#75 襲撃
「春明さん大変!! レイさんもアクタさんもマッチョさんも、皆んな居ませんわ!」
朝の九時、お嬢の慌てた声で春明は目を覚ました。深緑色の渋い寝巻きを着た春明は、眠い目を擦りながら部屋の柱に寄りかかる。
「……レイとマッチョはともかくアクタも居ないのか……。大丈夫、あいつらはGH本部の場所を知らないし、夕方には帰ってくるだろう」
「そんな呑気なことを言っていていいんですの? もし、このまま帰ってこなかったら……」
お嬢が涙目で春明に訴える。
「……わかったよ、確かに心配だな。支度をしたら探しに行こうか」
春明はそう言うと急足で洗面所に向かった。
ピエロ、レイ、マッチョ、アクタはある山の麓に来ていた。目の前には舗装なんてされていない森林が広がっている。
「この山中にGHの本部はあります。ただし、この周辺には幽霊の探知機が至る所に張り巡らされています」
ピエロが指を天に向けてくるくると回しながら言った。
「GHはそんなものまで開発しているのか……それで、どうやって達海を助け出すつもりなんだい?」
アクタがピエロに問いかけた。
「達海を助ける? それはあなたたちがやるべきことです。俺はGHを壊滅させることができればそれでいい」
嘲笑するピエロの言葉でレイ、マッチョ、アクタの顔がピリつく。このままピエロと共にGH本部に乗り込んでいいものか。いや、今まで敵対関係だったピエロから、ただ純粋に協力を申し出されるよりはまだ信用できるかもしれない。
「わかった、達海のことは私たちが助けだす。それで、私たちはどう動けばいいの?」
「探知機のせいでこの山に入ってしまえば、すぐにGHに見つかってしまうでしょう。ならば真っ向勝負をすればいい。GHどもを殺してしまいましょう」
「殺すのはだめだ! ワタクシたちが悪霊になってしまう。無力化だけすればいいんじゃないか?」
「おやおやおやおや、頭の中がお花畑なんですか? GHはそんな甘っちょろい連中じゃありません。殺す気でやらなければやられるのはあなたたちですよ」
「それじゃあ、ワタクシたちはどうすることもできないではないか!?」
マッチョが困った顔で嘆いた。
「私たちはなるべくGHを無力化していく方向で動く。危なくなったら透過で地面に潜って逃げればいい。ピエロ、あんたは好きにしてもらって構わないよ」
レイがピエロを睨みながら言った。アクタも「それが最善だね」とレイに賛同した。
「本当に甘い連中だ。まあ、いいでしょう。では、気をつけなければならないことを言っておきます。GHは全員で十三人、この前死んだのが一人。局長は長らくお出かけしているようなのでここには最大で十一人いると考えていいでしょう」
「そんな人数を俺たちだけでどうにかできるのかい? とてもできるとは思えないけど」
「ここで俺が特別な経路で掴んだ情報を特別に教えちゃいます! ここで二番目に強い副局長は出張で不在。他四人も都外に出向いているようなので不在。今、本部にいるのは最大で六人です。チャンスでしょう、チャンスです」
「こちらの戦力は俺とレイ、マッチョにピエロ。ピエロは分身も出すことができる。……そう考えたら無謀ではないような気もしてきたね」
「そうでしょう、そうでしょう」
「でも、君の目的はGHの壊滅だろう? 局長も副局長も不在のGH本部を襲ってどうするつもりなんだい?」
「それでもいいのです。今回は、GH本部に侵入することに意味があるのです。そんなに疑り深いと嫌われちゃいますよ」
ピエロはアクタに向かってため息を吐くような仕草を見せた。
「いいよもう。達海のところにさえ行くことができれば。早く行こうよピエロ」
「レイはやる気があっていいですね! では最後に、重々承知と思いますがGHの扱う武器にだけは気をつけてください。少しでも当たればダメージを受けてしまいます。それでは行きましょうか」
レイたちはピエロに続いて草木が生い茂る山道を進んで行った。
GH本部の事務室では剛、圭、美波、美玲、裕樹の五人が静かに待機していた。
