#72 沈思黙考
赤髪の女性が静かに俺のことを睨んでいる。
「ち……違う! 俺は殺してなんかない!」
「なぜ、頑なに認めようとしないの? あなた、警察官の前で彼を殺したんでしょ。信じられない」
「だから、その警察官が! カモクとか言う女が大輝のことを殺したんだ!」
「いい加減にしなさい! そんなバカなことがあるわけがないでしょ! はあ、こんな奴が身内にいるだなんて信じられない。……ああ、あなたの父親も似たようなものだったか」
この女性は俺のことを知っているのか……身内って……
「その様子だと私が誰だかわからないようですね……まあ、あなたはまだ小さかったから無理もないか」
「……もしかして、美波姉ちゃん?」
「姉ちゃんなんて呼ばないで、虫唾が走るわ」
俺の目の前にいた人は俺が両親を亡くしてから叔父さんと叔母さんのが離婚するまでの少しの間、同じ屋根の下で共に過ごした人だった。彼女と過ごした期間は短く、特にこれといった思い出もないのだが、当時の彼女は気が強く正義感がある人だったことは覚えている。そうか、GHになっていたのか。
「あなたまでお父さんのことを裏切るなんて。最悪よ」
「だから違う! 誤解なんだ! 確かに大輝とは争い合った。だけど殺してなんかない! 信じてくれよ……」
「みっともないわよ、そうゆーの」
美波は俺のことを軽蔑する目で見続けた。まるで、何年も放置されたゴミでも見るように。
「また来るわ。私があなたのお世話係になったから」
そう言い残した彼女は何処かに行ってしまった。
何もない時間が進んでいく。唯一、美波が運んでくる食事によって大凡の時間がわかるだけだった。その度に俺は無実を叫び続けた。だけれど、彼女は全く聞こうとはしなかった。
何度食事が運ばれて来ただろうか。もう、あれから何日経ったのかもわからない。
すると、一人の警察官がやって来た。
「面会だ」
俺はパトカーに乗せられた。どうやら面会は別の場所で行われるらしい。久しぶりに外に出た。普段は気にもしていなかった空気がおいしく感じる。面会って誰だろうか。春明さんが来てくれたんだろうか。
何処かの拘置所に連れて行かれた俺は、面会室へと向かった。
「この部屋だ。入れ」
警察官が面会室の扉を開ける。
「あ……」
アクリル板で遮られた向こう側には懐かしい顔があった。
「叔父さん」
叔父と会うのは大学入学以来だった。今度会ったらしっかりと話し合いたいと思っていた。育ててくれた感謝の気持ちを伝えたいと思っていた。まさか、こんなところで再会するなんて。
「……どうして人殺しなんてしたんだ」
叔父さんは重い口をやっとの思いで開いて言葉を発しているようだった。
「違う、違うんだ叔父さん。俺じゃないんだ……」
「そんな訳があるか馬鹿者!! 証拠が揃っているばかりか警官の前でしかも警官を殺したそうじゃないか! しかも、謝罪もせずに言い訳をするなんて!」
叔父さんがアクリル板を拳で叩いて、その鈍い音が面会室に響き渡る。叔父さんは顔を真っ赤にしていた。
違う、そうじゃない。こんな再会は望んでいなかった。今なら叔父さんとしっかりと向き合えると思っていたのに。
「頼むよ……信じてくれよ……」
「……最後までしらを切るか。やっぱりお前はあいつの子だな。お前とはもう親子でもなんでもない。二度と顔を見せるな」
「違うんだ! 待って! 行かないでよ、叔父さん!」
叔父さんは面会室から出て行ってしまった。叔父さんの言葉が鋭いナイフのように俺の胸に突き刺さった。「やっぱりあいつの子だな」なんて言葉、聞きたくなかった。彼の失望の眼差しが俺の心を蝕んでいった。
GH本部に戻ると、また何もない時間がゆっくりと過ぎていった。
ああ、足音が聞こえてくる。もう食事の時間だろうか。鉄格子の外を眺めていると、美波ではない別の女性がやって来た。
「どうして、どうして、どうして、どうして! どうして殺したの!」
黒髪で長髪の女がヒステリックな状態で鉄格子を掴んで叫んでくる。
「愛してたのに愛してたのに愛してたのに愛してたのに! 邪魔な女の幽霊を消してようやく彼も私に身を委ねてくれるようになったのに! 返してよ! 私の大ちゃんを返してよ!!」
そうか。コイツがフォトを祓った奴か。沸々と怒りが湧いてきた俺は気がつけば彼女と同じように鉄格子を掴んで彼女に向かって叫んでいた。
「お前が! お前がフォトのことを!! お前さえいなければフォトは幸せになれたはずなのに! お前さえいなければ大輝だって幸せになれたかもしれないのに!!」
「は? 何を言ってるの。私は幽霊を狩っただけ。仕事をしただけなの。あなたは違う。あなたは人を殺した。私の愛する人を殺した。愛し合っていたのに。許さない。私から大ちゃんを奪ったあなたを許さない。私が殺してやる」
そう豪語した彼女の目は狂気的だった。大輝にはこんな彼女がいたのか。いや、大輝が愛していた女性はフォトだけだったはずだ。だとすれば、これは彼女の片想いなのだろうか。だとすれば、これは狂愛だ。
彼女からの脅迫は毎日のように続いた。毎日、毎日……。
どれほどの時間が経っただろうか。人殺し扱いを受け続けて気が狂ってしまいそうだ。無実を叫び続けて声を出すのも苦しくなってきた。体もとても重い。叫んで、食べて、横になっての繰り返し。叫んで、食べて、横になって。また、叫んで、食べて、横になって。
ほとんど睡眠も取れていない。目を瞑ると、まぶたの裏に大輝の最後の顔が浮かんでくる。あの日は何日前のことなんだろうか。レイはちゃんと陰陽に帰れただろうか。まさかあの後、除霊されたんじゃないだろうか……嫌なことを考えるはやめよう。きっとみんな陰陽で元気にやってるはずだ。結局、春明さんにも謝れてないな。アクタやマッチョ、お嬢にだってしばらく会っていない。
「会いたいよ」
ポツリと自分の口から出た言葉に俺は驚いた。会いたい? 今までずっと一人でも平気だったじゃないか。事故に遭う前まではなるべく誰とも関わらないように生きてきたはずだ。それなのにどうしてこんな気持ちになっているのだろうか。
「今になってなぜ誰かを助けようとするのですか! なぜ愛しようとしているのですか!」というあの時のピエロの言葉、自分でも答えを出せずにいた。どうして俺はレイたちのために必死になっているのだろうか。今まで助けられたことなんてないのに。愛されたことなんかないのに。……違う、俺には叔父さんがいた。不器用だったが叔父さんはしっかりと俺のことを見守ってくれていた。そんな叔父さんさえも、もう失ってしまった。
体が勝手に震えてしまう。意図せず目から涙がこぼれ落ちてくる。
ああ、そうか。僕はずっとずっと一人が寂しかったんだ。
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