第28話 ときおり毒舌娘
「せんせー。助手なんて引き受けてよかったんですか?」
ユキノさんは心配そうにそう言いながらこちらに歩み寄ってきた。
その心配ももっともだと思う。
「僕としては、この知識が広まればいいなと思っているんです。魔法以外でしか、今は治療できないんですからねぇ」
「そりゃそうですけど……」
頬を膨らましながら不満そうなユキノさん。
自分以外に助手ができるのは嫌だったのだろうか。
そこまで気が回らなかったなぁ。
「ユキノさんは、嫌ですか?」
「そういうわけではないですけどぉ。私だって先生から学びたいのに……」
「もう一人来たからといって、助手のポジションから外すわけではないですよ? 来た人にも受付はやってもらいますし、治療も勉強してもらいます。交互に、平等にです」
「それならいいですけど……」
そうは言ってもちょっと不満そうなユキノさん。
まさか、隊長さんの言っていた人が、次の日に来るとは予想していなかった。
◇◆◇
「おはようございまーすぅ。ライル隊長から紹介されてきましたぁ。メルでーすぅ」
紫のボブカットの小柄な女性が治癒院へと入ってきて挨拶している。
この人が隊長さんの言っていた人か。
確かにホワンとした雰囲気がある。
少し目が垂れているのもその雰囲気を増長させている要因だろう。
「おはようございます。僕がヤブ治癒士です」
ヤブ医者という意味なので、ヤブ治癒士と名乗るようにしているのだ。それはこの世界ではあまり通用していないので、名前がヤブだと思われているのだが。
「あぁー。宜しくお願いしますぅ。魔法以外の方法で治療をしていると聞いてとんできましたぁ。是非とも参考にさせて頂きたいのですぅ」
「よろしくお願いします。一緒にこの世界の医療をより良い物にしていきましょう」
「なんだか、お話ができる人でよかったですぅ。軍の上の人ってぇ。クソみてぇな思想でぇ。まったく新しいことをやろうとしない頑固ハゲ頭でぇ。ホントに困ってるんですよぉ」
これは唐突の毒舌。
こういうキャラなのかな?
ちょっと面白いキャラだね。
「そうですか? それならよかったです。さっそく患者さんがくるので、今日は一日僕についてもらいます。ですが、一緒に受付もしてもらいますよ? 僕の元で働くなら、僕のやり方でやらせて頂きたい」
「それはかまわないですぅ。むしろ、受付とか患者さんから病気の情報を得られるだけでとてもいい情報になりますぅ」
なんか医療には熱心みたいだね。すごく医療を勉強したいという思いが伝わってくるね。
それからは、一緒にお爺さんの肩や足をもんだり、風邪の人へ早く治るように薬を出したりしていた。この日、そんなに重症患者は来なかった。
ただ、患者さんがひっきりなしだったので、お昼も食べる暇がなかった。だから、患者さんがはけた頃には、メルさんはフラフラだった。
「いつもこんなハードなんですかぁ?」
「まぁ、最近はこんな感じですかねぇ。夕飯までご飯を食べることができないこともありますし」
「えぇー。すごいですぅ。治療に対する情熱が違いますねぇ。そこらのボンクラ治癒士とは大違いですぅ」
なんか、たまに出る毒舌が患者さんの前で出なくてよかったよ。ちゃんと制御できているのだろうか。メルさんは面白い人である。
「先生、どうぞ」
ユキノさんが一息いれるためにヒーコーを入れてくれた。もとの世界のコーヒーのようなもの。こちらは豆を挽くのではなく、そのまま煮立たせた汁を注ぐらしい。
「メルさんもお疲れ様です」
さすがユキノさん。メルさんへの気遣いも忘れない。いいことである。
「わぁ。いいかおりぃ。ユキノさんが天使に見えますぅ」
「えっ? そ、そんなぁ。天使だなんて羽も生えてませんし。そんな神聖な雰囲気があるなんて。治癒士の鑑だなんてそんなことないですよぉ」
なんか凄い過大解釈をしているみたいだ。
メルさんの何かを引きついでボケてしまったのだろうか。
「ユキノさんは面白い人ですぅ。上のクソババアたちとは大違いですぅ」
また凄い暴言が出たけど。
なんか鬱憤が溜まっているんだろうね。きっと。
「なんか、メルさん、普段からそんな感じなんですか?」
ユキノさんが頬を引きつらせながらそう聞く。
ニッコリとした良い笑顔で言い放つ。
「普段からこんな感じですよぉ。ウチの役立たず治癒士共とはつるみたくないですからねぇ。あんな馬鹿共と一緒にいたら、脳みそがドロドロに腐りますよぉ。ユキノさんと、ヤブ先生の所に来てよかったですぅ」
そう言ってもらえて嬉しいが。
特に今日、目立った治療はしていない。
どうしてそう思ったのだろうか。
「メルさんは、どうして来てよかったと思ったんですか?」
その質問を投げかけた瞬間、メルさんの目がキリッとした。
「患者さんのことを、心から考えている治癒士なんだなと肌で感じたからですぅ。この辺の治癒士は、お金のことしか考えていません。そんなんでは、この世界は終わります」
「それは、同感です。この街に来て、魔法のほかに治療の方法がないと聞いて驚いたものです。少しは発展してもいいものなのに」
「それは、治癒士は魔法で行うのが普通という認識から脱せないことぉ、そしてぇ、致命的に医療の知識がないということに付きますぅ。本当に今までの先人は何をしていたのかぁ。ウチがぁ、この世界の治療を変えよう。そう思っていたんですぅ。でも、ヤブ先生が現れたぁ」
「役に立てていますかね?」
「もちろんですぅ。この街へ来てくれて本当に有難う御座いますぅ。では、ウチは帰りますぅ」
治癒院を後にして、軍の宿舎があるであろう方向へと帰って行った。
なんだか、面白いキャラクターだけどいいトリオになれるかもしれない。
医療への情熱はとてもある人だった。
これからが楽しみで仕方がないのであった。
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