「ちょっと、今日一日ここで何もせずにこのままっすか? 頭から苔が生えてきそうっすよ」
圭が自分の机で漫画を読みながら不満を漏らす。
「いいじゃないか、たまにはゆっくり体を休めることも大切だ」
パソコンで作業をしている剛が圭のことを軽く宥めた。
「そう言いつつ鏑木さんは事務作業してるじゃないっすかー。鏑木さんだって不満っすよね! はあー、俺もカフェ陰陽に行きたかったっすー」
「明日香さんとケビンさんは二人だけで無事に陰陽を制圧できるでしょうか?」
美波が不安げな表情で疑問を口にした。
「まあ、正直厳しいだろうな。除霊対象外だった幽霊が陰陽にいるとすればマッチョの幽霊、イケメンの幽霊、お嬢様の幽霊、パジャマっ子の幽霊の四体が、そしてカモクの情報から死装束の幽霊一体、計五体の幽霊がいることになる。それぞれ戦力がどれほどのものかはわからんが。ともかく一番厄介なのが春明だろうな。彼は必死に抵抗するはずだ」
剛も明日香とケビンだけではカフェ陰陽の制圧は難しいと考えているようだ。
「今からでも行ってきていいすかねぇ〜。仲間がピンチなら仕方ないっすよね」
「や、やめておいた方がいいよ。長官の命令に逆らったら小生たちが怖い思いをするかもしれない。小生の先輩は命令違反をした次の日には行方を眩ませたんだから!」
「裕樹言うとおりだ。やめておけ」
「ちぇ、わかったっすよ」
裕樹と剛にとめられた圭は口を尖らせながら机に突っ伏した。その次の瞬間、
『緊急連絡、緊急連絡。本部敷地内に幽霊の反応が三体あり。本部にいる局員は至急、除霊に向かってください』
天井に取り付けられたスピーカーから発せられたカモクの静かな声が、事務室内に響いた。
「きたーーーーーーーー!! 早速行ってくるっす!」
放送を聞いた圭がコートハンガーから白のトレンチコートをもぎ取ると、真っ先に事務室を飛び出した。
「ったく、あいつは。 俺たちもすぐに向かおうか」
「剛さん!」
「どうした? 美波」
「私は達海に朝食を届けてから合流します。先に行っていてください」
「……わかった。なるべく早く来いよ」
「早く来ないと私たちだけで狩尽くしちゃうかも」
「それならそうでいいですけどね美玲さん。……けれど、まあ、なるべく早く向かいます」
圭に続き他の局員たちも準備をすると、幽霊の反応があった場所を確認してそこに向かった。そして美波は達海の朝食を受け取りに食堂へと向かった。
「本部はまだなの? ピエロ」
「そんなに焦らずに、もう少しかかります」
「本当にここに本部があるんだよね。嘘だったら許さないからね」
「本当ですって」
レイからの疑いの目にピエロがオロオロとしてみせる。
「みーつけた。あれー? 元除霊対象外のマッチョの幽霊にイケメン幽霊じゃないっすかー。似顔絵の完成度高っ。あと死装束の幽霊に……ピエロ? ん? 数が合わないっすねー」
「GH!!」
レイたちの前に白いトレンチコートを着た糸目の男が姿を見せた。
レイ、マッチョ、アクタがすぐに戦闘体制に入る
「おやおや、見つかってしまいましたか。先手必勝」
すると、ピエロの後ろから怒り顔のピエロが現れた。怒り顔ピエロがそのまま糸目の男、圭に飛びかかって素早く拳を振りかざす。
「神器発動」
怒り顔ピエロの拳は圭の指輪から現れた大きな槍によって貫かれた。
「まあ、いいか。幽霊狩りができるならなんでもいいっすー」
圭は怒り顔ピエロの拳から槍を引っこ抜くと、そのまま横に振りかぶって怒り顔ピエロの首を跳ね飛ばした。怒り顔ピエロの体はそのまま消滅していく。
「報告するっす。カフェ陰陽にいるとされているマッチョ、イケメン、死装束の幽霊、そしてよくわからないピエロの幽霊の四体を発見したっす。このまま除霊を行いまーす」
圭は無線機を取り出して、他のGHに報告した。
「ああー、俺のピエロちゃんがこんなに簡単に」
ピエロがわざとらしく驚きの表情を見せる。
「それじゃあ、さよならっすー」
