#76 助け舟
京都、陰陽寮の寝殿では陰陽師頭首とGH局長、副局長との談合が終わろうとしていた。
「いやー今日はとても有意義な時間を過ごすことができたよ。これからも橘家との友好的な関係を築いていきたいと思ってる。
晴明が頭を掻きながら「あっはっは」と笑う。
「とんでもございません。私も陰陽寮の人たちの迷惑にはならないよう活動する所存ですのでこれからも応援していただけると嬉しい限りです」
道竹と呼ばれた三十代半ばほどの男が正座で頭を下げる。
「私も、陰陽師とはこれからも良好な関係を築かせて頂ければと思っております。桔梗の件もぜひ協力させていただきます」
麻里香も道竹に続いて頭を下げた。
「ところで今、天池達海という青年が殺人の罪で捕まっているそうだね」
晴明は真面目な顔つきとなった。
「彼は私の教え子でもあるんだけどね、殺人を犯すような子には見えないんだよ。君たちは何か勘違いしているんじゃないのかい?」
「いえ、状況証拠から達海という男がうちの局員を殺害したことは事実で間違いありません。彼にはしっかりと罪を償ってもらうつもりです」
晴明の疑問にゆっくりと顔をあげた麻里香が答えた。
「もしも……もしも天池くんや春明が不当に貶められたとしたら、私は君たちのことを許さないからね」
「そのようなことはありません。警察組織の人間として、橘家の人間として、私は如何なる時も公正に人を裁きます」
「それじゃあ、まずはあんたから大人しくさせてあげようか」
カフェ陰陽では、明日香の鞭の神器によって春明が捕らわれていた。
「ああ、よく見るとなかなか私好みの顔をしてるね。惜しいなぁ、二十代だったら食べちゃってたかも」
「そりゃ、ありがとさん。一つ言っておくが……」
春明が鞭の絡まった右腕を思いっきり振り上げた。
「俺はまだギリギリ二十代だ!」
「うおっ」
明日香は鞭に引っ張られて宙に浮かび上がった。明日香は慌てて鞭を緩めて春明の腕から解くと宙に浮いたまま、それを春明に目掛けて振りかざした。
「そらっ!」
「来い白虎!!」
春明の叫び声と共に、彼が左手で投げた形代が白い虎に姿を変えていく。
白虎は大きな腕で鞭を弾き返すと、鼓膜が破れるほどの咆哮した。
「なんだこれ!? こんなの聞いてないぞ!」
「お嬢が心配なんでね。悪いが短時間で終わらせる」
白虎が明日香に向かって腕を振り上げた。
「ちょっとこれはまずい。いくらなんでも、こんな猛獣の調教は無理だ……」
ドゴーン!
白虎に叩きつけられた明日香はその場に倒れた。春明は少しふらつきながら札のが貼られた場所に行き、それを剥がす。
「ったく。白虎使うとほとんど体力持ってかれるな。これを軽々使う晴明さんが恐ろしい……。早くお嬢のところに行かないと」
「春明さん!」
春明が庭園に行くとお嬢が駆け寄って来た。縁側付近には小さな呻き声をあげるケビンが倒れている。どうやらお嬢は無事のようだ。
「お嬢! 無事だったか! でもこれはどういう状況だ?」
「幽霊が……悪霊が私のことを助けてくれたのよ。でも突然のことすぎて私も何が何だかわかりませんでしたわ」
「悪霊が? そいつはどこに?」
「結界が解かれたら何も言わずにどこかに行ってしまいましたわ」
「そうか……そいつはどんな奴だったんだ?」
「黒いオーラ身に纏って頭に角が生えたまるで鬼のような大きな悪霊でしたわ。黒い棍棒を使って私を助けてくれましたの」
「鬼の悪霊か……」
結界の中に悪霊がいたということは、GHが来て結界を張る前から陰陽の庭園にそいつはいたという事になる。なぜ、庭園に悪霊が? なぜ、お嬢を助けてくれた? 春明の頭にはそんな疑問が残ったが、今それを考えている余裕はない。
「お嬢、一緒にGH本部に行くぞ。あのバカたちを連れ帰る」
「……初めから、皆んなをGH本部に連れていっていたらこんなことにならなかったんじゃありませんの?」
「連れて行ったところで、どうせ達海には会えやしなかったよ。勝手に本部に行かれるよりは、大人しく達海の釈放手段を考えた方が良いと思ったんだがな」
ピリリリリリリ
春明のスマホから着信音が鳴り響く。スマホを取り出した春明が表示を見てため息をついた。
「はい、安倍です。すみませんねぇ、橘長官殿。うちの幽霊たちがGH本部で迷惑しているそうで、すぐに迎えに行くのでどうかご勘弁願えませんか……ええ、ええ、…………は?」
