第50話 ユキノさんの隠し事
「やっぱり……ヤブ先生は、吾妻先生だったんですね……」
「えっ……?」
最初、何を言われたのか理解ができなかった。
どういう事?
僕の名前を知っているわけが無い。
だって、地球での名前なんだから。
それに、あの手術以降は、ずっとヤブ医者で通してきていた。
それに、ミノリちゃんという名前に反応するのはおかしい。
「ふふふっ。吾妻先生。この世界で出会った時から、そうだろうなぁって思ってたよ。まさか、こんなに太っちゃってるとは思わなかったけどね?」
その言葉を聞いても、理解が追いつかなかった。五十過ぎた親父の頭に理解しろと言われても限界がある。
どういう事だ?
ミノリちゃんがこの世界に?
「先生は、異世界転生物のライトノベルとか、読んだことないの? 無いか。あの時から忙しかったもんね」
ミノリちゃんが、こっちの世界で生を受けたということか?
「私はこの世界でまた生を受けたの! だから、人を助けようと思って治癒士になったんだ! まさか、先生がこっちに来るなんて思わなかったけどね!」
「でも、顔がミノリちゃんそのものじゃない?」
「それは不思議なの。もしかして、神様が私と先生を出会わせる為にそうしたのかもよ?」
そんなこと……ありえないとも言いきれない。だって、現にそういう状況なんだから。
だったら、言いたい事が山ほどある。
「ミノリちゃん……本当に申し訳なかった」
頭が地面に付ける勢いで頭を下げた。
椅子に座っていたから付かなかったが、無かったら土下座も同然だ。
「私、この世界で前世の記憶をもって産まれて、初めて死んだんだと気付いたの。でも、一回も先生のことを恨んだことは無かった」
「いや、でも……」
「聞いて、先生……」
昨日から握りしめていた僕の手を、両手でミノリちゃんが覆う。
「私は、感謝してるんだ。あの時、必死に助けようとしてくれてたのは吾妻先生だけだった。他の人は、手術の失敗を恐れて何もしてくれなかった。あのままだと、死ぬのを待つだけだった」
その言葉に、僕の心の黒い部分が剥がれ落ち、溢れてきた。
感情が目から溢れる。
僕はずっと後悔していた。
死んで尚、恨まれているだろうと。
そう思っていたのだから。
「あの時は、言えなかった。先生。私を必死に助けようとしてくれてありがとう。そのおかげで私は、この世界で人を救う人になろうと思うことができたんだよ?」
僕は間違っていなかったのだろうか。でも、手術を失敗したことに変わりはない。一度命を落としているんだ。尊い命を。
「私ね、この世界で生まれて幸せだったよ? お父さんもお母さんもいい人だし。吾妻先生にも会えた。確証がなかったから言い出せなかったんだ。それに、驚かせたかったしね」
そう言いながら下をペロッと出してハニカム。
この仕草は、ミノリちゃんそのものだった。
本当にあの子がここに生を受けて……。
「うぅぅぅ……」
神様。
この世界へ連れてきてくれて有難う御座います。ミノリちゃん。いや、ユキノさんに合わせてくれて有難う御座います。
自死を考えたこともあったんだ。
でも、それをしなくて良かった。
今日、そう思うことが出来た。
「ユキノさん、この世界で生きていてくれて有難う」
「ふふふっ。私じゃなくて、お礼は神様に。かな?」
「そうだね」
「先生、私が死んでから、相当無理したんじゃない?」
あの時のことを全て語るのは、ちょっと違うかな。あれは僕が責任として行動した結果だから。
「あれからね、大学病院は辞めて町医者してたんだ」
「あぁっ! だから、おじいちゃんとかおばあちゃんのマッサージとか詳しいんだ!」
「そう。大学病院では、そういうのは学べなかった。本当に色んなことを学ぶきっかけになったんだ。人に寄り添うってこういう事なんだって気付かされた」
ユキノさんの目はとても優しくて、僕の心を温めてくれる。
「先生は全然変わらないよ。患者さんのことを第一に考えてる。そして、患者さんのためなら諦めない。私の時もそうだった」
「そうだね。あの時以降の方が、諦めは悪くなったと思う。だから、昨日のトリアージは精神的に重くのしかかってるよ……」
俯く僕の顔をユキノさんは覗き込んで声をかけてくれる。
「あれは仕方ないよ。これからはさ、私にも色々教えてよ。一緒にこの世界を救おう?」
「そうだね。皆で世界を救おう」
顔を見つめあって共にこれからを誓い合う。
顔は徐々に近づいて行き──。
「せんせぇ。国王から呼び出しですよぉ」
処置室に急に入ってきたのはメルさんだった。
そして、こちらに視線を向けると固まり。
「あれぇ? もしかして、タイミング悪かったですかぁ?」
「い、いや、そんな事ないよ」
顔が赤くなるのがわかる。
これは目から溢れ出たものが原因かもしれないな。まさか、この世界に来てこの子と再会できるなんて。
「なんか、雰囲気がいつもと違くないですか?」
僕がシドロモドロになっていると、ユキノさんが声を掛けた。
「違わないですよ。いつも通りです。ねぇ? ヤブ先生?」
「あっ、うん。そうそう」
誤魔化すように立ち上がると部屋を出る。
「国王に会いに行って下さいねぇ? なんか怪しいなぁ」
メルさんの怪訝な視線を横に受けながら身支度をして治癒員を出る。
降り注ぐ朝日は、こんなに輝いているものだっただろうか。この日、僕の暗くなっていた心にも朝日が差し込んだようだった。
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