圭がアクタに槍を向け、彼目がけて走り出した。アクタはそれを間一髪で横に躱すと、彼の後頭部目がけて回し蹴りを繰り出した。しかし、圭が槍で自分の後頭部をガードする。このままでは足が神器に触れてしまうと判断したアクタは後ろに転がるようにして攻撃をキャンセルした。
「アクタ!!」
レイとマッチョが加勢しようとアクタに近づく。
アクタはゆっくりと立ち上がりながら圭に問いかけた。
「一つ質問なんだけど達海は無事なのかい?」
「さあ、なんのことだかわからないっすねー」
「この人に聞いても無駄か……レイ、マッチョ! 君たちは達海の元に先に行くんだ。この人は俺が足止めをしておく」
「でもそれじゃあ、アクタが!!」
「他のGHに合流された方がおそらく厄介だ。俺は大丈夫だから。……ピエロ、レイとマッチョを連れて先に行ってくれ」
心配をするレイにアクタは大丈夫だと微笑みかけた。
「分かりました。それならば俺の分身一体をここに残していきましょう」
ピエロの背後から泣顔ピエロが現れる。
「絶対に死んじゃダメだよ。それじゃあ、あとでね」
レイ、マッチョ、ピエロはアクタとピエロの分身一体を残して先を急いだ。
「えー、行っちゃうんすか。仕方ない、こいつらだけで我慢するっすか。それにしてもあのピエロどこかで……」
顎に手を当てて考えている圭に向かってアクタは突きを繰り出した。圭はそれを慌てて躱す。
「おっと、考え事してる時に何するんすか」
「へー、そんなに油断していていいのかな。ところでなんで俺を真っ先に狙ったんだい?」
「なんか、あんたの顔が癪に触るから、っす」
カフェ陰陽では支度を終えた春明がレイたちを探しに行こうとしていた。
「それじゃあ、行ってくる。虎の式神を置いていくから、もしレイたちが戻ってきたら知らさせてくれ」
「わかりましたわ。どうか気をつけて」
「ああ、わかってるよ」
すると春明を背からがらがらと陰陽のスライドドアが開く音がした。
「ごめんなさいお客さん。今日は定休日なんです……」
春明が振り返るとそこには白いトレンチコートを着たボーイッシュな女性、明日香が立っていた。
「GH……!?」
「悪いねぇー、どうやらおたくの幽霊たちが
「は? どういうことだよ」
困惑顔の春明に向かって、明日香は右手を上向きで差し出しながら顰めっ面で説明した。
「だーかーらー、おたくの幽霊たちがGH本部を襲撃してるの! これってあんたの仕業?」
「レイたちのことか!?……ったく、どうやってこんな短時間であいつらは!」
「あれっ? あんたの指示じゃないのか。私はてっきり……まあ、すごいタイミングだよね。それじゃ、そこの幽霊も狩らせてもらうよ!」
明日香が指輪から鞭の神器を顕現すると、お嬢に向かって打ち付けようとした。
「虎!」
春明が叫ぶと、虎が明日香の前に立ち塞がり鞭からお嬢のことを守った。
「へぇー、やっぱり簡単にはいかないようだね。ケビン」
「エクスカリバーーーーー!!」
白人の男、ケビンが大剣を構えて陰陽の入り口を破壊しながら突っ込んできた。大剣は虎に突き刺さり、虎は呻き声をあげながら消えていった。
「サア、幽霊退治ノオ時間デス」
ケビンが大剣を振り上げて肩に携える。その姿はまるで勇者のようだ。
「お嬢! 裏口から逃げるぞ!」
「おっと、そうはさせないよ」
明日香が鞭を振ると春明の右腕に絡ませた。
「くっそ」
鞭は春明の右腕にしっかりと巻きついていて離れない。
「春明さん!!」
「俺のことはいいから、お嬢はそのまま逃げろ!!」
お嬢は顔を伏せると、庭園の方へと向かって走った。「ドチラニ行クノカナ、オ嬢サン」とケビンがそれをゆっくりと追いかけて行く。
「だから、逃さないって」
明日香がトレンチコートから札を取り出すとそれを壁に貼り付けた。
「結界か」
春明が明日香に苦笑いを向ける。
「ああ、そうさ。それじゃあ、まずはあんたから大人しくさせてあげようか」
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