第49話 トラウマ

 縫合は困難を極めていた。

 手が奥まで入らないのだ。

 こんな時、ペアン等の道具があれば……。


「せんせー? 大丈夫ですかぁ?」


 メルさんがこちらを心配そうに伺っている。


「うん。大丈夫。今箸持ってるかな?」


「あの細いのですか? ウチのは治癒院ですぅ」


 そりゃそうか。

 どうするかな……。


「せんせー! ハシって、せんせーがよく使ってる細いヤツか?」


「そうです」


「あれは、この木から作ってんだ。削れば作れるぞ!」


「お願いしていいですか?」


「おう! まかせろ!」


 ヤコブさんは本当になんでも出来るんだなぁ。感心しながら木の枝を見ていると、みるみる間に細くなっていき、箸の様相を呈した。


「ほらよ」


「ありがとうございます!」


 持って来ていたアルコールを箸にかけて消毒する。それで牙を持ち、縫合を進めていく。


 うん。全然違う。

 さっきよりやりやすくなった。

 これなら、奥まで縫合できる。


 僕は、自分の準備不足を呪った。

 自分が嫌になるが、今はそんなことを考えている場合では無い。


 なんとか、ユキノさんを助けるんだ。

 内臓は何ヶ所か切られている部分があり、時間がかかってしまう。

 早く。早く。


「先生ぇ。汗が凄いですよ? 大丈夫ですか?」


 自分の呼吸が荒くなっていることに気がついた。ダメだ。こういう時こそ冷静にならなければいけないのに。


 一旦手を止めて深呼吸をする。


「すぅぅぅぅ。はぁぁぁぁ。メルさん、指摘してくれてありがとう。おかげで少し落ち着いたよ」


「いえいえぇ。ユキノさんを助けたいのは、ウチも同じ気持ちですからぁ」


 そうだよね。

 一緒に仕事している仲間なんだもんな。

 助けたいのは当たり前か。


 今、メルさんは魔法をかけながらも傷口を開けてくれている。本来は開けておく道具があるのだ。それも今はない。


 でも、力を合わせてなんとか出来ている。

 この異世界で。

 命を繋ぎ止めるために。


 内臓は最後の縫合が終わった。


 後はお腹を縫合して終わり。

 スピーディーに終わらせていく。

 最後のひと針を終えると、糸を切る。


「はぁぁぁ。なんとか終わった……」


「せんせー。お疲れ様でした」


 メルさんの顔色が悪い。

 体調が悪いみたいだ。


「メルさん、顔色が悪いけど大丈夫?」


「大丈夫ですぅ。魔力の使いすぎで魔力切れなだけです。少ししたら治りますから」


「メルさんも本当にありがとう」


 頭を下げると手を顔の前で振りながら、首も横に降ってる。


「私なんて役に立てませんでした。ヤブ先生のおかげです」


「ううん。回復魔法で血が少し止まったから手術できたんだよ。ありがとう。ヤコブさんも、ありがとうございました」


 ヤコブさんに向き直り、頭を下げる。

 笑いながら肩を叩かれた。


「せんせーが自分で助けたんだよ! おれぁ何もしてねぇ! だが、これでヤブ先生が凄い治癒士だってことが、街のみんなには分かったわけだ」


 そう言いながら周りを見渡すとドッと拍手が起きた。皆涙ぐみながら拍手してくれている。


「あんたの命に対する気持ち、伝わったぜ!」


「私たちのことを命懸けで救おうとしてくれていたんだね」


「そんな傷、治療できるのは先生だけだろうぜ!」


 口々に賞賛の声を上げてくれている。

 力が抜けて地面に尻もちをついた。

 もう起き上がれない。


 後は、ユキノさんからシービレの効果を取り除いて経過を観察しないと。


 立ち上がろうとすると、ヤコブさんが抱え上げてくれた。


「疲れたんだろう? 治癒院まで送っていくぜ?」


「でも、ユキノさんは?」


「背負うから問題ねぇ。ユキノさんは、せんせーと違って軽いからな」


「はははっ。その通りですね。面目ない」


「良いってことよ! メルさんも行くぞ!」


 街の人に見送られながら治癒院へと歩を進める。こんなに街の人達に注目されたことがなかった。でも、皆にこやかな顔をしてくれている。


 僕のしたことは、間違っていなかったのかもしれない。そう思わせてくれた。でも、ユキノさんが犠牲になってしまったのは僕の責任だ。


 目を覚ましてくれたら、謝ろう。


 いつもの見慣れた部屋へ入ると、ユキノさんを寝かせてもらいシービレの効果を取り除く。手を握って顔を見つめていたが、いつの間にか意識は遠のいて行った。




『せんせーはね、わたしのきゅうせいしゅなんだよ!』


『はははっ。嬉しいなぁ。絶対、手術を成功させるからね!』


『うん! そしたら、せんせーとけっこんしてあげるね!』


『はははっ。こんな僕で良ければお願いしたいなぁ』


『うん! ぜったいだよ!』


 この記憶は、あの子との最後の会話だ。今まで忘れていた訳では無かった。でも、こんなに鮮明に声まで覚えているなんてな。


 あの手術があの時のトラウマと状況が近かったから思い出したんだろうか。

 今回はミスをしなくてよかった。

 皆が助けてくれたおかげだ。


 この位の技量があったら、あの時も助けられただろうか……。


「…………せい?」


「ヤ……せ……せい?」


「ヤブ先生?」


 目を見開くとユキノさんの顔が目の前にあった。

 まだ頭がボーッとしている。


「ミノリちゃん?」


「やっぱり……ヤブ先生は、吾妻先生だったんですね……」


 ボーッとして発してしまった言葉。

 その言葉への返答に、頭が混乱した。


「えっ……?」


 突然の事に、僕は頭が真っ白になった。

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