#5 カフェ陰陽

「いらっしゃいませ〜」


 達海が店に入ると、低くて渋い男の声がした。このカフェの店主だろうか。綺麗な布巾でコーヒーカップをやさしく拭いている。見た目は三十代。金色の混じった髪はサイド短めのグラデーションで、刈り上げを入れたスパイキーなベリーショートスタイル。銀色の厳つい腕時計を付け、謎の柄が入ったジャケットを着こなしている。カフェのマスターには似つかわしくない格好だ。これがというやつか。

 達海は、「どうも」と小さく会釈をしてカウンター席に座った。店内はカウンター席とテーブル席で分かれており、壁には着物や呪布、形代のようなものなどの陰陽師グッズが飾られていた。


(この人が、レイの言っていた知り合いなのだろうか。陰陽師オタク? いや、本物か?)


 達海は陰陽師についてドラマなどで少し齧った程度であり、知識はあまりない。しかし、この、イケオジに対して普通の人ではないオーラを感じ取った。達海に続き、レイが店内に入ってくる。


「ただいまぁ」


 カウンター内にいるイケオジは一瞬、レイの方へ目を走らせたが、すぐにその目を伏せた。


「ご注文は何になさいますか」


 イケオジは、何事もなかったかのように達海に注文を聞いく。その様子を見たレイは声を荒げた。


「ああー、安倍くん無視しないでよぉ〜」

「うるせぇ、今、接客中だろうがっ」


 安倍くんと呼ばれたイケオジは荒々しい口調で、レイに向かって小さな声で注意する。


「お客様、申し訳ございません。わたくし、最近のどが不調でして。んんっ」

「達海くん〜。春明はるあきが無視するよぉー」

「春明言うな。せめて“さん”を付けろ。そして、さっさと二階に上がってろ!

申し訳ございません。お客様、のどの調子がん゛ん゛っ」

 

 まるでコントのようだ。緊張などすっかり無くなっていた達海は、少し呆れた感じでイケオジに声をかける。


「あの、隠そうとしなくても大丈夫ですよ。レイのことは見えてます」

「あ゛?」


 先ほどまでの丁寧な口調から一変、ドスの利いた声が店内に響いた。達海の体がビクッと少し跳ねる。イケオジが眉をひそめ、達海の指を確認する。


「あんた、GHか?」

「違うよ!達海くんはGHじゃないよ!」


 イケオジが達海を睨むと、レイがすかさずフォローに入った。


「紹介するね。この人は安倍春明あべはるあき。陰陽師の末裔で、幽霊について詳しいんだよ」

「恐い顔して悪かったな。俺はこのカフェを祖父じいさんと一緒に経営しているんだ。よろしくな」


(やっぱり、陰陽師だったのか。フィクションの世界の人だと思っていたが、実在するんだな。)


 心の中で達海は少し驚いた。直近で起こった出来事に比べれば霞むレベルの驚きではあったのだが。


「春明さん、初めまして。俺は天池達海といいます。ちょっと色々ありまして、最近、幽霊が見えるようになってしまったんです」

「達海くんは幽霊に触れることもできるんだよ〜」

「はぁ?」


 達海が幽霊に触れられることに春明はひどく驚いた様子だった。



 それから、達海は事故に遭ってからの出来事を話した。幽霊が見える、触れられるようになった経緯は、レイもそこで初めて知ることとなった。

 春明はレイが悪霊を除霊したことについて、ひどく怒った。危ないことをするな、と。しかし、達海を助けるためだったことを聞き、悪霊の件は渋々許してもらうことができた。レイはそのとき除霊した悪霊の霊魂を春明に渡した。

 達海が成仏を見届ける約束をしてくれたことをレイは嬉しそうに話した。なかなかキザなことするじゃねーかと達海は春明に少し冷やかされた。



「それにしてもそんなことがあるのか、事故に遭ったから幽霊との距離が縮まったのか? んなばかな。そもそも、幽霊を見ることが出来る人間はいるが、触れられる人間がいるなんて聞いたことがねぇ。本当に触れられんのか?」


 春明は目を細めて顎に手を添え、考える素振りを見せた。達海はレイの腕を掴み、ブンブンと振ってみせながら問いかける。


「心霊現象がメディアで話題になったりしますけど、幽霊に肩を掴まれたなんて話よくありますよね」

「なんていうかな、、生者と幽霊は同じ現世に存在しているが、幽霊は生者とは全く別の、特別な次元に存在してるんだ。だから、幽霊は任意で生者に干渉することはできるが、生者から幽霊に干渉することはできないんだよ」

「なるほど。では、幽霊が見えることについては?」

「それこそ、幽霊が見えるなんて人はまあまあいるんだ。朧げにだけどな。霊感が強いって言ってる奴らはその類だ。だが、稀に幽霊の存在をはっきりと視認できる奴らもいる。陰陽師の家系のもの。あと最近、いけ好かない活動をしている奴らもいそうだな」

「いけ好かない奴ら……GHですか?レイから名前を聞いた程度で詳しくはないのですが、どんな奴らなんですか?」

「そのとおり、幽霊をはっきりと視認できる人で構成された警察の秘密組織、『警察庁 幽霊対策局』通称、GHだ」

「警察!?」

「そう、約十二年前に発足した警察の組織だ。GHは幽霊を皆、悪だと決めつけ、悪霊もそうでない霊も無差別に狩っている。奴らは仕事中、白いスーツのようなコートを纏い、指には虹色の奇妙な指輪をしているからすぐに分かる。もし、遭遇したら絶対に逃げろよ。間違っても立ち向かうな、勝てる相手じゃねぇ」


 達海は息を呑んだ。GHは想像していたよりも遥かにヤバい連中のようだ。何はともあれ、レイや春明の話から幽霊界隈のことがなんとなく分かってきた。次は、春明のことについて聞いてみよう。陰陽師についてもまだまだ知りたいことがある。達海がそう思った、次の瞬間。


「じいさんや! じいさんはどこにおる。ここに来れば会わせてもらえると聞いたぞ」


 店の入り口にはいつの間にか杖をついたヨボヨボのお婆さんが立っていた。達海は突然現れ、大声を出すお婆さんに驚愕し、固まる。


「このお婆さん、幽霊だよ」


 レイが達海に教えるように話す。続いて、春明がお婆さんに問いかけた。


「婆さん、生前の記憶が戻ったか!」

「ああ、わしは、じいさんに伝えなければならないことがあったんじゃ、でもじいさんがどこにいるのか分からん。会わせてくれぇ〜!」


 春明はにやりと笑い、カウンターを飛び越える。


「生者の客も来ないし、カフェの営業は終了! さあ、ボランティアの時間だ」













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