傷は、剣で切られた傷ですか?」
「刺し傷もあるし、殴られた傷もあります。モーニング持っていた奴がいて、打撃と刺し傷みたいなの負っている奴もいます!」
「わかりました。ちょっと待ってください」
ムーランとライトグレー家族を肩に乗せる。そして、ユキノさんとメルさんにも植物の牙を持ってついてくるように告げて、治癒院をでる。
「けが人がいる所へ連れて行ってください」
ベントさんにお願いして連れて行ってもらう。街の広場に沢山の人が横たわっていた。けが人の傷の具合を見て回る。
「これは、トリアージが必要だね」
「ヤブ先生、トリアージってなんですか?」
「うん。酷なんだけどね、治療する優先度を決めることなんだ。症状が重い人は助からないから、諦める。ただ、石化すると時間が止まることはわかったから、助かりそうな人は、それを活用して延命しようと思う」
「諦めるんですか!?」
「そう。助かる人を優先的に助ける。酷だけど、こういう時には必要な事なんだ。さぁ、心を鬼にして、やるよ。ムーランの糸を一本巻きつけた人は軽傷。後回しでいい。二本巻きつけた人を優先。何も巻きつけない人は諦める。いいね?」
「「はい!」」
僕は、片っ端から見て回る。この人は一本、この人は二本、この人も一本、この人は残念だけど。
「せんせー! 夫を助けて下さい! こんなに血が流れています! お願いします!」
その人の制止を振り切って違う人に行く。
その後ろでは「なんで何もしないんですか!? 治してください!」と叫んでいる。残念だけど、あの人は血を流し過ぎている。
この世界では輸血の技術はない。申し訳ないけど、諦めてもらうしかない。輸血できればいいけど、その為の危機も、適応している血かどうかの判別もできない。
ユキノさんも、メルさんも辛そうだ。これは慣れるものではない。慣れてはダメだと僕は思っている。この無力さを背負って、今後の医療を発達させていかなければいけない。
たまに治癒士が来て治癒魔法を使っているが、ほぼ効果が無い。止血にもならないのに金をとろうとしている。その治癒士を押しのけて応急処置をして、一本の糸を巻く。
数が多い。兵士の服装が違う人もいる。この人達は敵国の人だろう。でも、だからといって見殺しにするわけにはいかない。
自国の兵士のトリアージが終わったので、敵国の兵士も応急処置をしながら印をつけていく。
「おい! そいつらは放っておけ!」
何やら偉そうなバッチを付けた人がやってきて、治療を止めろという。その人を振り切って治療する。
「敵国のやつは死んでもいい!」
僕の前へと立ちはだかる。
「この世に、死んでいい命などない! どいてください!」
押しのけて敵国の兵士の応急処置を行う。
この人は助かる。
少し安心した。
なんとか間に合ったことを喜んでいると、その自国の偉そうな兵士は尚も僕の肩を掴んで止めようとする。
「もうやめるんだ! 自国に対する冒涜だぞ!」
「あなたこそ。助かる命を助けないなんて、命を冒涜しています! 考えを改めて下さい!」
「なにぃ!」
眉を吊り上げて顔を赤くしているが、僕の知ったことではない。次々と兵士の容体をみて印をつけ、時には縫合したりと、応急処置をする。
次の兵士へ向かおうとすると、また自国の偉そうな兵士が立ちはだかり、剣を振り上げている。
「どうするつもりですか?」
「これ以上、敵を治療するならそれを止めるまでだ!」
「へぇ。本当に腐った考え方ですね。ヘドが出ます」
「なんだとぉ! 愚弄するのか!?」
「あなたは、命の大切さがわかっていない」
「そんなことをいいながら、さっき自国の兵士を見殺しにしただろう!?」
「残念ですが、あの人は血を流し過ぎた。もう助かりません」
「治療もしないのにか!?」
「しても無駄です」
「やはり貴様も敵のようだ」
「言ってもわからない人には言うことは何もありません」
僕は冷静に答えるとその人の横を通り過ぎようとすると、誰かに押された。
少しよろめきながら、押された方向を見ると、ユキノさんがいた。
その脇腹に剣を生やして。
「ユキノさん!」
事態は最悪の方向へと向かっていた。
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