GH本部、監獄内では牢屋の中から達海が何やら慌ただしくしている警官たちを虚な目で眺めていた。
「朝食の時間です」
いつものように美波が食事を持ってやって来た。
「……なんか警官が慌ただしくしてるけど、何かあったですか?」
美波が鍵を開けて牢屋の中に入ると達海の前にお盆に乗った食事を置いて出ていった。再び牢屋の扉は閉められる。
「幽霊たちがここに攻め込んで来たそうです。それも死装束の幽霊、イケメンの幽霊、マッチョの幽霊、ピエロの幽霊が」
そう言いながら美波は達海に似顔絵が描かれた二枚の用紙を見せた。その似顔絵は間違いなく春明によって描かれたアクタとマッチョだった。それを見た達海は目玉が飛び出そうなほどに目を見開いた。
「その反応を見ると、やはりあなたに関係のある幽霊たちのようですね」
「行かなきゃ……俺が行かなきゃ……ここから出してください!! お願いします! お願いします! 出して!!!!」
ガタガタと鉄格子を揺らしながら懇願する達海を見て美玲は深呼吸をした。
「最近、一般人も霊視することができるゴーグルが開発されました。ここにいる殆どの警官も簡易な武器を持ち試験的にGHの補助を行うそうです。私も行かなければなりません。あなたに協力できるのはここまでです。では、さようなら」
美波はそう言い残すと行ってしまった。
「あ、あ、あ、ああああああああああああああ!」
俺はなんて無力なのだろうかと、達海は非力な自分に絶望して叫んだ。レイもアクタもマッチョもみんな除霊されてしまう。カフェ陰陽も襲撃されてお嬢も無事では済まないはずだ。春明だって、自分と同じように監獄での生活を送ることになるかもしれない。
「どうして……どうして……!」
達海は怒りのままに美波が持ってきたプラスチック製の茶碗を壁に投げつけた。
キィーン
茶碗に盛られていた白米が床に散らばる。……プラスチックや白米がぶつかる音ではない、何か金属のような音もした。
「……鍵?」
茶碗のすぐ側にリングに繋がれた二つの鍵が落ちている。茶碗にくっついていたんだろうか。
怪訝な顔で達海は鍵を拾い上げる。はっとした達海はそれを自分の手錠に刺すと解錠された。もう一つの鍵は牢屋の鍵穴にすっぽりと入り、扉を開くことができた。
「行かなきゃ……皆んなを助けに……」
達海はふらつきながらもゆっくりと牢屋から出ていった。
美波はGHの皆に合流するために本部の出口を目指して走っていた。達海に鍵を渡したことをどう誤魔化そうか。何かすごい罰を与えられるんじゃないか。そんな不安で頭がいっぱいだった。
「……あれ、花蓮さん。今は茨城にいるはずじゃ……なんでこんなところに?」
美波は廊下の奥で花蓮の姿を見た。気になった美波は花蓮がいたところに向かって走った。
「此処、立ち入り禁止だよね……」
確かに花蓮はここに入っていった。しかし、この奥は局長から入るなときつく言われていた通路だ。花蓮さんはなぜこんなところに入っていったのだろうか。規則よりも好奇心が勝った美波は辺りを確認すると立ち入り禁止の通路をゆっくりと進んで行った。
こんなことをしていたら委員長失格だな。いや、もう達海の脱出を幇助した時点で十分失格だ。というか、委員長ってなんなんだよ。そんなことを考えながら突き進んで行く。
奥の方で一つの扉に入っていく花蓮が見えた。美波も扉の前に行き、音を立てないようにゆっくりと扉を開ける。
(お邪魔しまーす)
心の中でそう言った美波は屈みながら部屋の中に入る。音を立てないように細心の注意を払いながら扉を閉めた美波は辺りを見渡して驚愕した。
「なんなのこれ」
部屋は薄暗く、周りの壁には光り輝く無数のカプセルがびっしりと並んでいた。その様はまるで実験施設のようだ。カプセルをよく見た美波はあることに気がついた。カプセルが光っているのではない。カプセルの中にあるものが光っているのだと。中には黒く光っているものも混じっていた。
「これって……霊魂」
「誰?」
美波は、はっとして声のした方を見ると、赤縁メガネのレンズを光らせた花蓮がこちらをじっと見つめていた。
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