第11話 突如倒れた人

 悲鳴のする方へとユキノさんと二人で駆けていく。

 そこには一人の男性が喉を抑えて苦しんでいる。

 隣には奥さんと思われる女性。


 その後ろに白装束を来た男性が立っている。


「毒でも食らったのでしょう。私が治癒魔法を施しましょう」


「えっ!? 毒!?」


「お任せください。この者の異常を取り除きなさい! リカバリー!」


 その男性は仄かに光を放ったが、すぐに光は消えて苦しんだままだ。


「治らないじゃない! やっぱり治癒士はもう役に立たないんだわ! だれか! どうしたらいいの!?」


 この注目されている中に飛び込むのはちょっと尻込みしたが、このままでは男性が命を落としてしまう。


「失礼します。この男性は何か食べていましたか?」


「あっ! はいっ! そこで買った大きい肉を食べていました! やっぱり毒!? 一体誰が!?」


 奥さまは慌てた様に悲鳴を上げ始めてしまった。

 皮膚が赤紫色になっている。

 これはチアノーゼだ。


「奥様、大丈夫です。毒じゃありませんよ。焼いた肉というのは水分がなくなるものです。ましてや大きい肉となれば喉に詰まる場合もあります」


 倒れていた大きな男性を起こすと脇の下から手を入れ片手で握り拳を作る。

 その親指側を相手のへそより上でみぞおちより下の部分に当て、もう一方の手で握り拳を握り、素早く自分の方へ引きつけるように圧迫して突き上げた。


 ハイムリック法と呼ばれるものだ。

 一刻を要するので背中を叩くよりいいと判断した。

 この方法は妊婦や乳児には使えない。


 成人男性だからこの方法が適切だと判断した。


「げぼぉっ」


 男性は口から大きな肉を吐き出した。


「げほっ! ごほっ! はぁ。はぁ。はぁ」


 呼吸をしているところを見ると他に詰まりはないようだ。

 肌の色も正常な色へと戻っていく。

 うん。大丈夫そうだ。


「呼吸できますかぁ? 私がわかりますかぁ?」


 男性の視界に入るように目の前へと顔を出す。

 手を振ってみるとこちらに視線を合わせてくれた。

 視点はあっている。


「あぁ。はい。どなたですか?」


「私はヤブ治癒士というものです。お名前は言えますかぁ?」


「あー。ヤコブです。ヤコブ・ホーラン」


「うん。大丈夫そうですね。意識もある。奥さん、もう大丈夫ですよ」


 振り返って笑顔でそう伝えてあげる。

 こういう時は、笑顔がよく役に立つ。

 安心させてあげるためだ。


「あぁぁ。よかったぁぁ。あなたぁぁ」


 奥さんは旦那さんへと縋りつき、安堵から涙を流していた。

 僕はこの世界の医療レベルに愕然とした。

 こんなこと、いままで治癒魔法でどうにかなっていたのか?


 立ち尽くしている白装束の男に視線を向ける。


「お前はなんだ! 私の邪魔をして!」


「あなたのやっている行為は、人を助ける行為ではないですよ? しっかりと状況を見て適切な治療をしなければ、あの旦那さんも亡くなってしまうところでした」


「う、うるさい! 魔法は施した! 金を払え!」


「はぁぁ。この期に及んで金、ですか。呆れかえりますね。この民衆が一部始終を見ていた中で、金を要求できますか?」


「うっ……く、くそっ!」

 

 その男は周りの人達を見ると顔を青褪めさせて立ち去っていった。これでまだ金を要求しようものならここの人達から酷い目にあわされたことだろう。


 こうやって倒れている人を見ては適当に魔法をかけてお金を奪っていく。そういうやり方でしか稼ぐことができない現状なのだろう。


 その現状にも困ったものだ。どうにかならないものか。

 治療の仕方を教えるというのも骨が折れるが、一人ずつに教えていき、徐々に広めていくという方法ならいいかもしれないけど。


「あのっ! 有難う御座いました! 旦那の命を助けて頂いて!」


「あぁ。いえいえ。たまたま通りがかってよかった」


「そのぉ。おいくら払えばよろしいんでしょうか? 命を助けて頂いて有難いです。ですが、ウチも家計が……」


「お金は結構です。何かあれば郊外にあるヤブ治癒院へ来ていただければ。その時はちゃんとお金をとらせて頂きます。私の場合は魔法が使えませんので、治癒費はだいたい二千ゴールド程になりますから」


「そんな! よろしいんですか!?」


 コクリと頷くと目を潤ませて頭を深々と下げた。

 旦那さんにいたっては土下座している。


「ヤブ先生! 本当に感謝します! 救って頂いたこの命、先生の為ならなんでもします!」


 旦那さんはそんなことを口にしながら涙を流している。

 ガタイがいいけど、何をされている人なんだろう。


「ヤコブさんは何をされている人なんですか?」


「私は冒険者をしています! 魔物に後れをとることなんてありません! それが、肉を喉に詰まらせて死にそうになるなんて、世の中なにがあるかわかりません……」


「はははっ。そうですねぇ。冒険者とはすごい。もしかしたら、お願いしたいことがそのうち出てくるかもしれません。その時は相談させてください」


「もちろんでさぁ! 先生の為なら、ドラゴンだって倒しまさぁ!」


 ガッハッハッと笑っているヤコブさん。

 その頭を叩く奥さん。


「調子いいこといってんじゃないよ! まったく! いい加減にしな!」


 綺麗な見た目に反して結構強い奥さんだったみたいだ。

 でも、美男美女でお似合いの二人だ。

 息もあっているみたいだね。

 

 こういう夫婦は理想だよねぇ。

 もう僕は歳だからそういうこともないだろうけど。


「では、これで。買い出しの途中だったので」


 頭を下げるとその場を立ち去る。

 

 この一件以来、ヤブ治癒院の知名度はこの街で爆上がりしたのであった。

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