第2話 ムーランはペット

 洞窟を出るが、見渡す限り森だ。


「どこに行けばいいかまったくわかんないね」


 こんな森の中でどこに行けば正解かなんてわかるはずもない。そんな状態で森に入ってはダメですよ?


 神隠しにあって亡くなる人がいますからねぇ。不思議なことで慣れた森でも危険はあるらしいですよぉ?


「ねぇ、ムーランは街の位置分かる?」


 勝手に毒蜘蛛に名前を付けちゃった。

 いいよね。紫のラインが入っているからそこからとってムーラン。

 男の子か女の子かわからないけど、そういう性別がない生き物かもしれないし。中性的でいいんじゃないかな。


 肩に乗るその子を見つめると、ピッと前の足で示したのは少し左。


「あっちに街があるんだね? オッケー。ムーランは賢いねぇ。よしよし」


 頭を撫でると恥ずかしそうに体を揺らした。

 可愛いところあるじゃん。

 まさか蜘蛛をペットにするとは思わなかったけどね。


 虫嫌いだし。本当は嫌だけど、ムーランはなんか大丈夫なんだよね。無性に愛らしいというか。なんというか。おっちょこちょいなところが、僕に似ているからかな?


 医者ながら僕はおっちょこちょいで。過ちも犯した。それからの、僕は一生ヤブ医者と名乗ることにしたんだよね。


 それなのに、患者さんときたらいちいち小さな病院に来て見て欲しいって言ってくるんだからおかしいよね。そんなんだからみんな家族みたいになっちゃって。


 そんなんだから、一人が遭難したって聞いたからみんなで探しに出たんだ。それで僕が遭難しているんだから迷惑な話だよね。


 佐藤さんも、今に「やぶせんせー」って出てくるんじゃないかなって思っているんだけど。どうだろうね。


 ムーランに教えてもらった方向へとひたすら歩いていると遠くに何かがいるのが見えた。草に隠れているが大きなクマがいる。真っ黒な毛をしていて、頭には一本の角を生やしていた。


 あんな生き物地球にいないでしょ?

 ムーランもいないんだけどさ。

 これなんだろう?


 戸惑いながらも身を隠す。

 あんなのにあったら、僕は食べられちゃうよ。

 美味しくないと思うけどね。


 縮こまりながらクマが去っていくのを待つ。足音が段々と近づいてきて立ち止まった。


「っ!」


 息を止めて音を立てないように固まる。心臓の音が聞こえているのではないかと思う程、うるさく感じる。いつもは気にならないのに。こういう時に音を感じたりするんだよね。


 僕が固まっているのを察したのか、本能的に敵わないと思ったから大人しくしていたのかはわからないが、ムーランもピクリとも動かない。


 もしかして仮死状態とかになれるのかな?

 そう思う程、硬直して動かなかった。

 足音が再び進み始めて遠ざかって行く。


「ふぅぅぅ。やり過ごせたね。それにしてもムーランすごいね?」


 体を震わせて首へと体をこすりつけている。

 ムーランも僕と同じで恐がりだったのかな?

 恐かったよねぇ。わかるぅ。


 ムーランをなでながらホッと胸をなでおろしていた。

 様子を見ると何もいなかった。

 今のうちに行ってしまおうと思い、小走りで通り過ぎる。


 アドレナリンが出ているのだろう。足の痛さはあまり感じていなかった。


 常にアドレナリンが出ていれば、痛い思いしないで済むのにね?

 体って、そううまくはできていないんだよ。


 どのくらい歩いただろうか。

 けっこうな距離を歩いた気がするけど。

 日が傾いてきた気がする。


 そういえば、日の感じはあんまり変わらないね?

 変な世界に迷い込んだと思っていたんだけど。

 そこまで変わらないのかな?


 薄暗かった森が、突如開けた。

 明るくなり、日差しが顔へと降り注ぐ。

 ジリジリと肌を刺激する。


 明かりに目が慣れた頃。ようやく探し求めていた街が見えた。


 あれって街……なんだよね?

 石造りの家が多そうな感じの街並み。

 これは絶対地球じゃないね。


 神隠しにあったかな?

 これは、最近流行っている異世界というものかなぁ?

 僕は良くしらないんだよねぇ。


 子供の患者さんに話が面白いよって言われたんだけど。忙しさにかまけて読んでいなかったんだ。ちゃんと読んでおけばよかったなぁ。


 まぁ。どうにかなるよね。そうやって生きてきた。どうにもならないことも多々あった。そんな時でも僕は諦めなかったよ。救えない命はあった。後ろばかり見ていても始まらない。


「あれが街だよね?」


 ムーランに確認すると体を揺らした。あっているということかな? まだいまいちわからないんだよね。


 歩を進めるごとに近づいてくる街並。

 街の外は塀で囲まれていて、厳重に入口も鉄製の門がある。門番が立っているところを見ると、許可を得ないと中へは入れないんだろうね。


「ん? 変な格好の奴だな!? 何者だ?」


「えーっと。怪しいものではありません。っていったら怪しいですよね。はははっ。あっ! 本当に怪しいものじゃないんです!」


 ふざけたら剣をつきつけられた。

 慌てて訂正すると、剣を下してくれた。


「医者ってわかります?」


「イシャってなんだ?」


「怪我を治したりする人です」


「あぁ。治癒士か。それで? その肩の魔物はなんだ? テイムしたのか?」


「テイム?」


 んー。異世界用語がわからない。どうしたものか……。


「ペットっていえばわかります?」


「あぁ? 娯楽で蜘蛛と一緒にいるのか? 物好きだな。治癒士ギルドのカードあるか?」


「えぇっと。魔物?に襲われて失くしたんですよぉ」


「それならしかたねぇ。ん? その傷、どうやって血を止めてるんだ?」


「縫合です。糸で縫いました」


「ほぉ。そんな奇妙な処置の仕方があるんだな。回復魔法しか能がないと思っていたが、治癒士ギルドも色々と考えているのだな」


「そうですねぇ。はははっ!」


「通れ。ギルドカード再発行してもらえよ?」


「あっ。はぁーい」


 門番の横を通りすぎ、開けて貰った扉から入っていく。


 うおぉぉぉ。危なかったぁぁ。

 なんとかなったぁぁ。

 ヤブ医者な上にサギもはたらくと胸が痛いね。


 まぁ、仕方ないよね。


 目の前に広がる見たことのない街並みに胸が躍っていた。

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